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最終章 罰

【ファナエルSIDE】牛草ファナエルの終わり 前編

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 「何……これ」

 時が止まったみたいな感覚だった。
 突如私の体を襲った異変や、目の前に立つ斬琉キルちゃんの変貌に自分の脳が追いついてくれなかった。

 「良かった良かった。これで上手く行かなかったらどうしようかと思ったよ」

 斬琉キルちゃんの様子はいつもと変わらない。
 それがこの状況の異質さを強く物語っていたようにも思う。

 「それじゃぁー」
 「レイジネス・シン!!」

 彼女が次の行動に移ろうとしたその時、事務所を赤い光が覆う。
 斬琉キルちゃんを見守るという言い分でこの事務所に居たるるが、魔眼の力を開放しながら私達に声をかける。

 「二人とも妙な動きはしないで」
 「へぇ、思い切りいいじゃん。君の魔眼を直で食らうのはこれで2回目かな?」
 「今からボス達や警察に連絡する。その過程で牛草秋良もこっちにー」
 「でもさ、今日は前よりきついと思うよ」

 斬琉キルちゃんがそう警告した次の瞬間、るるの魔眼からブワリと血が流れた。
 その隙を彼女は逃さない。

 「20秒で限界ね。思ったより耐えるじゃん」

 体の自由を取り戻した斬琉キルちゃんはるるが握っていたスマホを払い、彼女の首を掴みながら壁に叩きつける。

 『別にシンガンとか警察なんか呼ばれても大した障害じゃないけど、秋にぃを呼ばれるのだけはしんどいからね』

 「あ……ッあぁ」
 「私が模倣で使うのとは出力が段違いだねぇ。その魔眼だけは、本物を奪ってもいいかも」
 「何の……話」
 「いやぁ、この体ももう古いからさ。るるちゃんの体に乗り換えるのもありかなってね」

 るるの口からキュッと悲鳴が上がる。
 斬琉キルちゃんはニヤニヤと笑いながら彼女の苦しそうな表情を見つめていた。

 隙だらけ……今なら斬琉キルちゃんを抑えられる。
 
 『##################################################』

 
 きっと私の攻撃じゃ今の斬琉キルちゃんを殺すことは出来ない。
 とにかく隙を作ってここから逃げて、アキラと合流しないと。

 彼女の心にノイズをかけ、気だるい体に鞭を打って右腕を彼女の体に向けた次の瞬間ー

 「そろそろクッキーの効果が体に反映される時間じゃないかな」
 「え?」

 私の右腕が5つに裂かれた。

 何かの攻撃で切られた訳じゃない。
 指と指の間からすぅっと綺麗な切れ込みが自然と出来ていく。
 皮膚はドロリと溶けて真っ黒な泥に、指の先端には蛇の顔に。

 発射されるはずだったノイズ交じりの光は未だ現れず、私の右腕は付け根の部分から生えている泥の蛇に変わっている。

 「秋にぃを堕天使にしようとしていたファナエルさんはもちろん知ってるよね。生物が種の理を簡単に逸脱できる薬があるって事」

 るるを地面に叩きつけながら斬琉キルちゃんが振り向いた。
 彼女はニコニコと笑いながらピコンと人差し指を立てる。

 「その内、心の声も聞こえなくなると思うよ。なんせ、君の体は今から色んな化け物を組み合わせたキメラになるんだからさ」

 「あなた……一体何なの?」

 今は災厄として生きているアキラも元々は普通の人間だった。
 ならアキラの妹である彼女も普通の人間のはず。

 でも、普通の人間にこんな事出来るはずがない。

 「そう言えば、自己紹介まだしてなかったね」

 彼女はわざとらしく両手で空を仰いだ。
 その仕草があまりにも様になっていて、私は思わず息を飲んでしまった。

 敵わない。
 怖い。
 逃げ出したい。

 そんな事を思ったのはアルゴスと対面していたあの時ぐらいだろうか。
 私は今、そんなアルゴスを優に超えるほど恐ろしい存在と相対しているのかもしれない。
 
 「改めまして、『私』の名前はロキ」

 彼女の髪が虹色に染まる。
 首には緑色の鉄製の首輪。
 右側に大きな羽が一本、左側に小さな羽が6本。

 頭上には煌々と輝く光輪が浮き上がっていた。

 「死んじゃったアルゴスに変わって、君達に罰を与える者って所かな?」

 彼女はそう言ってポケットから一つのサイコロを取り出した。
 そのサイコロはカシャカシャと音を立てて変形し、何かの文字が書かれた長方形の姿になった。

 『罪人へ罰を与える事』
 『そして牛草秋良とファナエル・ユピテルの件は最優先で処理すること』

 そこに書かれてあった二つの文章と、彼女の首輪を見て私は悟った。
 これはアルゴスが彼女に与えた神罰なんだ。

 アルゴスが死んだ今でも神罰が生きている。
 それはつまり、あの首輪がある限り斬琉キルちゃん……いや、ロキは神罰の執行を強制させられる。

 「酷いよねぇ。ちょっと前まで『僕』は君達の恋を応援する様に強制されてたのにさ。いきなりの仕様変更には参っちゃうよ」

 ロキはケラケラと笑っている。

 その笑い声は狂人の高笑いとも、私を侮蔑する嘲笑とも違っていた。
 彼女はただただ純粋に、楽しそうに笑っている。

 「どうしてそんなに楽しそうなの」
 「ん?」

 私の声は震えていた。
 刻一刻と、ロキの心の声が聞こえなくなっていく。

 今まで出来ていた事が急に出来なくなるこの感覚は‥‥‥片羽を失ったあの時のトラウマを蘇らえる。

 それに、どうして彼女が急にに変貌したのかが全く持って分からない。

 私はそれが酷く怖かった。

 「だってさ~、私が嫌がったってどのみちやらなきゃ駄目な事なんだったら楽しんだ方がお得でしょ」

 「え?」

 「ほら、天使にも、人間にも、神様にも、『やらなければいけない事』ってあるでしょ。それを嫌々やるのと楽しんでやるのとじゃ、充実感がだいぶ違うでしょ」

 さぞ当たり前かの様にそういった彼女を見て、私は絶句した。

 つまり‥‥‥命じられたからやっただけって事?

 今もこうして笑っているのは、重大な理由があるわけじゃなくて‥‥‥ただそうしたほうが楽しいからって事?

 「ふざけないでよ」

 そんな‥‥‥そんなくだらない理由で私の生活が壊されるなんて認めない。

 ずっと望んでいた居場所も!!
 ずっと望んでいた理解者も!!

 やっと見つけたばかりだったのに!!
 私の幸せはこれからだったのに!!

 さっきまでの異変が嘘だったんじゃないかと感じてしまうほど、私の体は即座に行動を開始していた。

 かろうじで元の姿を保っている左手でロキの胸ぐらを掴む。

 彼女はそれでも未だ冷静に、顔色一つ崩さず私を見つめていた。

 「ねぇファナエルさん?私の事、憎い?」

 「当たり前でしょ!!許さない‥‥‥絶対に許さないんだから」

 「怖い怖い。まぁ、君にとって私が極悪人ってのは間違いないからしょうがないけど」

 私の激高がひらりひらりと躱されていく。
 この憎しみが彼女に届いていなさそうなのが悔しくて、私はただただ声を荒らげた。

 「でもね、ファナエルさんー」

 そんな私をロキは牽制する。

 「君だって私と同じような事を色んな人にしてるんだよ」
 「何を言ってー」
 「だって私も君も、他人の人生を踏みにじって幸せを得てる極悪人なんだからさ」

 ずっと待ち構えていた最高のカウンターを私に打ち込むために。
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