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旅行へ行こう

せっかくの旅行に

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 マロン用のトイレ、クッション、水、それから、モドキ用のも。
 まず、案内された部屋にマロンとモドキの物を置いて、居心地の良いように整えてあげる。

「とうとう降り出しましたよ」

 他の荷物を車から運んで来てくれた優一さんの言葉に窓を見れば、雨がガラスに当たって音を立てている。
 結構な土砂降りだ。

「良かったですね。雨が降り出す前に到着して」
「本当よね」

 外は静かな森。
 昔は、もう少し何軒か他の別荘も建ってたそうなのだが、維持管理が大変なのと他に人気の別荘地が出来たとのことで、付近にはほとんど何もない。
 数キロ先にキャンプ場があって、そこの客が時々迷い込む程度の人通りしかないのだと絹江は言っていた。
 
「絹江さんだって、こんな大きな洋館、維持が大変じゃないの?」
「まあ、そうだな。綺麗にするために、草刈り、清掃業を年に数回入れていると言っていた」

 モドキがベッドの上でノビをしながら私の疑問に答える。
 年に何回も業者を入れるなんて、お金もかかるし、そのたびに確認なんかもしているのだろうから、手間もかかるだろう。いくら気ままに暮らしている裕福なお年寄りと言っても、やっぱり大変そうだ。

「そうですよね……。家って、手入れしなければ、すぐに痛んじゃいますし、これだけの規模の家を維持するのって、大変ですよね」
「優一さんもそう思うわよね?」

 ズボラな私ならば、使わなくなった途端に、すぐに売却してしまうだろう。
 今住んでいる小さな部屋ですら、掃除が行き届いてはいないのに、こんな大きな建物は私には管理できそうにない。もし私が管理すれば、巨大なゴミ屋敷を生成していしまう未来しか見えない。

 大変な想いをしてまで管理しているなんて、よっぽど大切な思い出がこの屋敷にあるのだろうか。

「確か、家自体は、絹江の祖父が若い頃に建てたものだったはずだから……家族の思い出なんかがあるんじゃないか? 戦時中は疎開なんて物をするのに使ったそうだし」
「疎開? 都会に住んでいる者が、空襲を避けて田舎に避難するやつね。戦時中に、子ども達だけで学校単位で疎開する『学童疎開』は、社会の授業の時に聞いた覚えがあるわ」

 小学校の時に体育館に集められて、戦争の映画も観たっけ。
 妹がやせ細って亡くなるシーンで号泣して、涙と鼻水だらけの顔になって周囲の友達にドン引きされたのは、私の黒歴史の一つ。ほろりと涙をにじませていた友達が、私の顔を見るなり「うわぁ……」と言って、涙が引っ込んでしまったのは、今でも忘れられない。

「薫のことだから、授業中は寝てばかりかと思ったが、疎開はさすがに知っておったか」
「知っているし。私だって起きていることもあるのよ」

 ま、寝ていることも確かに多いけれども。
 三十歳になって、そんなことは蒸し返さないでほしい。
 とにかく、この猫モドキは、相変わらず一言多いのだ。

「なるほど……そんなに歴史がある建物なのね」

 絹江の祖父……というと、この建物が建てられたのは、明治時代とか、大正時代とかかな?
 改めて部屋を見渡す。
 改装しているからか部屋の灯りは電気だし綺麗に清掃もされている。だが、窓枠が木製だし、最近では見ないような形の鍵が付いてる。火を付けた気配はないが、部屋に暖炉が付いているのも、歴史ある建物ならではなのかもしれない。家族の大切な想い出が詰まって家……。
 これは、大切に汚さないように、傷つけないように使わないと。せっかく泊めていただいたのに申し訳ない。


 マロンが、小さな舌で一生懸命に水を飲んでいる。
 夏だものね。喉も乾くよね。

「あ、そうだ。モドキもお水飲んどきなよ。あんた、長毛種だから夏は苦手でしょ?」
「そうですよ。熱中症になった後では、遅いんですよ。モドキちゃん、猫だから発汗できる場所少ないですし」
「え、そうなの?」
「はい。猫は、通常、肉球と鼻くらいしか汗をかく場所はないんです。だから、熱中症になりやすいし、室温管理は重要なんです」

 知らなかった。
 この猫モドキ、暑い時には自分で勝手にエアコンを付けるし気にしていなかったけれど、もっと気を付けてあげるべきだったか。

「なるほど。それならば仕方ない。薫、これは水分補給だから……」

 モドキがベッドを下りて、ウキウキと荷物をあさっている。
 鞄の底から出てきたのは、缶ビール。わざわざ保冷バッグにまで入れているところをみると、十分に冷やした物を持って来たに違いない。

 あ、こいつ! いつの間に荷物に忍ばせやがった。
 旅行と言えども、私が過剰なアルコールをモドキに許可するわけがない。それを見越して、コッソリ飲むつもりで荷物の底にモドキはビールを隠し持っていたのであろう。

「駄目です! モドキちゃん、アルコールは水分補給になりません!」

 優一さんが慌ててモドキからビールを取り上げる。私よりも動きが速い。
 
「儂はこれが良いのじゃ!」
「駄目です!」

 モドキよ。この旅は、獣医師が付いて来ていることを忘れていたな。
 普段は大人しいが、専門家がそう口車に騙されるわけがないのだ。
 観念しやがれ、猫モドキ!
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