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その名はフェラーリ

運動会の日

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 運動会当日、意気揚々とお嬢は出掛けて行った。
 室内で飼われている拙者は、当然お留守番。
 主の晴れの日に、留守を守るのも大切な役割。

 お嬢の観たいけど。観たくないわけないけれど。
 チャンスを狙ってみたけれど、運動会にペットは連れていけないと、一蹴されてしまった。

 クウウウ! 仕方ない! でも観たい!!

 拙者がモヤモヤしながらリビングで寝ていると、御父上が頭を撫でてくれる。

「せっかく観に行こうと思ったのに……。もう中学生になったから、観に来ないでって……寂しいよな」

 おお! 御父上もか!
 拙者だけではなのか。今朝、お嬢がすごい剣幕で何やら言っていたのは、そのことか。
 まぁ、お嬢からすれば、好きな男の子とかけっこするのに、御父上には見られたくはないか。

 残念がる御父上は、そのまま話を続ける。

「また転勤が決まってな……。まだあの子に言えてないんだ。リレーの選手になってまで頑張ったのに。怒るかな?」

 それは御父上よ。怒るなんてものではないだろう。
 転勤。それは、強制的に引っ越しが決まること。
 せっかく好いた人が出来て、その人に近づくために努力しているお嬢。
 可哀想ではないか。

 拙者が、書斎に引っ込んでしまった御父上の言葉を反芻しお嬢の悲しむ顔を想像してしょぼくれていると、コツコツと窓を叩く者がある。

「おい! バカ犬!」

 クロウだ。
 窓を見れば、烏のクロウがカアカア言っている。

「その呼び方、どうにかならんのか。クロウ殿には
お嬢の特訓を手伝ってもらった恩義があるが、そう『バカ犬』呼ばわりされるのは、やはり心外」
「今は良いんだよ! それより、間に合わなくなる! 急げ!!」

 良いか悪いかは、呼ばれている拙者が決めるべきことだと思うのだが。それよりも気になるのは、『間に合わなくなる』の一言。

「どうした? 何があった?」

 晴れてリレー選手となり、かけっこが出来るようになったのなら、我らの役割は終わり。
 今は、引っ越しの話はさておき、お嬢の笑顔を待つばかりだと思うのだが。

「お嬢が、お嬢が大変なんだよ」
「なんと? 何があった?」
「いねぇんだよ! 学校に!」

 あんなに楽しみして、ドキドキと早まる心臓をおさえて学校へ行ったのに? あんなに頑張って、リレーの選手になったのに?

「なぜじゃ?」

 誘拐、事故、病気……最悪の事態の想像が脳裏を駆け巡って、拙者の声は震える。

「知らねぇよ! 早くしろ! 探すぞ!」

 早くしろと言われても……窓は閉まっているし。拙者は、開け方を知らない。

「焦ったいな! そこ、そこに金具があるだろ? それを……そう、下に回して。ほら、それで鍵は開いたから、あとは横に窓を引っ張って……」

 クロウに言われるがままに窓を動かせば、いつもはビクともしないのに、するりと簡単に窓が開く。

「すごいな。なぜこんなことを知っている」
「ちょいと室内の物をくすねるのに……て、良いだろ、今は!」
「それよりも今はお嬢だ!」

 拙者は、とにかく急がなければと、慌ててクロウと一緒に、走り出した。
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