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25)再会と結論
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「翔李さんを大切にすると、初めにお約束しましたから」
ベッドサイドに腰掛けてそう言った由岐は、俺の唇に触れるだけのキスをした。
それから俺は由岐の隣で、震える手でユウキのアドレスブロックを解除した。けれどもこちらから連絡する勇気はまだなくて。
仕事で忙しそうな由岐の邪魔にならないよう、俺は由岐に礼を言って家路についた。
ユウキから会いたいと連絡があったのは、それから二日後の夕方だった。
◆◇◆◇◆◇
ユウキの会社は任意で五日間、有給消化の秋休みが取れるらしい。その休みを利用して、こちらへ遊びに来たい。
ユウキの話を要約すると、そういう事だった。
「しょーちゃん、今ってお仕事忙しいかな……?」
「ああ、いや。ちょうどプロジェクトが軌道に乗って、時間に余裕ができたとこだけど……」
仕事が忙しいと嘘をつくこともできたけれど、俺は迷った末に正直に答えた。これが今の俺にできる、精一杯の誠実な対応だと思ったから。
俺達は一週間後の週末に会う約束をして、久々の通話を終えた。嬉しそうに弾むユウキの声が胸に突き刺さって、俺は重たい溜め息をついたのだった。
「しょーちゃーん!! こっちこっち!」
東京タワーに上野動物園。アメ横に雷門、スカイツリー。
田舎から出て来たならば一度は訪れるであろう、東京の有名な観光地。
それらを二日間かけて足早に回ったユウキは、沢山笑って沢山食べ、沢山写真を撮った。
突然連絡が付かなくなった期間があったのはなぜなのか、ユウキは俺に聞かなかった。俺も自分から言うことはなくて、二日間俺達はまるであの頃に戻ったように楽しく過ごした……と思う。
けれど、ユウキと過ごせば過ごすほど罪悪感は俺の中で積もりに積もって、楽しそうに駆け回る彼を追いかける足は重くなっていった。
「しょーちゃん? もしかして、疲れてる? もう学生じゃないんだから、ちょっとはしゃぎすぎちゃったよね。どっかで休む?」
そんな気遣いをしてくれたユウキは、キョロキョロとあたりを見回した。そしてある一つの看板に目を留めると、意を決したように俺の服の裾を掴んだ。
「あ、あの……。本当にちょっと休む? その、あそこ……、とか」
俯いているユウキの表情は見えない。
ユウキが震える手で指差したのはラブホテルだった。ユウキの頬や耳は真っ赤に紅潮していたし、俺の服を握る手は緊張に震えている。
そりゃあそうだ。ユウキは初めてを俺に捧げようとしてくれているんだから……。
ユウキを裏切って由岐に抱かれていた、こんな俺に……。
◆◇◆◇◆◇
俺達が上野駅で別れたのは、最終便までまだ時間に余裕のある夕刻だった。
週末の駅は旅行から戻る人や仕事から帰宅する人でごった返している。
ユウキは最後まで気丈に、別れのその瞬間まで俺に笑顔を向け続けた。改札の前で別れる際、先に泣いてしまいそうになったのは俺の方で。
「もう! しょうちゃんたら、そっちが先に泣かないでよっ」
ユウキにパシンと背中を叩かれて、俺は涙を堪えて頷いた。本当にユウキの言う通りだと思う。
「じゃあね! こっちに帰ってきたら、また声かけてよ」
「ああ。親御さんにもよろしく伝えてくれ」
「うん、またね」
そう答えて改札を抜けたユウキは、一度も俺を振り返らなかった。人混みに紛れて小さくなるユウキの背中を見つめながら、俺は人混みの駅の中、強い孤独感に苛まれていた。
「こんばんは。早かったですね、翔李さん」
「……あぁ。田舎のローカル線は終電が早いんだ。それに間に合わせるには、早めにこっちを発たなきゃいけないんだよ。由岐も忙しいのに、度々急に来て悪いな」
初めて見る眼鏡姿の由岐は、一週間前に会った時より少しだけ顔色が悪い気がした。元々色白で痩せ型の由岐なので、仕事の疲労が外見に色濃く出やすいのかもしれない。
「仕事の邪魔にならないようにするからさ、少しだけ居てもいいか?」
「ええ、それは構いませんけど」
俺を玄関に招き入れた由岐は、俺の持っているスーパーの袋に視線を落とす。
「カレーぐらいしか作れないんだけど、礼がしたくて」
「え。翔李さんって、料理出来たんですか?」
「いや、作れるのはカレーだけだ。学生時代にやってた陸上部の合宿で、作り方を覚えて」
「なるほど」
そう言って、由岐は俺をキッチンに案内してくれた。包丁や鍋、炊飯器など、自炊に必要なものは一通り揃っているようだ。だが、冷蔵庫を開けた俺は、そのあまりに簡素な中身にぎょっとする。
由岐の冷蔵庫には栄養ドリンクに野菜ジュース、ビールに水と牛乳だけが、それぞれ決められた場所に規則正しく並べられていた。
因みにその上の棚には、栄養補助食品のウエハースや栄養バランス食のビスケット菓子、プロテインバーやシリアルがズラリと並んでストックされており、俺はそれらを数秒見つめてから由岐を振り返った。
由岐はノートパソコンを持って食卓用の机に座り、ちょうど作業を再開しようとしている所だった。
「マジか……由岐」
「うん? 何か変なものでもありましたか?」
「あ、いや……」
パソコンから視線を上げないままそう言う由岐に、俺は『今日は絶対に美味しいカレーを作ろう』と決意したのだった。
ベッドサイドに腰掛けてそう言った由岐は、俺の唇に触れるだけのキスをした。
それから俺は由岐の隣で、震える手でユウキのアドレスブロックを解除した。けれどもこちらから連絡する勇気はまだなくて。
仕事で忙しそうな由岐の邪魔にならないよう、俺は由岐に礼を言って家路についた。
ユウキから会いたいと連絡があったのは、それから二日後の夕方だった。
◆◇◆◇◆◇
ユウキの会社は任意で五日間、有給消化の秋休みが取れるらしい。その休みを利用して、こちらへ遊びに来たい。
ユウキの話を要約すると、そういう事だった。
「しょーちゃん、今ってお仕事忙しいかな……?」
「ああ、いや。ちょうどプロジェクトが軌道に乗って、時間に余裕ができたとこだけど……」
仕事が忙しいと嘘をつくこともできたけれど、俺は迷った末に正直に答えた。これが今の俺にできる、精一杯の誠実な対応だと思ったから。
俺達は一週間後の週末に会う約束をして、久々の通話を終えた。嬉しそうに弾むユウキの声が胸に突き刺さって、俺は重たい溜め息をついたのだった。
「しょーちゃーん!! こっちこっち!」
東京タワーに上野動物園。アメ横に雷門、スカイツリー。
田舎から出て来たならば一度は訪れるであろう、東京の有名な観光地。
それらを二日間かけて足早に回ったユウキは、沢山笑って沢山食べ、沢山写真を撮った。
突然連絡が付かなくなった期間があったのはなぜなのか、ユウキは俺に聞かなかった。俺も自分から言うことはなくて、二日間俺達はまるであの頃に戻ったように楽しく過ごした……と思う。
けれど、ユウキと過ごせば過ごすほど罪悪感は俺の中で積もりに積もって、楽しそうに駆け回る彼を追いかける足は重くなっていった。
「しょーちゃん? もしかして、疲れてる? もう学生じゃないんだから、ちょっとはしゃぎすぎちゃったよね。どっかで休む?」
そんな気遣いをしてくれたユウキは、キョロキョロとあたりを見回した。そしてある一つの看板に目を留めると、意を決したように俺の服の裾を掴んだ。
「あ、あの……。本当にちょっと休む? その、あそこ……、とか」
俯いているユウキの表情は見えない。
ユウキが震える手で指差したのはラブホテルだった。ユウキの頬や耳は真っ赤に紅潮していたし、俺の服を握る手は緊張に震えている。
そりゃあそうだ。ユウキは初めてを俺に捧げようとしてくれているんだから……。
ユウキを裏切って由岐に抱かれていた、こんな俺に……。
◆◇◆◇◆◇
俺達が上野駅で別れたのは、最終便までまだ時間に余裕のある夕刻だった。
週末の駅は旅行から戻る人や仕事から帰宅する人でごった返している。
ユウキは最後まで気丈に、別れのその瞬間まで俺に笑顔を向け続けた。改札の前で別れる際、先に泣いてしまいそうになったのは俺の方で。
「もう! しょうちゃんたら、そっちが先に泣かないでよっ」
ユウキにパシンと背中を叩かれて、俺は涙を堪えて頷いた。本当にユウキの言う通りだと思う。
「じゃあね! こっちに帰ってきたら、また声かけてよ」
「ああ。親御さんにもよろしく伝えてくれ」
「うん、またね」
そう答えて改札を抜けたユウキは、一度も俺を振り返らなかった。人混みに紛れて小さくなるユウキの背中を見つめながら、俺は人混みの駅の中、強い孤独感に苛まれていた。
「こんばんは。早かったですね、翔李さん」
「……あぁ。田舎のローカル線は終電が早いんだ。それに間に合わせるには、早めにこっちを発たなきゃいけないんだよ。由岐も忙しいのに、度々急に来て悪いな」
初めて見る眼鏡姿の由岐は、一週間前に会った時より少しだけ顔色が悪い気がした。元々色白で痩せ型の由岐なので、仕事の疲労が外見に色濃く出やすいのかもしれない。
「仕事の邪魔にならないようにするからさ、少しだけ居てもいいか?」
「ええ、それは構いませんけど」
俺を玄関に招き入れた由岐は、俺の持っているスーパーの袋に視線を落とす。
「カレーぐらいしか作れないんだけど、礼がしたくて」
「え。翔李さんって、料理出来たんですか?」
「いや、作れるのはカレーだけだ。学生時代にやってた陸上部の合宿で、作り方を覚えて」
「なるほど」
そう言って、由岐は俺をキッチンに案内してくれた。包丁や鍋、炊飯器など、自炊に必要なものは一通り揃っているようだ。だが、冷蔵庫を開けた俺は、そのあまりに簡素な中身にぎょっとする。
由岐の冷蔵庫には栄養ドリンクに野菜ジュース、ビールに水と牛乳だけが、それぞれ決められた場所に規則正しく並べられていた。
因みにその上の棚には、栄養補助食品のウエハースや栄養バランス食のビスケット菓子、プロテインバーやシリアルがズラリと並んでストックされており、俺はそれらを数秒見つめてから由岐を振り返った。
由岐はノートパソコンを持って食卓用の机に座り、ちょうど作業を再開しようとしている所だった。
「マジか……由岐」
「うん? 何か変なものでもありましたか?」
「あ、いや……」
パソコンから視線を上げないままそう言う由岐に、俺は『今日は絶対に美味しいカレーを作ろう』と決意したのだった。
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