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虎吉、卯吉、辰吉
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親方が下から声を掛ければ、屋根の上の仲間が返事を返す。
「もっと右だこら! チンタラしてると足元崩れるぞ!」
「ヘイ!!」
お七には分からないが、親方にはどこを叩けばどう崩れるのかが手に取るように見えているようだった。
親方の指示通りに鳶口をひっかければ、建物は面白いように崩れていく。
昨日まで人が住んでいた屋敷は、その役目を終えて灰燼と化していく。
塞がれていた土塀は、鳶の一撃でぽっかりと穴をあけて、中に組まれた竹小舞をむき出しにして終いには倒れる。
「お前さん! 持ってきたよ!」
「おう、丁度良い頃あいだ」
加代が声を掛ければ、親方が皆に合図する。
埃まみれ、汗だくの鳶達は、手ぬぐいで顔を拭きながら、こちらへ集まってくる。
ある者は、桶から水を汲んで飲み、ある者は水を頭から被っている。
「ご苦労さんだよ!」
いつもそうしているのだろう。
加代は皆に握り飯を配る。
塩をまぶしただけの握り飯を、皆、有難そうに受け取っている。
お七も加代と一緒に、皆に握り飯を配っていく。
「お七、どうだ、廊下は綺麗になったか」
「無理だよ。あんなの。どうやったって真っ黒だ」
「はは! これから俺たちが戻れば、さらに真っ黒だ」
う吉がお七に握り飯をもらいながら話しかける。
どうやら、廊下を磨いたってキリがないことを知っていて、う吉はお七に廊下掃除を命じたようだ。
意地が悪い。
「負けないんだから! 言われたからには、びっくりするぐらいにピカピカにしてやる」
負けん気の強いお七の言葉に、う吉は面白そうに「楽しみだ」と笑う。
「お七。こっちが虎吉で、こっちが辰吉だ」
う吉が紹介する。
虎吉は小柄で、辰吉は背の高い男だった。
「よろしくお願いします」
お七が頭を下げれば、虎吉が「おうッ」と手を振ってくれたが、辰吉はそっぽを向いてしまった。
「しっかし、本当に女の子なんだな」
虎吉が、マジマジとお七を見つめる。
「悪いですか?」
「いや……悪いっていうか。なんで? 見た通り、鳶の仕事も町火消も重労働だし、汚れるし、危険だし。おおよそ女がやりたがるような仕事じゃあ、ないと思うんだ」
どうやら虎吉は、思ったことはすぐ口にするタイプのようだ。
虎吉、う吉、辰吉の三兄弟で、虎吉が長男だと聞いていたから、この三人の中では年長のはずだが、どうも小柄なせいか、若く見える。
小柄で人懐っこい虎吉、小山のような大男のう吉、すらっとした長身の辰吉。
三者三様で面白い。
「そうですね……。でも、マトイ持ちになりたいって思ってしまったので。とことん頑張りたいんです」
「な、マトイ持ち? そりゃあ、大きく出たな」
虎吉が笑う。
「て……ことは、辰吉、お前のライバルだ」
ライバルと言われて、辰吉の整った顔に深い深い皺が寄る。
心の底からそう思っていそうだ。
辰吉は、「迷惑だ」とだけ言って、黙り込んでしまった。
「おお、辰吉。そんなスカした態度だと、いつかお七にマトイ取られちまうぞ!」
「お、親方!!」
加代から貰った握り飯片手に親方が愉快そうに笑う。
「はい、頑張ります!!」
お七がそう言えば、そこにいた鳶達が皆、ドッと愉快そうに笑って、「頑張れよ」「威勢が良いね」なんてお七に声を掛けた。加代もう吉も虎吉も笑っている。
辰吉だけが、居心地が悪そうに、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「もっと右だこら! チンタラしてると足元崩れるぞ!」
「ヘイ!!」
お七には分からないが、親方にはどこを叩けばどう崩れるのかが手に取るように見えているようだった。
親方の指示通りに鳶口をひっかければ、建物は面白いように崩れていく。
昨日まで人が住んでいた屋敷は、その役目を終えて灰燼と化していく。
塞がれていた土塀は、鳶の一撃でぽっかりと穴をあけて、中に組まれた竹小舞をむき出しにして終いには倒れる。
「お前さん! 持ってきたよ!」
「おう、丁度良い頃あいだ」
加代が声を掛ければ、親方が皆に合図する。
埃まみれ、汗だくの鳶達は、手ぬぐいで顔を拭きながら、こちらへ集まってくる。
ある者は、桶から水を汲んで飲み、ある者は水を頭から被っている。
「ご苦労さんだよ!」
いつもそうしているのだろう。
加代は皆に握り飯を配る。
塩をまぶしただけの握り飯を、皆、有難そうに受け取っている。
お七も加代と一緒に、皆に握り飯を配っていく。
「お七、どうだ、廊下は綺麗になったか」
「無理だよ。あんなの。どうやったって真っ黒だ」
「はは! これから俺たちが戻れば、さらに真っ黒だ」
う吉がお七に握り飯をもらいながら話しかける。
どうやら、廊下を磨いたってキリがないことを知っていて、う吉はお七に廊下掃除を命じたようだ。
意地が悪い。
「負けないんだから! 言われたからには、びっくりするぐらいにピカピカにしてやる」
負けん気の強いお七の言葉に、う吉は面白そうに「楽しみだ」と笑う。
「お七。こっちが虎吉で、こっちが辰吉だ」
う吉が紹介する。
虎吉は小柄で、辰吉は背の高い男だった。
「よろしくお願いします」
お七が頭を下げれば、虎吉が「おうッ」と手を振ってくれたが、辰吉はそっぽを向いてしまった。
「しっかし、本当に女の子なんだな」
虎吉が、マジマジとお七を見つめる。
「悪いですか?」
「いや……悪いっていうか。なんで? 見た通り、鳶の仕事も町火消も重労働だし、汚れるし、危険だし。おおよそ女がやりたがるような仕事じゃあ、ないと思うんだ」
どうやら虎吉は、思ったことはすぐ口にするタイプのようだ。
虎吉、う吉、辰吉の三兄弟で、虎吉が長男だと聞いていたから、この三人の中では年長のはずだが、どうも小柄なせいか、若く見える。
小柄で人懐っこい虎吉、小山のような大男のう吉、すらっとした長身の辰吉。
三者三様で面白い。
「そうですね……。でも、マトイ持ちになりたいって思ってしまったので。とことん頑張りたいんです」
「な、マトイ持ち? そりゃあ、大きく出たな」
虎吉が笑う。
「て……ことは、辰吉、お前のライバルだ」
ライバルと言われて、辰吉の整った顔に深い深い皺が寄る。
心の底からそう思っていそうだ。
辰吉は、「迷惑だ」とだけ言って、黙り込んでしまった。
「おお、辰吉。そんなスカした態度だと、いつかお七にマトイ取られちまうぞ!」
「お、親方!!」
加代から貰った握り飯片手に親方が愉快そうに笑う。
「はい、頑張ります!!」
お七がそう言えば、そこにいた鳶達が皆、ドッと愉快そうに笑って、「頑張れよ」「威勢が良いね」なんてお七に声を掛けた。加代もう吉も虎吉も笑っている。
辰吉だけが、居心地が悪そうに、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
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