魔王の息子に惚れられました

前魔王の訪問

食事を終え、言われた通り軟膏を秘部に塗り横になっていた唯奈の部屋に予想外の人物が訪れた。
「入るぞ」
ノックもなく入ってきた人物。
それは前魔王だった。
一度襲われかけた経験がある唯奈はベッドの上で身構えた。
「そう構えなくても何もしない」
「え？じゃあ、何しにいらしたんですか？」
「少し話をしにきた」
「話？」
「ああ」
「和樹の事ですか？」
「その事もあるが私は暫く人間界へ行ってみようと思う」
唯奈は以前、前魔王が人間界へ花嫁を探しに行きたいと言っていたのを思い出した。
「人間界へは・・・新しい花嫁を探しにですか？」
「よく覚えていたね」
「・・・あれ、本気だったんですね」
唯奈がそう訊ねると前魔王は言った。
「私は人間が好きなんだ。命は短いがその分我々に感情をたくさん持っている」
「感情・・・？」
「私たちは寿命が長いせいか感情があまりない。正直ユイナが羨ましい」
そんなこと考えたこともなかった唯奈は驚いた。
「感情が多いと困ることもたくさんあります」
「それはいいことだ。感情は大切なものだからな」
「それで和樹の事というのは？」
前魔王は思い出したように話し始めた。
「カズキはまだ若い。時に感情的になることもある」
「知っています。そういう面をたくさん見てきました」
「だからカズキが暴走しないように傍で見守っていて欲しい」
「私には何の力もありません。もし何かあっても止めることが出来ないと思います」
はっきりそう言うと前魔王は笑った。
「ユイナの言う事なら何でも聞くと思う」
唯奈は前魔王が和樹に色々教えていくものだと思っていた。
それなのに前魔王は暫く留守にするという。
「私はまだ和樹の傍には前魔王様が必要だと思います」
「私の名はトランという。トランと呼んでくれ」
「あ、すみません。トラン様」
今初めて知った前魔王の名前。
「久しぶりに呼ばれるとおかしな感じがするな」
「・・・トラン様がいないと少し不安です」
正直な感情をトランにぶつけてみた。
トランはポケットからペンダントを出した。
「唯奈にこれをやろう」
「これは？」
「何かあったら、これを握って私を呼べばすぐに戻ってくる」
唯奈はそのペンダントを受け取り身につけた。
「わかりました。気を付けて行ってきてください」
唯奈は笑顔で送り出そうとした。
するとトランは唯奈の唇にキスをした。
触れるだけのキスだったが突然の事に唯奈は驚いた。
「ありがとう、ユイナ。そろそろ行くとするよ」
「・・・はい・・・」
唯奈は真っ赤になっていた。
小さな声でそう返事をするのが精一杯だった。
トランはそんな唯奈を見て満足そうに微笑んでいた。
姿見のところまでトランは歩いて行き鏡の中へと消えていった。
「人間界か・・・」
自分にはもういけない場所だ。
人間界に帰ってももう自分の居場所はない。
そう思うと少し悲しくなった。
でも唯奈はもう魔界で生きていくと決めたのだ。
「悲しんでいるばあいじゃない・・・か」
そう自分に言い聞かせ溜息を付いた。
自分はもう魔王の妻なのだ。
魔界の正妃になったのだ。
もっと強くならなくてはいけない。
唯奈はそう思った。