上 下
14 / 49
大蛇

山奥の寺

しおりを挟む
 紫檀は、晴明の庵を訪ねる。
 もう何度目になるか分からないが、最近はようやく多少の稽古をつけてくれる。

 これで、少しは尾成りに近づけるだろうか?

 いつまでも尾の数が定まらず子ども扱い。当代一の陰陽師の晴明と修行すれば、何とかなるのではないかと思ったが、晴明は、なかなか相手をしてくれない。
 雑用ばかりを言いつける。

 紫檀を式神と間違えているのではないかと疑いたくなる。

「雑に扱いやがって!」

 紫檀は、拗ねはするが、晴明を嫌いにはなれない。
 今日も、晴明に頼まれて、手紙と米をとある法師に届ける。

 山奥にひっそりと立つ寺。 
 こんな所に小さな寺を建てても誰も参拝には来ないだろう。
 では、ここの法師は、何をもってこのような所に寺を建てたのか。
 修験者ならば、断崖絶壁の上や洞窟の中、妖でも驚くような場所に修行場所を求めるが、この法師もそのような類だろうか?

 寺の前に下り立って、人の姿になって、杭を打ちつけただけの
門をくぐれば、庭に痩せた老人が一人。

「そなたが晴明の言う法師か?」

 紫檀が声を掛ければ、法師は、紫檀を見てコクリと首を縦に振る。

「左様にございます。あなたは妖……晴明様の所縁ということでしたら、妖狐でございましょうか?」
「ああ。そうだ。晴明から、米と手紙を言付かった」

 紫檀が法師に渡せば、法師は、ありがたい。と、頭を下げた。
 法師は、紫檀の目の前で早速手紙を広げて目を通す。

「……ふむ。なるほど……」
「どうした?」
「晴明様が、あなたに……紫檀様に身の上話をしてやってほしいと申しております

 こんな遠くに使いに出した上に、見知らぬ爺の身の上話を聞くのか。
 紫檀はうんざりする。

「こちらへ」

 名も知らぬ法師が、紫檀を粗末な寺の中へと促す。
 これは仕方あるまい。
 紫檀は観念して、法師の後へと続いて寺の中へ入って行った。

◇◇◇◇

 建っているのが不思議なくらいに粗末な造り。
 痩せた板敷きの床はギシギシと軋んで、いつ抜け落ちても何の不思議はない。柱と言うにはあまりに細い柱が、かろうじて板を敷いただけの屋根をささえている。
 雨の降る日には、そこここで雨漏りがするのだろう。欠けた茶碗が、あちこちに置かれている。
 法師が自分で彫ったのであろう、木製のいびつな形の仏像が、かろうじてこの空間を『寺』という物にしている。
 法師はゆっくりと板の間に座り、紫檀も法師の前にドカッと座る。

「何もございませんが」

 竹を切って作った湯のみで、法師が水を紫檀の前に置く。
 紫檀は、それを躊躇なく飲み干して、湯のみを法師に返す。

「法師。なぜこのような場所に寺を? もっと人里に近い場所に作れば、あと少しはまともな生活ができるだろうに」 

 人間とはそういう物だ。
 一人で生きていくのは、晴明のように式神を使えなければ辛いはず。
 誰かと関り、互いに少しずつ何かを分かち合うことで生きているのだと、紫檀は認識している。
 法師のように一人で誰もいない山奥に引きこもれば、大工仕事も炊事も庭の手入れも、全てが自分でできなければならなくなる。

「まあ、それには理由がございますから。まずは、この年寄りの恥を、お聞きください」

 法師はそう言って笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

時代小説の愉しみ

相良武有
歴史・時代
 女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・ 武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・ 剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

妖狐

ねこ沢ふたよ
キャラ文芸
妖狐の話です。(化け狐ですので、ウチの妖狐達は、基本性別はありません。) 妖の不思議で捉えどころのない人間を超えた雰囲気が伝われば嬉しいです。 妖の長たる九尾狐の白金(しろがね)が、弟子の子狐、黄(こう)を連れて、様々な妖と対峙します。 【社】 その妖狐が弟子を連れて、妖術で社に巣食う者を退治します。 【雲に梯】 身分違いの恋という意味です。街に出没する妖の話です。<小豆洗い・木花咲夜姫> 【腐れ縁】 山猫の妖、蒼月に白金が会いにいきます。<山猫> 挿絵2022/12/14 【件<くだん>】 予言を得意とする妖の話です。<件> 【喰らう】 廃病院で妖魔を退治します。<妖魔・雲外鏡> 【狐竜】 黄が狐の里に長老を訪ねます。<九尾狐(白金・紫檀)・妖狐(黄)> 【狂信】 烏天狗が一羽行方不明になります。見つけたのは・・・。<烏天狗> 【半妖<はんよう>】薬を届けます。<河童・人面瘡> 【若草狐<わかくさきつね>】半妖の串本の若い時の話です。<人面瘡・若草狐・だいだらぼっち・妖魔・雲外鏡> 【狒々<ひひ>】若草と佐次で狒々の化け物を退治します。<狒々> 【辻に立つ女】辻に立つ妖しい夜鷹の女 <妖魔、蜘蛛女、佐門> 【幻術】幻術で若草が騙されます<河童、佐門、妖狐(黄金狐・若草狐)> 【妖魔の国】佐次、復讐にいきます。<妖魔、佐門、妖狐(紫檀狐)> 【母】佐門と対決しています<ガシャドクロ、佐門、九尾狐(紫檀)> 【願い】紫檀無双、佐次の策<ガシャドクロ、佐門、九尾狐(紫檀)> 【満願】黄の器の穴の話です。<九尾狐(白金)妖狐(黄)佐次> 【妖狐の怒り】【縁<えにし>】【式神】・・・対佐門バトルです。 【狐竜 紫檀】佐門とのバトル終了して、紫檀のお仕事です。 【平安】以降、平安時代、紫檀の若い頃の話です。 <黄金狐>白金、黄金、蒼月の物語です。 【旅立ち】 ※気まぐれに、挿絵を足してます♪楽しませていただいています。 ※絵の荒さが気にかかったので、一旦、挿絵を下げています。  もう少し、綺麗に描ければ、また上げます。  2022/12/14 少しずつ改良してあげています。多少進化したはずですが、また気になる事があれば下げます。迷走中なのをいっそお楽しみください。ううっ。

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

処理中です...