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第二章 ゆれるこころ

7話 二人の距離の縮め方

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 朝の登校は、由衣と時間をずらすために、ギリギリの時間で家を出ることにしていた。
 なので俺が学校に着くころには、教室はクラスメイト達の話声で賑わっている。

 自分の席に向かうと、隣の福山さんはすでに勉強道具を机に並べていて、周りのクラスメイトと話すことも無く、粛々と予習をしている様だった。

「おはよう」
「お、おはよう」

 福山さんと挨拶を交わす。
 彼女の声色に微妙な緊張を感じるのは昨日の事があるからだろう。

「昨日は気を使ってくれて、ありがとね」
「えっ、あの、いやッーー」
「福山さんのおかげで元気出たよ」
「へっ? は、はひッ」
 
 俺に感謝されるとは思っていなかったのか、福山さんは驚いて変な声を出してしまう。
 そしてそんな姿を見られたのが恥ずかしいのか、頬を赤く染め、俯いてしまった。

「あのさ、福山さん」
「……は、はい」

 彼女は俺の呼びかけに恐る恐る顔を上げた。
 次に何を言われるのかと、若干身構えているようにも見える。

「よかったらさ、ID交換しない?」

 彼女にスマホを向け、嫌悪感を抱かれぬよう、必死に爽やかな笑顔を作ってそう言った。

「えっ?」

 福山さんは呆けた顔でこちらを見つめてくる。
 彼女が俺の行動をどう思っているのだろうかと、迷惑がられていないかと、ドキドキもんだ。

「駄目、かな?」
「――ううん! えっと……こちらこそっ、お願いします!」

 福山さんは慌ててスマホをカバンの中から探し出し、素早い手つきで操作を始める。
 互いにSNSアプリを開き、ID交換を行った。
 彼女のプロフィール画面はデフォルトのままで簡素なものだ。

「ありがと」
「……うん」
「また落ち込んだ時とかにさ、相談に乗ってもらっても大丈夫かな?」
「えっ!? …………えっと……うん……私なんかで良ければ」
「福山さんは優しいね。助かるよ」
「……そんなこと……なくて……」
「そんなことあるよ」

 そう言って笑顔を向けると、彼女は顔を逸らしてしまう。
 ……これで良かったのだろうか?
 先輩には口説き落とすぐらいの気概をみせろと言われたが、いかんせん経験が無いもんで勝手が分からない。
 とりあえずは、仲良くするところから始めてみようと、連絡手段を確立するためID交換をしてもらったは良いが……やはりどうしても福山さんを騙している気がしてしまう。
 由衣への気持ちを忘れるために利用しているんだ……最低な男だろう、俺ってやつは。

 その後も福山さんとの距離を縮めるべく、普段より多めに話しかけたりもしたのだが、どうにも彼女の反応はよろしくない。たどたどしく一言二言返してくれるだけで、会話が長く続くことは無かった。
 やはり迷惑なのだろうか?
 先輩の言っていた事がすべて正しい訳ではない。福山さんが俺との繋がりを鬱陶しいと感じている可能性だってあるはずだ。
 人間関係はもの凄く難しい。
 それを痛感させられた。

 
 放課後になると周りの喧騒をよそに、福山さんは黙々と帰り支度を始めている。
 昨日とは違い、今日は宿題をやることなく、そのまま帰るようだ。

「今日はもう帰るの?」
「……うん」

 福山さんはカバンに教科書を詰めながら小さく頷く。
 伏し目がちな彼女からは、いまいち感情が読み取れない。
 あわよくば、放課後の話し相手にでもなってもらおうかと考えていたのだが、止めておいた方がよさそうだ。
 
「帰り、気をつけてね」

 気遣うセリフを優しい口調で言ってみる。
 俺の中のモテる男のイメージってやつを最大限に演じているのだが、もしかしたら気持ち悪いとか思われているかもしれない。

「……」

 沈黙で答える福山さん。
 やっぱり気味悪がられた?
 なんか言ってくれ……

「……えっと……あの……澄谷君……」

 福山さんは自分のカバンに視線を向けながら、ぽつぽつと話し始める。

「……今日は、その……ID交換してくれて……ありがとう……」

 感謝されるってことは、迷惑ではなかったと考えて良いのだろうか? 

「暇があったら連絡しても良い?」
「うん……いつでも、大丈夫」

 彼女は大きく頷いてみせた。
 そしてカバンの柄をぎゅっと握りしめ、意を決したように口を開く。

「あ、あの! ……わ、私からも……連絡して……良いのかな?」

 最後の方は震えて消えかかっていたが、しっかりと俺には届いていた。

「もちろん! 楽しみに待ってるよ」
「――っ! そ、それじゃ、私……もう、帰るからッ、さようなら……!」

 福山さんは顔をカッと赤くして、慌てるようにその場を去っていった。
 ……あれは照れていたと考えて良いんだよな?
 上手く距離を縮められたんだよな!?

 ……すこし、不安だ。
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