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16-②

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夜になって、カヴァに誘われるままに俺は外へ出た。
 王都の夜は大通り沿いこそ賑やかだったが、大通りを外れて街の外れに出ると、あたりは虫の音が聞こえるほど静かだ。

 空を見上げれば満天の星空が見える。
 この異世界の夜空には、月の代わりに青白い大きな星が2つ。それに加えて、無数に散らばる小さな星々が無数にあった。


「綺麗だなー」
「ふふふ、この世界を褒めてくれてありがと」


 そう呟くと、前を歩いていたカヴァがくるりと振り返って嬉しそうに笑った。空には俺が知っている星座は当然一つもなかったけれど、ちょっとロマンティックな雰囲気になってしまって困る。


「一体どこに行くんだ?」


 迷いなく歩くカヴァの背中にそう問いかけるけれど、カヴァは微笑むばかりで俺のその質問には答えない。

 他愛ない話をしながらしばらく歩くと、長く続く階段を上がりきって小高い丘の上に出た。
 ファンタジー世界なんだから、丘の上にあるのは教会かな? なんて思っていた俺の予想を裏切り、丘の上にあったのは神社やお寺によく似た和風の建物だった。


「ここはセイソウ院という神殿よ。この奥には、ふぐり様というゲイ族の神様が祀られているの」
「精巣inふぐり……」


 タマブラーンといい、ふぐりといい、この王都のネーミングは一体どうなっているのだろう。
 ああもうっ、ロマンティックな空気が台無しだよっ! ちょっとホッとしたけど!

 俺は心の中で久々のツッコミを入れつつ、すたすたと参道を進むカヴァを追いかけた。
 境内のそこかしこには、2つ連なった黄金の卵がぶら下がっている。
 あちらの世界でも賽銭箱の上に下がっている鈴はよく見かけるが、この神殿の鈴にはそれを鳴らす為の紐が下がっていない。
 どうやらあちらの世界のそれとは、意図が違うようだ。

 …………まぁ、なんとなーく想像はつくけどな。多分、詳しく聞いちゃいかんやつ!


 境内の最奥にある本殿のような建物の前で、カヴァは立ち止まった。


「ねぇ、鷹夜。アタシ、ちゃんと鷹夜にお礼を言ってなかったわよね」


 本殿の前で振り返ったカヴァは、改まってそう言った。


「お礼なんていいよ。俺だって最初からカヴァには助けられっぱなしだし。お互い様だろ」


 改めてお礼を……なんて言われたら、どんな顔をして良いのか分からない。まして、助け方があんな方法だった訳で……。
 あー、うん。思い出したら普通に恥ずかしい。


「ふふっ。そのことだけじゃないわ。まぁ、鷹夜ならそう言うと思ったから、貴方をここに連れて来たの」


 そう言って、カヴァは本殿の前に立って両手を合わせるように拝む。「ホラ、鷹夜も」と手招きされて、俺は慌ててカヴァの隣に並んで、この世界の神様に向かって手を合わせた。

 数分の参拝を終えた俺は、カヴァに手招きされるままに参道を逸れ、本殿の側にあった大樹の前に立った。


「この木はね、ゲイ族の番(つがい)が、良い養子を授けてくれるよう神様にお願いするための場所なの」
「養子……?」
「そうよ。アタシは父の……フミタカの養子なの」
「えっ?!」


 そう言えばよく考えたら、ゲイである以上子供を作る事はできないはずだ。けれど、カヴァにもルナにも、『父親』がいる。
 異世界だからきっと何かカラクリが……なーんてまたもや都合のいい解釈をしていた俺は、気まずくなった。

 良く考えたら、俺とカヴァだってやることはヤッているが、転移者である俺が妊娠なんてする訳もなく……。


「ゲイ族は、ゲイに生まれ落ちた子供を親元から引き取って、養子として番で育てるのよ」
「なるほど、そんなシステムなのか」


 あちらの世界にいたとき、俺はこの性癖を理由に思春期以降両親とはかなり距離を取ってきた。
 親との距離感が上手く掴めなくて、特に結婚しろだなんて言われた事もなかったのに、孫の顔を見せられないことに勝手に俺が負い目を感じて、両親から離れたのだ。
 その点、両親共にゲイだったら、確かに子供の精神衛生上はよろしいのかもしれない。


「前にも言ったけど、アタシは出来の悪い息子だったの。父を亡くしてからは自分が食べていくだけで精一杯になって、ギルドの仲間もどんどん減っていって。父が亡くなってからの8年間、ずっと父のギルドを再興するのが夢だったけど、鷹夜に出会ってようやくスタートラインに立てた。全部鷹夜のおかげよ」


 そう笑うカヴァを、俺は少し睨んだ。


「俺は成り行きで手を貸しただけだ。カヴァは頑張ってるって、俺は知ってる。ギルドの件だって、これからきっと沢山仲間が増える。あっちの世界に帰るまでの間、俺も手伝うよ。勿論、ルナもラングもいる。全てはこれから始まるんだ」


 俺はカヴァの隣に立つと、すっかり茶色に戻ったカヴァの瞳を見つめた。カヴァは何故か困ったように微笑んで、俺の体を抱き寄せた。
 壊れ物に触れるようなカヴァからの優しいハグは、触れた部分からカヴァの鼓動が伝わる。


「ねぇ。アタシ、鷹夜が好きよ。ベッドの中だけじゃなく、本気で貴方を愛しているの」
「はっ……ええっ……!?」


 口ぶりは冗談めいていたが、皮膚から伝わるカヴァの鼓動の速さが、これが冗談ではないことを俺に伝える。


「あの日地下に囚われたとき、一番に貴方の顔が浮かんだわ。無理矢理薬を飲まされたとき、貴方に2度と会えずに死ぬ事が、何より悲しかった。その貴方が命を懸けてアタシを助けてくれるだなんて思わなかった」


 カヴァは嬉しそうにそう言って、俺の体を開放すると、照れ隠しのようにピンク色の前髪をかきあげた。
 そしてポケットから小さな光る物を取り出すと、恭しく手の平に載せて俺の前に差し出した。カヴァの手の平で光るのは一対の赤い石が付いたピアスだった。


「鷹夜。良かったら、アタシと番になってくれない?」
「…………えっ!? えーっと、それガチのやつ!?」
「ふふ、やーねぇ。ガチよ」


 カヴァはそう言って、少年のような悪戯な笑みを浮かべた。
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