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貧乏寺

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 寺の厨房。
 宗悟は、煮物を作っていた。
 自分達で食べる分だけ。小さな鍋で煮ている。

「どうしたら良いと思う?」

 鍋をかき回すのは、お鈴だった。
 心ここにあらずのお鈴のグルグル回すお玉によって、芋は無惨な姿に。

「ちょ、ちょっと! お鈴! また芋が!!」

 手遅れな鍋の中を宗悟はため息とともに見つめる。

「どうしてまた芋なの?」
「仕方ないだろう? 貧乏寺だ」

 この間お七のお父に分けてもらった芋も、少し寺の端に植えている。
 今貯蔵している芋がはけた時には、きっと食べられる分量が増えいているはずだ。

 焼け出された人たちの炊き出しに、寺で貯蔵していた食い物のほとんどを使ってしまった。
 宗悟は工夫して、野草を採ったり寺の隅で食べられる物を作ってはいるけれども、その生活はいつもカツカツだった。

「とにかく、この間も言った通り、恋なんてどうしようもないんだ。お鈴が気をもんでも、なるようにしかならないんだよ」
「そうかもしれないけれど……でも、余計なことを言っちゃったのよ。私きっと」

 こんなことを相談できる相手は、宗悟くらいしかいない。
 もう少し突き放さず聞いて欲しいのだが。

「で、清吉がどうしたって?」
「清吉さんがね、材木問屋に入っていって」

 お鈴の言葉に、宗悟の手が止まる。

「清吉が材木問屋に? どこの?」
「え、大通りを東に行って……」
「で?」
「で? って」
「材木問屋に行って、清吉は何をしていたんだ?」
「それは……よく分からないわ。番頭さんと話していただけよ。すごく険しい顔して」
「清吉が、あの番頭と……何を話していたんだろう……」
「会話までは聞こえなかったわ。……あ、でも、清吉さんが番頭に『覚悟しておけ』とか言っていたような」
「清吉が……番頭に……」
「そうよ。それで、番頭さんは、『私は何も知りません』って言っていたの」

 なにをそんなに深刻そうな顔をしているのだろう。
 お鈴にはさっぱり分からない。

「どうしたのよ?」
「いや……うん……」

 少し迷って、宗悟が、お鈴に火付けの下手人を探している話をお鈴にする。

「うそ……」

 お鈴は背筋が凍る。だって、火付けの下手人となれば、死罪にもなるような重罪だ。

「まさか、清吉さんが? あの材木問屋が?」
「まだ決まったわけじゃないってば」

 宗悟は、まだ決まっていないと言うけれども、なんとも恐ろしい話だ。

「でも、清吉さんは、そんなことをする人じゃないわ。だって、私を助けてくれたもの」
「助けてくれた?」
「そうよ。材木問屋の職人なのかな……その人に見つかって睨まれた時に、私を連れて外へ出てくれたのよ」
「お鈴を睨んだ?」
「そう。あの材木問屋、きっと何か隠し事をしているわ」

 自分でも、どうしてこう清吉の肩を持ちたくなるのか分からないが、でも、あの時の清吉の態度は、火付けをする悪い奴の態度には思えなかった。

「だけれども、清吉が材木問屋と手を組んで火付けした可能性はまだあるだろう?」
「でも、揉めていたわ」
「それだって……そう。例えば、分け前を思っていたようにもらえなくって仲間割れしていたとか、そういうのかも知れないだろう? まだ、何も分からないんだ」
「だって、そんな。佐和姉と恋仲になるかもしれない清吉さんが?」
「それは、火付けとは関係ないだろう」
「関係なくないっ!!」

 佐和やお鈴が認めた人が、そんな悪人だなんて。
 あんな風に、佐和の気持ちを鈴が漏らした時に、あんな風に顔を真っ赤にして照れていた人が、火付けをして人の命を危険にさらすだなんて。
 そんなのは、お鈴には信じられなかった。

「お鈴……よく聞け。とにかく、お鈴は危険だ。二度とあの材木問屋にも清吉にも近づくな……って、なんだ?」

 お鍋がブスブス音をたてている。
 匂いが変だ。

「わ、やばい!!」

 宗悟が慌てるが、もう手遅れだった。
 崩れてドロドロの芋が、鍋底で焦げた匂いをさせていた。


 ◇ ◇ ◇

 座敷で和尚は、黒くなった芋だった物体をつまむ。

「これはまた、豪快な」

 愉快そうに笑う和尚に「申し訳ありません」と、宗悟が頭を下げる。
 和尚は、よいよい。と、笑みを崩さずに椀をすする。

「宗悟よ。それよりも、清吉と材木問屋のこと。どう思う?」
「はい。何ともまだ判断はつきませんが、町火消である清吉が火付けなんて、やはり違和感があります」

 宗悟だって、清吉をただ疑っている訳ではない。
 お七やお鈴のように手放しでは信じられないだけ。
 可能性がある内は、清吉を信じるのはまだ危険だ。

 あの番頭が下手人なのかは分からないが、お鈴の話を聞く限り材木問屋は怪しい。
 では、その材木問屋に出入りし、出火場所にいたことが分かっている清吉を、すぐに信用なんてできない。

「ふむ。では、なぜ材木問屋に?」
「それは……ひょっとして、清吉は、あの火事の現場で何か見たのかもしれないと思っています。それで、材木問屋に……」
「なぜ、奉行所に訴えない? そんな決定的な物を見たのであれば、なぜ清吉は奉行所にそれを言いに行かない?」
「それは……何故でしょう?」

 分からない。もし、清吉が火付けの仲間ではないとすれば、なぜ、火事の時に火元にいて何かを見た清吉は、材木問屋を訴えないのだろう。

「まさか、材木問屋を脅迫している?」
「可能性はあるが、それ以外も考えられるであろう?」
「それ以外……」

 宗悟は思案する。
 何か、奉行所に行けばまずいことがあるのだろうか?
 分からない……。

「まあ、ゆっくり考えれば良い」

 和尚の椀が空になっても、宗悟はじっと思案にくれていた。
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