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茶屋の器量良し
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稲荷前の茶屋には、とんでもない器量良しがいる。
最近、そういう口コミで、茶屋は賑わっている。
なんでも美人画で有名な浮世絵師が、この茶屋で働く女の姿を描いた浮世絵が大人気だとか。
花魁よりも、深窓の令嬢よりも気軽に会いに行ける美女。それが人気の引き金になったようで、浮世絵は飛ぶように売れて、元となった美女の働く茶屋には、一目でも良いから会ってみたいという客が押し寄せた。
「お鈴ちゃん!」
今日もごった返す店内へ裏口から入ったお七が声をかければ、お七と同じ年ごろの少女、お鈴が振り返る。
それほど広くもない店内だ。混雑していても、お鈴は、すぐにお七に気づいてくれた。
「お七ちゃん!!」
手に持った盆を振ってお鈴が言葉を返す。お七の親友のお鈴。お七の姿を見て、お鈴は喜んで笑ってくれる。
ニコリと笑ったお鈴の姿に、お七は見惚れる。
話題の茶屋の美人とは、お鈴の三つ年上の姉、佐和のことだ。
だが、お鈴だって負けない美人だとお七は思う。
きっと、三年も経てば、佐和と同じように話題の茶屋の看板娘と噂されるようになるだろう。
「またお鈴の仕事の邪魔をしに来たな」
声の主は、姿を見なくても分かる。
幼馴染の祐だ。
お七が振り返れば、思った通り。
大工に弟子入りしたての祐が、まだ足に馴染んでいない地下足袋を履いて席に座って茶を飲んでいる。
「あたしとお鈴ちゃんの仲だもの。てか、祐。あんた、また仕事せずにこんな所で。親方に叱られるわよ」
「大丈夫だ。今日は、先輩達の付き添いだもの」
祐が指差す方向を見れば、祐の先輩大工が数名。茶店の席を占拠して、注文された団子を運ぶ佐和に見惚れている。
「今日は、一棟建った後で休みだからな。先輩たちが、佐和姉を一目みたいからって、茶店に繰り出したんだ」
「なるほどね」
妹のお鈴と友達の祐を連れて行けば、佐和と話す機会も増えると、祐の先輩は考えたのだろう。
「なるほどね」
「お七は、あれか。また、お父と喧嘩して飛び出してきたんだろう?」
「よく分かるわね」
「分かるさ。いつものことだろう?」
祐がクククと笑う。
「ムカつく!」
「ムカつくも何も、お七が悪いんだろう? 十五にもなって、そんな風にフラフラしているから」
祐に痛いところを突かれて、お七は言葉を返せない。
ここ江戸では、十五になる頃には、よほどの大店の令嬢か武家の娘でもなければ、皆、何か仕事に就いている。
商店の丁稚奉公、大工の弟子、茶店の給仕。
皆、さまざまな職に就いているのが、当たり前だった。
お七のように、未だに何の仕事にも付かない者は珍しい。
「先のことも考えずに、フラフラしているから」
「考えていないわけじゃないわよ」
「マトイ持ちになりたいってヤツだろう?」
「そうよ。祐も知っているくせに」
幼馴染の祐が知らない訳がないのだ。
お七は、祐にもお鈴にも、マトイ持ちになりたいことは、話している。
「マトイ持ちねぇ」
祐が呆れる。
「何よ」
「そんな荒唐無稽な夢ばかり言っても、埒が明かねえだろう?」
「荒唐無稽かどうかは、私が決めるの! 祐が決めることじゃないわよ」
昔は、すごいって、頑張れって、祐だって言ってくれたのに。
大工の見習いになってからの祐は、お七の夢にどうも否定的だ。
「じゃあ、何か……マトイ持ちになるために、何か具体的にしているってのか?」
「もちろんよ。ちゃあんと、火消しの組に入れてくれって頼みに行っているわよ」
「じゃあ、その結果は?」
全滅。
お七だって、何もしていない訳ではない。
とにかく、下働きでも良いから、まずは町火消に所属しなければ話にならないと、片っ端から当たってはいる。
だが、女のお七を見て、どこの町火消しも門前払い。
飯炊きなら雇わなくもないが火消しにはできねぇと、断わられてばかりだった。
「仕方ないじゃない。女の火消しなんて、前例がないんだから」
ともかく、この世というものは、困ったことに前例のない所へ飛び込んでいくことに、皆否定的だ。
だが、そんな世の理なんかに従っていたら、お七の夢なんて、どう逆立ちしたって叶わなくなってしまう。
「何? また祐は、お七ちゃんを虐めているの?」
「お鈴ちゃん!」
休憩に入ったお鈴が、お七を庇ってくれる。
「べ、別に虐めてなんか!」
お鈴が味方に入ったことで、一気に祐の立場が悪くなる。
「そうよ。祐! そんな風に人のことをとやかく言わないの」
年上の佐和にまでそう言われてしまえば、祐に言い返す言葉はない。
「祐! てめぇ、半人前のくせに何偉そうに!!」
佐和がお七の味方をすれば、佐和目的で店に来た祐の先輩達も、お七を庇ってくれる。
「本当、祐は、お七ちゃんに突っかかってばっかりなんだから」
お鈴がそう言って、コロコロと笑った。
茶屋の評判の美人 佐和です
最近、そういう口コミで、茶屋は賑わっている。
なんでも美人画で有名な浮世絵師が、この茶屋で働く女の姿を描いた浮世絵が大人気だとか。
花魁よりも、深窓の令嬢よりも気軽に会いに行ける美女。それが人気の引き金になったようで、浮世絵は飛ぶように売れて、元となった美女の働く茶屋には、一目でも良いから会ってみたいという客が押し寄せた。
「お鈴ちゃん!」
今日もごった返す店内へ裏口から入ったお七が声をかければ、お七と同じ年ごろの少女、お鈴が振り返る。
それほど広くもない店内だ。混雑していても、お鈴は、すぐにお七に気づいてくれた。
「お七ちゃん!!」
手に持った盆を振ってお鈴が言葉を返す。お七の親友のお鈴。お七の姿を見て、お鈴は喜んで笑ってくれる。
ニコリと笑ったお鈴の姿に、お七は見惚れる。
話題の茶屋の美人とは、お鈴の三つ年上の姉、佐和のことだ。
だが、お鈴だって負けない美人だとお七は思う。
きっと、三年も経てば、佐和と同じように話題の茶屋の看板娘と噂されるようになるだろう。
「またお鈴の仕事の邪魔をしに来たな」
声の主は、姿を見なくても分かる。
幼馴染の祐だ。
お七が振り返れば、思った通り。
大工に弟子入りしたての祐が、まだ足に馴染んでいない地下足袋を履いて席に座って茶を飲んでいる。
「あたしとお鈴ちゃんの仲だもの。てか、祐。あんた、また仕事せずにこんな所で。親方に叱られるわよ」
「大丈夫だ。今日は、先輩達の付き添いだもの」
祐が指差す方向を見れば、祐の先輩大工が数名。茶店の席を占拠して、注文された団子を運ぶ佐和に見惚れている。
「今日は、一棟建った後で休みだからな。先輩たちが、佐和姉を一目みたいからって、茶店に繰り出したんだ」
「なるほどね」
妹のお鈴と友達の祐を連れて行けば、佐和と話す機会も増えると、祐の先輩は考えたのだろう。
「なるほどね」
「お七は、あれか。また、お父と喧嘩して飛び出してきたんだろう?」
「よく分かるわね」
「分かるさ。いつものことだろう?」
祐がクククと笑う。
「ムカつく!」
「ムカつくも何も、お七が悪いんだろう? 十五にもなって、そんな風にフラフラしているから」
祐に痛いところを突かれて、お七は言葉を返せない。
ここ江戸では、十五になる頃には、よほどの大店の令嬢か武家の娘でもなければ、皆、何か仕事に就いている。
商店の丁稚奉公、大工の弟子、茶店の給仕。
皆、さまざまな職に就いているのが、当たり前だった。
お七のように、未だに何の仕事にも付かない者は珍しい。
「先のことも考えずに、フラフラしているから」
「考えていないわけじゃないわよ」
「マトイ持ちになりたいってヤツだろう?」
「そうよ。祐も知っているくせに」
幼馴染の祐が知らない訳がないのだ。
お七は、祐にもお鈴にも、マトイ持ちになりたいことは、話している。
「マトイ持ちねぇ」
祐が呆れる。
「何よ」
「そんな荒唐無稽な夢ばかり言っても、埒が明かねえだろう?」
「荒唐無稽かどうかは、私が決めるの! 祐が決めることじゃないわよ」
昔は、すごいって、頑張れって、祐だって言ってくれたのに。
大工の見習いになってからの祐は、お七の夢にどうも否定的だ。
「じゃあ、何か……マトイ持ちになるために、何か具体的にしているってのか?」
「もちろんよ。ちゃあんと、火消しの組に入れてくれって頼みに行っているわよ」
「じゃあ、その結果は?」
全滅。
お七だって、何もしていない訳ではない。
とにかく、下働きでも良いから、まずは町火消に所属しなければ話にならないと、片っ端から当たってはいる。
だが、女のお七を見て、どこの町火消しも門前払い。
飯炊きなら雇わなくもないが火消しにはできねぇと、断わられてばかりだった。
「仕方ないじゃない。女の火消しなんて、前例がないんだから」
ともかく、この世というものは、困ったことに前例のない所へ飛び込んでいくことに、皆否定的だ。
だが、そんな世の理なんかに従っていたら、お七の夢なんて、どう逆立ちしたって叶わなくなってしまう。
「何? また祐は、お七ちゃんを虐めているの?」
「お鈴ちゃん!」
休憩に入ったお鈴が、お七を庇ってくれる。
「べ、別に虐めてなんか!」
お鈴が味方に入ったことで、一気に祐の立場が悪くなる。
「そうよ。祐! そんな風に人のことをとやかく言わないの」
年上の佐和にまでそう言われてしまえば、祐に言い返す言葉はない。
「祐! てめぇ、半人前のくせに何偉そうに!!」
佐和がお七の味方をすれば、佐和目的で店に来た祐の先輩達も、お七を庇ってくれる。
「本当、祐は、お七ちゃんに突っかかってばっかりなんだから」
お鈴がそう言って、コロコロと笑った。
茶屋の評判の美人 佐和です
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