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4)アスラと美しい魔女

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 グリの住む小屋を出た俺は、森の中の細道をひたすら走った。猫に転生してからというもの体は羽のように軽く、走りは軽やかだ。

 以前の俺の瀕死の怪我は、グリが治癒術を使って何日もかけ治してくれたので今は傷跡すら残っていない。

 あとから知ったのだが、そういった高位の治癒術は治癒術を使う者の中でも一部の者しか使えず、それを一般の者が受けようとすればとてつもなく高額になるらしい。術者の消耗も激しいため、本来ならば一流の軍人や貴族でもない限り、受けることが出来ない施術なんだそうだ。


「こんな野良猫に高位の治癒術など、勿体無い……!」
「グランツさん、良いのです。アスラは私の大切な家族なのですから」


 以前来た時の商人とグリの会話を、俺は思い出す。そうだ、あの男。確かグランツと呼ばれていた。

 猫の足で二時間ほど走って、村へ着く頃には夕刻に差し掛かってしまった。
 俺は村の中の商店らしき店を片っ端から探し回った。こんな時、猫の身は便利だ。わずかに開いたドアや小窓から、居住スペースやバックヤードを勝手に覗いて回る事ができるから。

 グランツは、三軒目の店で見つかった。カウンターで帳簿をつけていたらしいグランツの前を狙って、俺は窓枠から勢い良く着地する。


「うわっ!? ねっ、猫ぉ!? …………あれ? お前は確か……」
「ニャーッニャーッ! ニャーッ、ニャァァァっっ!!」


 オッサン、早く思い出して俺と一緒に森へ来てくれ! グリが、グリが大変なんだっっ!!
 俺はグリのくれた赤い首輪を示して見せ、必死にグランツにそう訴えた。


「はて。グリーシャ様の猫がなぜうちに? そんなに鳴いて、腹でも減ったのか? ミルクでも飲むか?」
「ニャー!? ニャーォ!」
「なんだ、ミルクは嫌か? うーん、エルフ様の猫が食うような上等なもんなんて、うちにはないしなぁ」
「……ニャ、ニャー!!」
「どうしたの? お父さん」


 らちの開かない会話をするグランツの背後から現れたのは、若い娘だった。
 …………ちょっと待って。この子豚みたいなおじさんから、なんでこんな可憐な娘が産まれるの!? 遺伝子仕事して!?


「ニャーッ、ニャぁぁ!」


 一瞬そんな事を思いつつ、俺は現れた娘に必死にピンチを訴えた。
 娘は勉強中だったらしく、手に薬草学の本らしきものを持っていた。
 言葉で伝えるのが難しいと悟った俺は、薬の棚から解毒剤らしき袋を咥えて娘の前の棚に飛び乗る。ついで本を娘から奪い取ると、ページをめくってあの毒草探した。


「あっ、コラ! ページがボロボロになるじゃないか。これは魔女様からの借り物なんだから、いたずらするな」
「ニャ!? ……ニャーッ! ニャーーっ!!」


 グランツに首の後ろをつまみ上げられて、俺はあっさりと本から引き剥がされてしまう。
 アッ!? 待ってくれ、お願いだ! あと少しでいい!!


「ねえお父さん。もしかしてこの猫ちゃん、何か私達に伝えたいことがあるんじゃない?」
「はぁ? どういう事だ?」
「うーん、なんとなく。魔女見習いの直感っていうか」
「直感んんん?」


 娘は訝しげな顔をするグランツから俺を受け取って、俺の顔を正面から見据えた。


「ねぇ、キミ。私達に何か伝えたいことがあるの? もしそうなら、短く三回鳴いてみて」
「ニャ、ニャ、ニャ」
「…………!! ほらやっぱり! 驚いた。お父さん、この子私達の言葉が分かるみたい。ねぇ、キミ。私のお師匠様なら、キミの言葉が分かるかも知れないわ。一緒に来る? もしイエスなら……」
「ニャ、ニャ、ニャ」
「うん、分かった。グリーシャ様本人が来られないってことは、きっと何か急用なのよ。お父さん、私ちょっとお師匠様のところへ行ってくるわ!」
「……なっ!!? なら、私は至急グリーシャ様の小屋へ向かうとしよう」


 娘が聡くて助かった。俺は再び書籍の上に舞い降りると、今度はページを傷つけないよう慎重にページを捲った。ある毒草の絵がついたページを見つけ、トントンとそれを指し示す。


「これ? グリーシャ様がこれを買ってこいって言ったの? ……でも、おかしいわね。この草はあの森に沢山自生しているし、うちにあるのもグリーシャ様が採取したものだわ。グリーシャ様ならこの薬草は勿論、コレの解毒薬だってもお持ちのはずよ」
「ニャ……にゃぁ……」
「マリア。ここで猫と問答をしていても仕方が無い。私はもう出る。お前達も早く魔女様のところへ向かえ。そのほうが早い」
「そうね……!」


 俺は魔女見習いの娘……マリアと共に馬に乗り、彼女の師匠である魔女のもとへと向かうことになったのだった。






◇◆◇◆◇◆






 馬に俺を乗せたマリアは、村を抜けて山の麓まで一時間ほど走った。馬から振り落とされぬよう必死にしがみついて、ようやく着いたのは山の麓にある怪しげな洞窟だった。
 入り口は怪しげな穴がぽっかり空いているだけのようだったのに、マリアが小さな呪文を唱えて杖を振ると、穴は途端に立派なドアに変わる。


 地下へ続く階段をひたすら降りた先には、占いの館のような怪しい雰囲気の小部屋があった。
 奥から老婆が現れる……という俺の予想に反し、現れたのは程よく成熟した美しい女だった。
 これがホントの美魔女ってやつか……。


「マリアかい、久しぶり。アンタ、今日は面白いモンを連れているね?」
「お久しぶりです、お師匠様。この子はグリーシャ様の飼われている猫なのですが……」


 マリアはそう言って、テーブルの上に俺を下ろした。
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