20 / 94
旅行へ行こう
せっかくの旅行に
しおりを挟む
マロン用のトイレ、クッション、水、それから、モドキ用のも。
まず、案内された部屋にマロンとモドキの物を置いて、居心地の良いように整えてあげる。
「とうとう降り出しましたよ」
他の荷物を車から運んで来てくれた優一さんの言葉に窓を見れば、雨がガラスに当たって音を立てている。
結構な土砂降りだ。
「良かったですね。雨が降り出す前に到着して」
「本当よね」
外は静かな森。
昔は、もう少し何軒か他の別荘も建ってたそうなのだが、維持管理が大変なのと他に人気の別荘地が出来たとのことで、付近にはほとんど何もない。
数キロ先にキャンプ場があって、そこの客が時々迷い込む程度の人通りしかないのだと絹江は言っていた。
「絹江さんだって、こんな大きな洋館、維持が大変じゃないの?」
「まあ、そうだな。綺麗にするために、草刈り、清掃業を年に数回入れていると言っていた」
モドキがベッドの上でノビをしながら私の疑問に答える。
年に何回も業者を入れるなんて、お金もかかるし、そのたびに確認なんかもしているのだろうから、手間もかかるだろう。いくら気ままに暮らしている裕福なお年寄りと言っても、やっぱり大変そうだ。
「そうですよね……。家って、手入れしなければ、すぐに痛んじゃいますし、これだけの規模の家を維持するのって、大変ですよね」
「優一さんもそう思うわよね?」
ズボラな私ならば、使わなくなった途端に、すぐに売却してしまうだろう。
今住んでいる小さな部屋ですら、掃除が行き届いてはいないのに、こんな大きな建物は私には管理できそうにない。もし私が管理すれば、巨大なゴミ屋敷を生成していしまう未来しか見えない。
大変な想いをしてまで管理しているなんて、よっぽど大切な思い出がこの屋敷にあるのだろうか。
「確か、家自体は、絹江の祖父が若い頃に建てたものだったはずだから……家族の思い出なんかがあるんじゃないか? 戦時中は疎開なんて物をするのに使ったそうだし」
「疎開? 都会に住んでいる者が、空襲を避けて田舎に避難するやつね。戦時中に、子ども達だけで学校単位で疎開する『学童疎開』は、社会の授業の時に聞いた覚えがあるわ」
小学校の時に体育館に集められて、戦争の映画も観たっけ。
妹がやせ細って亡くなるシーンで号泣して、涙と鼻水だらけの顔になって周囲の友達にドン引きされたのは、私の黒歴史の一つ。ほろりと涙をにじませていた友達が、私の顔を見るなり「うわぁ……」と言って、涙が引っ込んでしまったのは、今でも忘れられない。
「薫のことだから、授業中は寝てばかりかと思ったが、疎開はさすがに知っておったか」
「知っているし。私だって起きていることもあるのよ」
ま、寝ていることも確かに多いけれども。
三十歳になって、そんなことは蒸し返さないでほしい。
とにかく、この猫モドキは、相変わらず一言多いのだ。
「なるほど……そんなに歴史がある建物なのね」
絹江の祖父……というと、この建物が建てられたのは、明治時代とか、大正時代とかかな?
改めて部屋を見渡す。
改装しているからか部屋の灯りは電気だし綺麗に清掃もされている。だが、窓枠が木製だし、最近では見ないような形の鍵が付いてる。火を付けた気配はないが、部屋に暖炉が付いているのも、歴史ある建物ならではなのかもしれない。家族の大切な想い出が詰まって家……。
これは、大切に汚さないように、傷つけないように使わないと。せっかく泊めていただいたのに申し訳ない。
マロンが、小さな舌で一生懸命に水を飲んでいる。
夏だものね。喉も乾くよね。
「あ、そうだ。モドキもお水飲んどきなよ。あんた、長毛種だから夏は苦手でしょ?」
「そうですよ。熱中症になった後では、遅いんですよ。モドキちゃん、猫だから発汗できる場所少ないですし」
「え、そうなの?」
「はい。猫は、通常、肉球と鼻くらいしか汗をかく場所はないんです。だから、熱中症になりやすいし、室温管理は重要なんです」
知らなかった。
この猫モドキ、暑い時には自分で勝手にエアコンを付けるし気にしていなかったけれど、もっと気を付けてあげるべきだったか。
「なるほど。それならば仕方ない。薫、これは水分補給だから……」
モドキがベッドを下りて、ウキウキと荷物をあさっている。
鞄の底から出てきたのは、缶ビール。わざわざ保冷バッグにまで入れているところをみると、十分に冷やした物を持って来たに違いない。
あ、こいつ! いつの間に荷物に忍ばせやがった。
旅行と言えども、私が過剰なアルコールをモドキに許可するわけがない。それを見越して、コッソリ飲むつもりで荷物の底にモドキはビールを隠し持っていたのであろう。
「駄目です! モドキちゃん、アルコールは水分補給になりません!」
優一さんが慌ててモドキからビールを取り上げる。私よりも動きが速い。
「儂はこれが良いのじゃ!」
「駄目です!」
モドキよ。この旅は、獣医師が付いて来ていることを忘れていたな。
普段は大人しいが、専門家がそう口車に騙されるわけがないのだ。
観念しやがれ、猫モドキ!
まず、案内された部屋にマロンとモドキの物を置いて、居心地の良いように整えてあげる。
「とうとう降り出しましたよ」
他の荷物を車から運んで来てくれた優一さんの言葉に窓を見れば、雨がガラスに当たって音を立てている。
結構な土砂降りだ。
「良かったですね。雨が降り出す前に到着して」
「本当よね」
外は静かな森。
昔は、もう少し何軒か他の別荘も建ってたそうなのだが、維持管理が大変なのと他に人気の別荘地が出来たとのことで、付近にはほとんど何もない。
数キロ先にキャンプ場があって、そこの客が時々迷い込む程度の人通りしかないのだと絹江は言っていた。
「絹江さんだって、こんな大きな洋館、維持が大変じゃないの?」
「まあ、そうだな。綺麗にするために、草刈り、清掃業を年に数回入れていると言っていた」
モドキがベッドの上でノビをしながら私の疑問に答える。
年に何回も業者を入れるなんて、お金もかかるし、そのたびに確認なんかもしているのだろうから、手間もかかるだろう。いくら気ままに暮らしている裕福なお年寄りと言っても、やっぱり大変そうだ。
「そうですよね……。家って、手入れしなければ、すぐに痛んじゃいますし、これだけの規模の家を維持するのって、大変ですよね」
「優一さんもそう思うわよね?」
ズボラな私ならば、使わなくなった途端に、すぐに売却してしまうだろう。
今住んでいる小さな部屋ですら、掃除が行き届いてはいないのに、こんな大きな建物は私には管理できそうにない。もし私が管理すれば、巨大なゴミ屋敷を生成していしまう未来しか見えない。
大変な想いをしてまで管理しているなんて、よっぽど大切な思い出がこの屋敷にあるのだろうか。
「確か、家自体は、絹江の祖父が若い頃に建てたものだったはずだから……家族の思い出なんかがあるんじゃないか? 戦時中は疎開なんて物をするのに使ったそうだし」
「疎開? 都会に住んでいる者が、空襲を避けて田舎に避難するやつね。戦時中に、子ども達だけで学校単位で疎開する『学童疎開』は、社会の授業の時に聞いた覚えがあるわ」
小学校の時に体育館に集められて、戦争の映画も観たっけ。
妹がやせ細って亡くなるシーンで号泣して、涙と鼻水だらけの顔になって周囲の友達にドン引きされたのは、私の黒歴史の一つ。ほろりと涙をにじませていた友達が、私の顔を見るなり「うわぁ……」と言って、涙が引っ込んでしまったのは、今でも忘れられない。
「薫のことだから、授業中は寝てばかりかと思ったが、疎開はさすがに知っておったか」
「知っているし。私だって起きていることもあるのよ」
ま、寝ていることも確かに多いけれども。
三十歳になって、そんなことは蒸し返さないでほしい。
とにかく、この猫モドキは、相変わらず一言多いのだ。
「なるほど……そんなに歴史がある建物なのね」
絹江の祖父……というと、この建物が建てられたのは、明治時代とか、大正時代とかかな?
改めて部屋を見渡す。
改装しているからか部屋の灯りは電気だし綺麗に清掃もされている。だが、窓枠が木製だし、最近では見ないような形の鍵が付いてる。火を付けた気配はないが、部屋に暖炉が付いているのも、歴史ある建物ならではなのかもしれない。家族の大切な想い出が詰まって家……。
これは、大切に汚さないように、傷つけないように使わないと。せっかく泊めていただいたのに申し訳ない。
マロンが、小さな舌で一生懸命に水を飲んでいる。
夏だものね。喉も乾くよね。
「あ、そうだ。モドキもお水飲んどきなよ。あんた、長毛種だから夏は苦手でしょ?」
「そうですよ。熱中症になった後では、遅いんですよ。モドキちゃん、猫だから発汗できる場所少ないですし」
「え、そうなの?」
「はい。猫は、通常、肉球と鼻くらいしか汗をかく場所はないんです。だから、熱中症になりやすいし、室温管理は重要なんです」
知らなかった。
この猫モドキ、暑い時には自分で勝手にエアコンを付けるし気にしていなかったけれど、もっと気を付けてあげるべきだったか。
「なるほど。それならば仕方ない。薫、これは水分補給だから……」
モドキがベッドを下りて、ウキウキと荷物をあさっている。
鞄の底から出てきたのは、缶ビール。わざわざ保冷バッグにまで入れているところをみると、十分に冷やした物を持って来たに違いない。
あ、こいつ! いつの間に荷物に忍ばせやがった。
旅行と言えども、私が過剰なアルコールをモドキに許可するわけがない。それを見越して、コッソリ飲むつもりで荷物の底にモドキはビールを隠し持っていたのであろう。
「駄目です! モドキちゃん、アルコールは水分補給になりません!」
優一さんが慌ててモドキからビールを取り上げる。私よりも動きが速い。
「儂はこれが良いのじゃ!」
「駄目です!」
モドキよ。この旅は、獣医師が付いて来ていることを忘れていたな。
普段は大人しいが、専門家がそう口車に騙されるわけがないのだ。
観念しやがれ、猫モドキ!
44
お気に入りに追加
589
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。