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白洲

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 味噌問屋の播磨屋の裁きが数日後の白洲で行われた。

 奉行所の白洲の庭にゴザが敷かれ、その上に縄に縛られた平八とその父が座る。
 かみしもを着た奉行が板の間に座り、播磨屋の親子を見下ろす。

 お七達は、白洲の隅に敷かれたゴザに座ってその様子を見ている。
 奉行に問われれば、お七達は答えるように申し付けられている。

 お七、お鈴、宗悟、祐、佐和、清吉、そして親方。
 辰吉も白洲に証人として呼ばれたが、まだ傷が回復していないので辞退を許された。
 お七達の横には、火事の時に平八を捕まえた十手持ちがふんぞり返って座っている。

「あいつらも中央に座るべきなのに」

 お七が睨む先にいるのは、材木問屋の番頭と職人の二人。
 白洲を挟んだ向こう側のゴザにすまして座っている。

「黙っていろ。発言は許可されてからだ」

 十手持ちにお七は注意される。
 気に入らない。
 何でこんなに偉そうなのか。
 もう一言二言返してやろうと口を開くが、親方にペシリと頭をはたかれる。

 黙っていろということだろう。
 仕方ない。
 お七は、我慢して黙って座る。

「お前達は何をした? 洗いざらい話してみろ」

 奉行の問いに平八が応える。

「へえ。佐和に相手にされず、清吉に妨害されて、ムカついて蕎麦屋で飲んでくだ巻いていたんです」

 平八は、その時に材木問屋の若い職人と出会った。それが、証人用のゴザで、材木問屋の番頭と一緒に座っている男なのだそうだ。

 平八と職人は、一緒に酒を飲んで、佐和の見る目がないだの、清吉のあの偉そうな態度が鼻につくだの、文句を言って盛り上がった。

「それで、佐和を振り向かせる良いマジナイがあると、その男から聞いたんです」
「ふうん。マジナイをか。どんなマジナイだ?」
「へえ。それは複雑なマジナイで。番頭が直接教えてくれるというので、後日、材木問屋を訪ねて教えてもらいました」
「嘘っぱちだ! 酒を一緒に飲んだのは認めるが、マジナイなんて知らねえ!」

 向こうのゴザの職人は怒鳴る。

「うっさい! 黙っていろ!」

 お七が言い返す。

「お七。それは奉行の仕事だ」

 奉行が苦笑いを見せる。

「さて、お七の言う通り『黙っていろ』なんだが、まあ聞いてやろう。どうした?」
「はい。平八の言うことは、嘘っぱちでございます。マジナイなんて、手前どもでは存じません。私達は、しがない材木問屋でございます。占い師でもない手前どもが、どうしてマジナイなんて知りましょうか」

 職人に変わって番頭が応える。

「なるほど。知らんと」
「はい」
「平八どうだ?」
「へえ。しかし、番頭に聞いたのは事実ですので、そこを撤回するのは難しゅうございますので、そのまま話します」

 番頭が否定することにもっとうろたえるかと思っていたのに、意外と落ち着いた様子の平八は、そのまま話を続ける。

「マジナイは、とても難しゅうございました。何度も練習しましたし揃えるものも多く中々覚えが悪いことに業を煮やして、その男が一緒にマジナイの現場に行きました」
「ほう。なぜその場でやらない?」
「時間や場所が指定されていたのです。恋を叶える神の活動する時間。不浄の物を清めることで、その褒美として恋心を叶えてくれるとかで。そいつと一緒に、マジナイをしてその場を去りました」

 平八は、宗悟の言っていた、あの時間差で火付けを行う方法をつらつらと述べる。
 馬糞ではなく厠を利用したことや、炭を細かく砕いていたこと、油をまくこと、薪の積み方など、多少の違いはあっても、ほぼ同じ。見てもいないのに、宗悟がここまで突き止めたことに驚く。
 奉行もそう思ったようで、チラリと目線を宗悟に向けて、また平八達の方へ視線を戻す。

「で? その後は?」
「そこから未申(南西)の方へ男と一緒にプラプラと歩いていれば、火の手が上がったので驚きました」
「ふむ。安全な場所、だいぶんと離れた場所であったのだろう?」
「へえ。そこで実は、あれは火付けだったのだと男から明かされました」

 お七は、その話を、この間の火事の時に聞いている。

「また嘘っぱちだ」

 材木問屋の男がちゃちゃと入れる。

「これ。次に発言が許されていないのに口を開ければ、斬り捨てるぞ」

 子どもを窘めるような穏やかな口調で、ニコリと笑いながら奉行が物騒なことを言う。
 冗談のように見えるが、これは本気だ。目が笑っていない。
 お七はゾッとする。

「平八よ。その時にお前はどう思った?」
「恐ろしく感じました。火付けは重罪です。そんなことに巻き込まれてしまったのかと思うと、腰が抜けました」

 そして、男に、罪の全ては清吉に被ってもらう算段になっている。
 番頭が清吉を呼び出し、火が上がる頃合いに清吉があの場所へ行くように仕向けてあるから、安心するが良い。そう言われたのだと。
 もし、このことを奉行所に垂れ込んでも、きっと相手にされないだろう。番頭も自分達も、火のついた時刻には、離れた場所にいて、疑われる余地もないと。

「それで腹をくくりました。俺達が目に付くように積極的に人助けをして目撃者を増やし、清吉があの場所にいたと瓦版屋に垂れ込んだのです」
「なるほど」

 平八の話に、奉行はウンウンと頷く。
 きっと、平八は嘘はついていないだろう。
 平八から以前のような意地悪い態度が抜けている。
 親父があんな極端なやり方で責任を取って死のうとしていたことに、すっかり毒気を抜かれたのだろう。

「して、清吉よ。お主はどうしてあの場所へ行った? あの場所で何があった?」

 奉行は、証人として座っている清吉に目を向けた。 
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