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金毛九尾

九尾の妖力

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 焼き払っても、焼き払っても伸びてくる蓮。
 少しでも気を抜けば、蓮の花は大きく咲き誇り、紫檀を喰らおうと襲ってくる。

「この! うっとうしい!!」

 高く高く飛びあがったつもりで、天地はあっという間に逆転して、また蓮の海に放り出される。

「何なんだ!!」

 紫檀はイラつく。
 他の妖狐の結界には、紫檀も入ったことがある。
 だが、これほどまでに複雑に広がっていることはなかった。
 せいぜい二跳びもすれば、結界の端にたどり着き、逃れることができた。

「九尾の妖力ってわけか……」
「ほら息が切れてきた。こんな程度では、わらわを止めるどころか、楽しませることもできぬ」

 妖艶に笑う玉藻の前を、紫檀は睨む。
 蓮の花に翻弄されて、紫檀の息が上がり、肩で息を始めれば、ゆっくりと玉藻の前が立ち上がる。

「もう……良いじゃろう? わらわが、あの男に恨み言を伝え、その勝手さに怒ることの何が悪い? 妖とて、心はあるし、恋をする。それをないがしろにされれば、腹も立つ。それを堪えろと、なぜ妖であるお前が言う?」

 紫檀を諭すような玉藻の前の穏やかな言葉。
 玉藻の前の言葉を聞けば、紫檀には、何が正しくて、どうしたいのかが分からなくなる。
 元々、鬼女紅葉の時も、紫檀の心をかすめた考えがある。白蛇の時もだ。
 なぜ、このように裏切った相手を擁護し、当然の権利を持ってして怒る者を止めなければならないのか……。

 駄目だ。九尾に心が持っていかれる。
 九尾狐には、相手を魅了し惑わす妖力が備わると聞く。
 今も、その妖力を持ってして、紫檀を味方に付けようとしているのであろう。
 九尾狐と同じ妖狐の紫檀。
 玉藻の前は、考えの根本の似ている紫檀なら、味方に引き入れやすいと考えているのだろう。

 フルフルと紫檀は首を横に振る。

「知らん!! 晴明が守りたいって言うんだ。それで理由は十分だ!!」

 そう言い放つ紫檀を、玉藻の前が目を丸くして見ている。
 
「……そうか。それは残念だ」

 沼に咲く蓮の花が一斉に紫檀に向かってくる。
 紫檀の肉を喰いちぎらんと花を広げて群れをなして襲ってくる蓮の花に、紫檀はなす術もない。
 
 玉藻の前は、紫檀に喰らいつく蓮の花をじっと見つめる。
 可愛らしい子狐であったが残念だ。
 妖力の圧倒的な差を知っていながら、九尾狐に立てつくのが悪かろう。

 そう、玉藻の前がため息をつけば、結界の中に雷鳴が轟く。
 雷鳴は、沼の水面を走り、蓮の花は雷鳴を受けて動きを止める。

「晴明様!! 見つけました!!」
「おお、アホ狐は息災か?」

 驚く玉藻の前の胸には、矢が刺さっている。

「おのれ晴明!!」
「さすがは九尾、烏天狗の矢を受けて、まだ動くか」

 矢を放った梓弓を構えたままの晴明を、玉藻の前は恨みを込めた瞳を向ける。
 烏天狗の矢。
 それは、迦楼羅天の加護を受けて妖狐を制する物。
 
 ニコリと涼しく笑って晴明は、玉藻の前の憎しみを受け止める。

「説得に応じてもらえれば、このような乱暴は働かなくて済んだのだが、致し方ない。九尾相手に無謀な時間稼ぎを買って出たアホな狐を返してもらう必要があるでな」

 晴明が玉藻の前と対峙している間に、鳴神が蓮の花の間から紫檀を掘り出す。

「紫檀様。大事はありませんか?」
「駄目かと思うた」

 よほど痛むのか、紫檀は珍しく大人しくしている。
 傷だらけの紫檀を、鳴神が抱き上げる。

「紫檀、鳴神に甘えるな。そのくらいの傷ならば、自分で治せるであろう?」
「うるさい。晴明のクソ爺。今、今やろうとしている!!」

 鳴神に支えられて、ヨタヨタと紫檀が立ちあがるのを、晴明は横目で見ながら、玉藻の前を見つめる。
 胸に受けた矢傷の苦しみで、玉藻の前は青ざめていく。

「玉藻の前よ。諦めよ。人は、妖とは相いれぬ。半妖の私が、一番よく知っている。どこまでいっても、人は、妖への恐怖は拭えぬよ」
「晴明よ。それは、そなたの妻である梨花のことか?」
「胸に致命傷を受けてなおもそのような嫌みを言う」

 晴明には、かつて妻がいた。子までなし、梨花が怖がるからと、式神を一条戻り橋に隠すほどに細やかに愛した。だが、妻は、半妖である晴明への恐怖は拭えずに、芦屋道満の口車にのって晴明を殺すために裏切った。

 もう、何年も前のことだ。

「忘れた。アホな子狐の世話が忙しすぎてな」
「子狐と言うな。爺め!!」

 苦しくなってきたのでろう。結界は消え失せた。
 玉藻の前の血が、内裏の床を赤く染める。
 苦々しく晴明を睨んでいた玉藻の前は、フラフラと空を飛んで逃げ去った。

◇◇◇

 玉藻の前が落ちる先を目撃した者がいた。
 その者の話では、玉藻の前が落ちた場所には、一つの岩があった。
 近づく者は、獣でも人でも、皆殺してしまうのだという。
 その岩を、殺生石と誰かが名付けた。
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