70 / 114
3.5章 二人の罪を覆う暗い影
砕いた常識の先で幸せを
しおりを挟む
「こんなに玉ねぎが美味しいなんて‥‥‥」
「すっかりピザより夢中だね」
テーブルの上に乗っている茶色い玉ねぎのステーキにがっつく俺の姿を見てファナエルが微笑んでいる。
ピザ、パスタ、肉のポワレに魚のソテーなどの名だたる名料理が並んでいる中、俺の心を掴んで離さなかったのは玉ねぎのステーキだった。
前菜なんだろうなと軽い気持ちで食べた瞬間に広がる甘くて濃厚な味。
玉ねぎに対する認識とその味のギャップが俺の凝り固まった常識を壊していく。
「そんなに気に入ったなら、今度私がいくらでも作ってあげるよ」
「本当か?!」
「材料は普通のスーパーで買えそうだし、さっき店員の心を読んでレシピも覚えたから」
ファナエルは得意げにそう言いながらテーブルの上にある料理を口へ運ぶ。
動作の上品さには彼女と初めて出会った時を彷彿とさせる美しさが、 俺を見つめるその顔には旅に出てから見る様になった可愛さが詰め込まれている。
「どうしたのアキラ、そんなに嬉しそうな顔して」
「いや、初めてファナエルと出会った時の事ふと思い出してさ」
「へぇ……ところでアキラは私との思い出を振り返って何を思ったの?私、アキラの言葉で直接聞きたいな」
俺の心なんてとうに聞こえてるだろうに。
早く聞かせてと言わんばかりの目でこっちを見つめてくる。
「別に大したことじゃないよ。俺の彼女が可愛すぎて助かってるって話だから」
ファナエルの可愛さが俺の常識を破壊して世界を広げてくれたとか、あの時ひねくれてた俺がこんなに変われたのはファナエルの可愛さのお陰だったとか……全部全部を言葉にするのはやっぱり恥ずかしくて、声に出そうとするのも難しい。
何とか口を開いて出たのは要点だけをまとめた言葉だった。
「ふ~ん。まぁ一番聞きたかった言葉は聞けたし、可愛い照れ隠しだったから良しかな」
ファナエルは少しだけ頬を赤く染めていた。
こんな彼女の姿が見れるのは今や俺だけの特権‥‥‥出来ればこれから先もずっとずっと俺だけに色んな顔を見せてほしい。
そんな事を考えていると、斜め前の座席から歓声がわ~っと上がる。
そこに居たのはさっき電車で勝手に心を覗いたカップルだった。
どうやら、プロポーズが成功したらしい。
「‥‥‥私さ、幸せを見つけることってすごく難しいと思ってるの」
経験則だけどねと続けて口にするファナエルの視線の先には今から家族になろうとしている幸せそうな二人が写っていた。
「一人ぼっちじゃ幸せになれないし、他人との関わりが全部自分を幸せにしてくれる訳じゃない。最初から手探りで自分にピッタリ合う幸せを探すのは限りなく途方もないから多くの人が幸せに感じるもの、幸せそうに見えるものを概念にして道標にする」
「結婚したり、恋人作ったりみたいな感じ?」
「うん、でもそれだけじゃないよ。きっと生物の遺伝子に埋め込まれてる本能も、いつの間にかなんとなくインプットされてる倫理観も、全部普通の幸せを手に入れるための道標。この世界は普通の存在が幸せになるための構造で出来てる……だから私は弾かれたんだと思う」
ファナエルの心から聞こえてくるのは昔誰かに言われたであろう拒絶の言葉。
両親に心を消されかけたり、人間に怖がられて距離を取られたり、自分の血を混ぜたクッキーを目の前で吐かれたり、そんな少し前までのファナエルの日常が心の声から透けて見える。
「だから今、こんなに私を思ってくれる人と一緒に居るのが夢みたいで……心のどこかで私には遠い世界だと思ってたあんな幸せが目の前にある事が奇跡だと思ってるの」
彼女の視線が左手につけているお揃いの腕輪に移る。
『アキラは私のクッキーを食べてくれたあの時に私の陰鬱な常識を壊してくれた。今まで無理かもしれないと思いながら手を伸ばしていた日常は、アキラの心が私から離れてしまわない為に足を動かす毎日に変わった。私がこの幸せを手に入れられたのは、全部全部アキラのお陰なんだよ』
腕輪を見つめるその表情は彼女が遠い過去を語ってくれたあの時の顔と似ているけど本質は全然違う。
今のファナエルの姿を見るだけで俺の心臓は馬車馬の様に動き、体を溶かすような熱が湧き上がってくる。
その表情は俺の心を仕留めることに特化した凶器そのものだった。
「楽しかった事でも思い返してた?」
「ん~どうしてそう思ったの?」
「すごく幸せそうな顔してたから。ファナエルの言葉で何を考えてたのか聞きたいなと思って」
ちょうどいいからさっきのお返しをしてやろうとそんな質問を投げてみる。
今俺の理性を溶かしてる彼女の心の声を直接口できけば、心の高鳴りに身を任せてしまうことだって出来るんじゃないかと期待しながら。
「別に大したことじゃないよ。私の彼氏が似た者同士で嬉しいってだけの話だから」
さっきの仕返しだよと言わんばかりの声色で答えた彼女は人差し指を口の前でピンと立て、白い歯を見せながら悪戯に笑った。
「まぁ、その顔が可愛いから良しだなぁ」
「お互い恋人に甘い所は今後の課題だね」
二人で微笑みあいながら互いの目を見つめ合う。
このテーブルの上が世界の全てであるような錯覚を覚えながら、永久にも思えるディナーは続いてゆく。
相手を思う心をバレバレの照れ隠しで覆って、他愛のない会話をして……
『あれはアルゴス様が追っていた堕天使……どうして此処に?何はともあれこの事を天界に伝えないと』
『あいつの情報を天界に与えて手柄を立てれば俺様にも今以上の力が……イヒヒ』
この幸せな空間を壊しかねない害虫達の心にー
『#################……#######?##################』
『###########################……###』
何食わぬ顔でノイズをかけて消去しながら、ディナーは続いていく。
「そう言えばファナエル、今晩どこで宿を取るのか決めてる?」
「全然決めてないよ。この店を出てから泊まれる所を探す予定だけど」
『あれ?私、何しようとしてたんだっけ?』
『あれ?俺、何企んでたんだっけ?』
「……できれば今日は広い所で寝泊まりしたい」
『そうだ、あの堕天使を矯正しに行こうと思ってたんだ』
『あぁ……有名になってる堕天使ぶっ殺してもっと強くなるんだったなぁ』
「俺が全力で動いても窮屈さを感じないぐらい、広い所が良い」
「すっかりピザより夢中だね」
テーブルの上に乗っている茶色い玉ねぎのステーキにがっつく俺の姿を見てファナエルが微笑んでいる。
ピザ、パスタ、肉のポワレに魚のソテーなどの名だたる名料理が並んでいる中、俺の心を掴んで離さなかったのは玉ねぎのステーキだった。
前菜なんだろうなと軽い気持ちで食べた瞬間に広がる甘くて濃厚な味。
玉ねぎに対する認識とその味のギャップが俺の凝り固まった常識を壊していく。
「そんなに気に入ったなら、今度私がいくらでも作ってあげるよ」
「本当か?!」
「材料は普通のスーパーで買えそうだし、さっき店員の心を読んでレシピも覚えたから」
ファナエルは得意げにそう言いながらテーブルの上にある料理を口へ運ぶ。
動作の上品さには彼女と初めて出会った時を彷彿とさせる美しさが、 俺を見つめるその顔には旅に出てから見る様になった可愛さが詰め込まれている。
「どうしたのアキラ、そんなに嬉しそうな顔して」
「いや、初めてファナエルと出会った時の事ふと思い出してさ」
「へぇ……ところでアキラは私との思い出を振り返って何を思ったの?私、アキラの言葉で直接聞きたいな」
俺の心なんてとうに聞こえてるだろうに。
早く聞かせてと言わんばかりの目でこっちを見つめてくる。
「別に大したことじゃないよ。俺の彼女が可愛すぎて助かってるって話だから」
ファナエルの可愛さが俺の常識を破壊して世界を広げてくれたとか、あの時ひねくれてた俺がこんなに変われたのはファナエルの可愛さのお陰だったとか……全部全部を言葉にするのはやっぱり恥ずかしくて、声に出そうとするのも難しい。
何とか口を開いて出たのは要点だけをまとめた言葉だった。
「ふ~ん。まぁ一番聞きたかった言葉は聞けたし、可愛い照れ隠しだったから良しかな」
ファナエルは少しだけ頬を赤く染めていた。
こんな彼女の姿が見れるのは今や俺だけの特権‥‥‥出来ればこれから先もずっとずっと俺だけに色んな顔を見せてほしい。
そんな事を考えていると、斜め前の座席から歓声がわ~っと上がる。
そこに居たのはさっき電車で勝手に心を覗いたカップルだった。
どうやら、プロポーズが成功したらしい。
「‥‥‥私さ、幸せを見つけることってすごく難しいと思ってるの」
経験則だけどねと続けて口にするファナエルの視線の先には今から家族になろうとしている幸せそうな二人が写っていた。
「一人ぼっちじゃ幸せになれないし、他人との関わりが全部自分を幸せにしてくれる訳じゃない。最初から手探りで自分にピッタリ合う幸せを探すのは限りなく途方もないから多くの人が幸せに感じるもの、幸せそうに見えるものを概念にして道標にする」
「結婚したり、恋人作ったりみたいな感じ?」
「うん、でもそれだけじゃないよ。きっと生物の遺伝子に埋め込まれてる本能も、いつの間にかなんとなくインプットされてる倫理観も、全部普通の幸せを手に入れるための道標。この世界は普通の存在が幸せになるための構造で出来てる……だから私は弾かれたんだと思う」
ファナエルの心から聞こえてくるのは昔誰かに言われたであろう拒絶の言葉。
両親に心を消されかけたり、人間に怖がられて距離を取られたり、自分の血を混ぜたクッキーを目の前で吐かれたり、そんな少し前までのファナエルの日常が心の声から透けて見える。
「だから今、こんなに私を思ってくれる人と一緒に居るのが夢みたいで……心のどこかで私には遠い世界だと思ってたあんな幸せが目の前にある事が奇跡だと思ってるの」
彼女の視線が左手につけているお揃いの腕輪に移る。
『アキラは私のクッキーを食べてくれたあの時に私の陰鬱な常識を壊してくれた。今まで無理かもしれないと思いながら手を伸ばしていた日常は、アキラの心が私から離れてしまわない為に足を動かす毎日に変わった。私がこの幸せを手に入れられたのは、全部全部アキラのお陰なんだよ』
腕輪を見つめるその表情は彼女が遠い過去を語ってくれたあの時の顔と似ているけど本質は全然違う。
今のファナエルの姿を見るだけで俺の心臓は馬車馬の様に動き、体を溶かすような熱が湧き上がってくる。
その表情は俺の心を仕留めることに特化した凶器そのものだった。
「楽しかった事でも思い返してた?」
「ん~どうしてそう思ったの?」
「すごく幸せそうな顔してたから。ファナエルの言葉で何を考えてたのか聞きたいなと思って」
ちょうどいいからさっきのお返しをしてやろうとそんな質問を投げてみる。
今俺の理性を溶かしてる彼女の心の声を直接口できけば、心の高鳴りに身を任せてしまうことだって出来るんじゃないかと期待しながら。
「別に大したことじゃないよ。私の彼氏が似た者同士で嬉しいってだけの話だから」
さっきの仕返しだよと言わんばかりの声色で答えた彼女は人差し指を口の前でピンと立て、白い歯を見せながら悪戯に笑った。
「まぁ、その顔が可愛いから良しだなぁ」
「お互い恋人に甘い所は今後の課題だね」
二人で微笑みあいながら互いの目を見つめ合う。
このテーブルの上が世界の全てであるような錯覚を覚えながら、永久にも思えるディナーは続いてゆく。
相手を思う心をバレバレの照れ隠しで覆って、他愛のない会話をして……
『あれはアルゴス様が追っていた堕天使……どうして此処に?何はともあれこの事を天界に伝えないと』
『あいつの情報を天界に与えて手柄を立てれば俺様にも今以上の力が……イヒヒ』
この幸せな空間を壊しかねない害虫達の心にー
『#################……#######?##################』
『###########################……###』
何食わぬ顔でノイズをかけて消去しながら、ディナーは続いていく。
「そう言えばファナエル、今晩どこで宿を取るのか決めてる?」
「全然決めてないよ。この店を出てから泊まれる所を探す予定だけど」
『あれ?私、何しようとしてたんだっけ?』
『あれ?俺、何企んでたんだっけ?』
「……できれば今日は広い所で寝泊まりしたい」
『そうだ、あの堕天使を矯正しに行こうと思ってたんだ』
『あぁ……有名になってる堕天使ぶっ殺してもっと強くなるんだったなぁ』
「俺が全力で動いても窮屈さを感じないぐらい、広い所が良い」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる