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第4章 レズビアンの裏アカ

4話 穏やかな日々の終焉

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 最近は、凛のことを思い出しても涙を流すようなことは減り、週末には、1人で山を歩くような日々を過ごしていた。そして、今日は、山梨の倉岳山に来ていたんだけど、空を見ると、光の筋が見えたんだ。これはやばいと思ったけど、後で、小笠原のあたりに隕石が落ちたということを聞いた。

 この影響で、100mを超える津波が太平洋側の平地全域に押し寄せ、大部分が津波にのまれてしまった。吉祥寺駅の標高が54mというから、100mって、すごい高さの波が押し寄せたことになる。沿岸部だけだと思うかもしれないけど、水が引いて驚いたのは、川越あたりにタンカーがあったんだ。

 その結果、太平洋側では、ほどんどの建物は倒壊し、10Fのマンションでも、一番上の階の床も泥だらけだし、車とかも、みんな使い物にならない状況だった。

 私は、急いで駅に向かって、この近辺は、標高300mぐらいだから被害はなかったけど、吉祥寺の自宅に向かった。でも、JRは八王子駅で折り返し運転をしていて、八王子までしか電車で帰れなかった。

 八王子には自衛隊の救護とかもあって、1ヶ月ぐらい、そこで暮らすことにした。ただ、そこにずっといられないから、歩いて吉祥寺駅の北側にある自宅に戻ることにした。そして、吉祥寺駅に着くと唖然としたんだ。駅というより、瓦礫の山で、駅も何もない状態だったから。

 多分、親も亡くなったんだと思う。道路では、車が塀にぶつかっていたり、壁が崩れていたりと素直に歩ける状態ではなかった。

 ここはまだマシで、江東区とか港区とか、海岸に近いエリアは全滅の状態で、ほとんどの人は逃げられずに亡くなったんだって。

 私は、自分の家に戻ったけど、家は倒壊していて、そこで暮らすという状況ではなかった。そこで、まず、瓦礫とかを敷地の片隅に寄せて、まずは、コンクリートの土台に座ったり、横になったりと、敷地内で過ごすことはできる状態にし、救援物資で何とか生活をしていたんだ。

 そんな中、優衣という女性が、突然、話しかけてきた。

「あれ、涼じゃない。そうだよね。私、優衣だよ。覚えているでしょう。」
「ごめん。最近、いろいろあって、なんか思い出せないことがたくさんあるんだ。優衣さんだったっけ?」
「そうなんだ。私達、中学で同じクラスだったじゃない。あの頃は、涼は女性から人気者で、私も憧れていたんだけど、忘れられてしまったのか。少し、ショック。でも、災害の中で再会したんだから、一緒に助け合うっていう運命なんじゃない。いいよね。」

 どう対応していいか、よく分からなかったけど、とりあえず私の名前を知っていることから嘘でもないだろう。優衣から、自分の家はもう住めないと言われ、一緒に助け合うことが何かは別として、災害で一人きりの女性を突き放すのもどうかと思ったので、しばらく一緒に過ごすことにした。

 疑うわけじゃないけど、優衣の家に行ってみると、筐体は残っているものの、いつ、床が抜けたり、倒壊するかわからないので、住人は入らないでくれと言われていた。

 親はすでに亡くなっていて、女性一人だけだと襲われたりしても怖いし、気心が知れている私と一緒にいるのが一番安全だと言ってる。そこまで言われると断りきれず、なし崩し的に共同生活が始まった。

 その頃になると、外国から支援物資が届いて、一時凌ぎはでき、さらに、季節としては、外で寝ても凌げる気温だった。

 だから、晴れていれば、支援された毛布を下に敷き、枕で寝たり、公園で支給されたカップラーメンにお湯を入れたりして、なんとか生きていけることはできた。

 1,300万人ぐらいの人口だった東京では、この津波で1,100万人が亡くなったと報道されており、死ということが身近になっていた。

 数ヶ月たち、夏になる頃、仮設住宅が設置され始め、優衣とは、これまでの延長として、1つ屋根の下で暮らすことになった。

「ごめんね。私のわがままで夫婦みたいな生活になっちゃって。」
「困ったときはお互い様だし、僕もとても助かっている。でも、これから、どうなっちゃうのかな?」
「まずは、働き口を探さないと。援助物資はあるけど、そろそろお金も足りなくなってきたし。」
「そうだね。僕は、当面、税金で東京の瓦礫を片付ける作業を推進している土木会社で、働くことにした。東京復興にも貢献できるし、生活費ももらえるし。」
「助かる。私も、小学校の先生を再開するわ。生徒もずっと、このままというわけにもいかないし。武蔵野市も、授業を再開するとアナウンスしていたから、先生も生徒も、どのぐらい生き残れたかはわからないけど、明日、市役所に行ってみる。」
「力を合わせて生きていこう。」
「そうね。」

 優衣は、同級生の時はかなり荒れていた私が、今はこれだけ落ち着いていることに驚きつつも、これだけ期間が過ぎても、全く自分に手も触れないので、自分のことを同情で一緒に暮らしていて、好きではないのだろうと思い始めていたみたいだった。

 ある夜、優衣は、私の布団に潜り込んできた。

「嫌?」
「そんなことはないけど、いいんだね。」
「うん。」

 そのまま、2人の体は1つになった。

「ありがとう。」
「どうして?」
「抱いてくれないから、女性として興味がないのかなと悩んでたの。」
「そんなこと、あるはずないじゃないか。」
「だから、ありがとうって。ところで、学生の頃はだいぶ荒れていたけど、今は、だいぶ穏やかになったみたい。何かあったの?」
「大人になっただけだよ。」
「そんなもんかな? でも、今の涼の方が私は好きだな。」

 満ち足りた優衣は、笑顔で私の顔をずっと見ていた。

 その後、私達には女の子が産まれ、優衣を愛しているというほど強い気持ちはなかったけど、穏やかな日々を過ごしていた。子供の夜泣きとか、大変なことは多いけど、朝起きると横にパートナーがいて、おはようって言ってくれる。

 自分は、女性の頃は、男性と付き合わないので子供はできないと思っていたけど、男性になってから、自分の子供ができ、いつも、自分の指を握ってくれる。

 熱い恋とかはなかったけど、困ったときは協力しあって一緒に解決し、毎日、一緒に食事をし、子供の成長を見続けられる、これが、こんな幸せと感じられるとは知らなかった。

 そう、私が望んでいた時間って、これだったんだ。激しく愛する日々ではなく、パートナーと空気のように一緒にいて、日々の些細な喧嘩とかあるものの、笑いも溢れて、自然に時間が経っていく、そういう穏やかな日々が心地よい。

 体は男性になってしまったけど、女性どうしで、笑い合いながら、手を取り合って暮らし、ずっと一緒に過ごす、こういう時間を私は求めていた。その意味で、優衣には感謝だ。

 そんなに求めず、でも、ずっと横にいてくれる。凛は素晴らしかったし、今でも私の心の中に生きているけど、違った意味で、優衣は私にとって、ベストパートナーだと気づいた。本当に、ありがとう。

 復旧も進み、家族で近くの公園にピクニックに行った日、私は、優衣に頼まれて飲み物を買いに道を歩いていた。その時、背中に衝撃が走った。倒れながらも、なんとか後ろを見ると、知らない女性が血が滴るナイフを持っていた。

「私が、どれだけ苦しんだと思ってるの。あなただけ、結婚して、子供を作り、幸せに過ごすなんて不公平だわ。当然の報いね。」

 私は、知らなかったけど、この人は、大学時代に前の私に憧れて猛烈にアタックしていて、ある晩、ホテルに無理やり連れ込んで、強姦した女性だった。

 その時に動画を撮っていて、バラされたくなかったらと脅して、10人ぐらいの友達に半年にわたり、毎日のように無理やり性のはけ口にさせた。その後、約束を破って、学校内の裏サイトで、誰とでも寝る、性欲に狂った女だと動画を配信して、みんなで笑いものにした。

 その女性は、その後、大学も行けず、家に閉じこもっていたけど、妊娠していることがわかった。本人は産むか悩んでいたけど、親は、強姦でできた子で、誰がお父さんかもわからない中で産むことは大反対で、堕胎せざるを得なかった。

 悪いことに、手術をした先生のせいかは不明だけど、それで子供ができない体になってしまった。先生のせいかと思ったこともあったけど、やはり悪いのは、強姦した彼だと恨みはつのっていった。

 津波はなんとか生き延びたけど、先日、自分を強姦した私を偶然見かけた。家族と幸せそうな姿を見て怒りに満ちて、気づいたら刺していたらしい。

 私の血が道路を染めた。青い空を見ながら、意識が朦朧としてきた。

 やっと見つけた幸せだったけど、思ったより早く終わっちゃう。私の幸せは、いつも、すぐに終わっちゃっうけど、幸せがあっただけでも、良い人生だったと思う。いつ死んでもいいと思ってたから、まあ、こんなもんかな。

 優衣に頼まれて買ったペットボトルを握りしめながら、周りは暗くなっていった。
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