妖狐

ねこ沢ふたよ

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2 若草狐

狒々<ひひ>

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「佐次さんは、それで人面瘡を腕に付けることになったのですね」

黄が聞けば、佐次はコクリと首を縦に振る。

「ええ。そして、それ以来、私は、社を守る神職を兄に変わって継ぎ、妖魔や妖と向き合って生きてきました」


 佐次は、兄の佐門が逃げた後、親父の佐平に教え込まれて、仕事をするようになった。蔵には怪しい物がゴロゴロしているし、妖や怪異に悩まされている依頼人は絶えない。
 佐次は、好む好まざるに限らず、仕事を継ぐしかなかったのだ。

 若草の持って来てくれた河童の薬は、親父の怪我を治し、佐次の人面瘡の力を抑え込んでくれた。

ある日の依頼は、村に夜ごと現れる狒々の化け物を退治する物ものだった。

「村の娘を毎年一人差し出せと言われるのです」

 庄屋は、泣きながらそう語った。
 娘を差し出す家には、毎年白羽の矢がこの時期に突き刺さる。
 村人はそれを恐れて、娘を家の奥に隠して育てているのだが、それでもどこで見ているのか、娘のいる家に白羽の矢は刺さる。
 ある者は、産まれた娘をすぐに村の外の親戚の家に養女に出したにも関わらず、白羽の矢は刺さり、娘は攫われてしまった。

「このままでは、我々はどうすればよいのか」

 佐次と親父の前で、庄屋はそうため息をついた。
 今年は、庄屋の十歳になる娘が化け物に差し出される。

 依頼を聞いた後で、佐次は、庄屋の家の裏で一人歩いていた。

「若草。どこだ」

佐次が呼べば、若草は軽やかに姿を現す。耳は隠せても金の髪は目立つ。若草は、人前にはほとんど現れない。

「佐次。なんだ?」

佐次が一人でいるのを見計らって、若草が近づく。

「狒々の化け物は知っているか?」

「ああ。知っている。五、六頭くらいの群れで生きている。力持ちで妖の世界では、用心棒の仕事をしたりしているようだが、この人間界で生活している狒々の妖は、少し厄介だ。」

「何が厄介だ?」

「人間の肉が好物なものでな。すぐに我慢できなくなって、人間を襲う。力が強く、人間ではちっとも敵わないから、人間は獲物にしか見えないようだ。だから、狒々の妖が人間界に出た時には、妖力の強い八尾の妖狐か、九尾の妖狐が、よく退治の指令をうけている」

「七尾では、無理か?」

「七尾では、力が足りない。一対一では、もちろん負けないが、相手の人数によっては負けて喰われる。妖は人間ほど美味くはないが、それでも妖狐や烏天狗のような妖力の高い妖は、旨いということだ」

 では、若草では、喰われてしまうということだろう。
 それならば、若草を娘の代わりにすることは、難しい。

「いいよ。私が、十歳の娘さんの身代わりになろう」

考え込んでいる佐次の心をくんで、若草が申し出る。

「さすがに十歳の子の身代わりにはならないだろ?」

「大丈夫だよ。私は化け狐だよ?」

そう言って若草が変じたのは、小さな女の子。若草の面影をやつしたその少女は、黒髪も艶やかで大きな瞳が可愛らしい。

「髪の色まで変えられるなら、普段から黒くしていたら目立たないのではないか?」

若草の姿を見て佐次がそう言えば、若草が、

「これ、疲れるのだよ。だから、もって半日」
とむくれる。

 若草の妖力では、自分とあまりにかけ離れた姿には変じられないらしい。若草には、自分の幼い頃の姿、髪を黒くするのが限界だそうだ。

「へたくそ。修行すれば上手くならんのか」

「無茶言うな。自分は出来ないくせに。狸ならともかく、狐に高い変身能力を求めるな」

若草が、バシンと、佐次の背を叩く。

「しかし、俺がしくじれば、お前が喰われてしまうのだろう?」

 佐次は若草の身を心配する。
 庄屋の娘が助かっても、若草が死んでしまうのは嫌だ。

「そこは、お前を信じているから」

そう言って若草は笑った。



 夜。若草を入れた樽は、荒れ寺のお堂の中に運び込まれる。
 日は暮れて、辺りが闇に包まれる時間。
 ホウホウと鳴くフクロウの声に誘われるように、六つの青白い炎が闇の中に浮かび上がる。

「ああ、今年も無事に娘が喰える」

「まことに。まことに」

「なんとも旨そうな匂いの娘じゃ」

「まことに。まことに」

「では、どこからいただこうか」

「そう焦るな。皆で平等に分けねばなるまい」

勝手なことを言いながら、炎は若草の入った樽を取り囲む。
 
「出ろよ。娘。うまそうな四肢を見せておくれ」

 炎は狒々になり、樽の蓋を開けた。 
 中から出てきたのは、十歳ほどの美しい少女。

「なんとも柔らかそうな足」

「目は甘い砂糖菓子のように見えるわ」

「胸が喰いたい」

「ああ、では、私は腹を」

 歓喜に満ちた狒々は、幼い娘に化けた若草を吟味する。
 ゆっくりと狒々の手が若草に伸びる。
 若草は、それをぴょんと上に跳躍して逃げた。
 まさか人間の娘が、高く跳躍するとは思わない狒々達は、驚きの目で若草を睨んだ。

「佐次、今だ」

「おう」

 若草の合図を受けて、佐次と親父は、妖を封じるしめ縄をお堂に張り、中の狒々が逃げ出さないように術をかける。
 元の姿に戻った若草を見て、狒々がいら立つ。

「おのれ妖狐め。妖のくせに人間などと共闘しやがったな」

中の狒々の妖力がムクムクと増していく。

「佐次、耐えられるか?」

若草が聞けば、佐次が苦しそうに

「分からん」
と答える。

 中の狒々は六匹。その中の一際大きな者が、他の狒々を喰らい始める。
 逃げ場のないしめ縄の中で、阿鼻叫喚の恐ろしい風景が広がっている。仲間を頭を引き千切り、それをバリバリと喰い荒らす狒々は、仲間を喰うたびに大きくなる。

「は? なんだ? 何やっているんだ?」

「共喰いだよ。仲間の妖力を自分に移しているんだ。狒々は、だから群れで行動する。一番強い狒々が、仲間を妖力を利用する。仲間の狒々は、まさかの時に喰われると知りながらも、その強大な力に依存して生きている」

 仲間を喰って大きくなった狒々は、しめ縄に手をかけて、むりやり千切ろうと引っ張っている。
 力が思ったよりもデカい。

「くそ。佐次。しめ縄にもっと集中しろ!」

親父が叫ぶ。

「やっている。だが、なんだよ、この力」

 ブチッ
 大きな音を立てて、しめ縄が粉々になる。
 狒々が雄たけびを上げている。

 狐の姿に変じた若草が、佐次の前に立って狒々を威嚇する。

「たった七尾の妖狐であったか。ただのご馳走にしか見えんわ」

ゲラゲラと狒々が笑う。
 
「私が喰われている間に、お前たちは逃げれば良い」

若草がそう言って、狒々に立ち向かう。若草が狒々に飛びついて首に噛みつくが、狒々は若草を鷲掴みにして投げ飛ばす。

 ご神木にぶつけられた若草は、キャンと悲鳴をあげる。
 若草を犠牲にして逃げる?
 そんなこと、出来るわけがない。

「馬鹿いうな!」

佐次は、人面瘡を起こして、口から剣を取り出す。

「お前、また」

若草が、人面瘡に頼る佐次に不平を言う。

「仕方ないだろうが。良いから今は、俺を手伝え」


 親父と佐次と若草で狒々を取り囲む。
 もう一度術を使って、親父が狒々の動きを鈍らせる。

 佐次を乗せた若草は、縦横無尽に狒々の周りを飛んで翻弄する。
 動きが鈍り、本気で風に乗る妖狐の動きについていけない狒々の動きに隙が産まれる。

 佐次は、狒々の頭を切り落とし、村を長年悩ませた狒々は、ついに退治された。


「愉快だ。俺の力をどんどん使え。佐次。そうすれば、お前の魂は、どんどん俺の物になる」

狒々を倒した後の暗闇の中で、人面瘡がそうゲラゲラと笑い続けていた。
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