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第二章 ゆれるこころ

3話 本気

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『……あんた自分で何言ってるか分かってんの?』
『はい』
『そこまでする理由はなんなの?』
『兄妹だから』
『……兄妹だからって、そこまでしないでしょ……普通……』

 先輩は戸惑っているようだが、おそらく演技ではなく、素で困っているようだ。
 なにせこの面談を決闘などと言っていたのだから、由衣が直接的な手段でくると思っていたに違いない。
 
『どうですか? 私じゃ駄目ですか?』
『……いや、駄目とかじゃなくてね』
『じゃあ良いじゃないですか』
『……ん~、そう……なのかなあ』
『そうですよ』

 はっきりとしない様子の先輩に、由衣は食い気味に答えていく。

『……じゃあさ、あんた私の奴隷になれるの?』
『はい』
『……ほんとに?』
『はい』

 奴隷と言われても、由衣はサラリと返す。

『あんた頭おかしいんじゃないの?』
『そうですね』

 由衣が平然とそう答えると、大きな溜息が聞こえてきた。おそらくは先輩のものだろう。
 この予想外の展開に頭を悩ませているに違いない。

『…………分かった。……それで良いよ』

 根負けしたのか、先輩は諦めたように言った。

『お兄ちゃんと別れてくれるんですね?』
『別れる別れる』
『お兄ちゃんにもう酷い事をしませんか?』
『しないしない』

 半ば投げやりに先輩は答えた。完全に調子が狂ってしまったのだろう。

『それじゃあ、あの動画を消してください』
『は?』
『お兄ちゃんが私に告白している動画を消してください』
『なんで?』
『あんなのが残ってるとお兄ちゃんが悲しむから』
『どうして私があんたの言う事を聞かないといけないの?』
『お兄ちゃんに酷い事しないって約束してくれました』

 本当に奴隷になる気があるのだろうか? というくらいに由衣は毅然としている。

『誰にも見せたりしなきゃいいんでしょ?』
『存在しているだけでも駄目です。消してください』
『……ったく、ずいぶんと我儘な奴隷だなあ……』

 由衣はどうしてもあの動画が許せないらしい。まったく引く気のない様子に、先輩は呆れ半分と言ったところだろうか。
 
『そんなに消して欲しいならさ、代わりにあんたの動画を撮らせてよ。人に見せたくない恥ずかしい動画をさ。なんでも言う事を聞いてくれるんでしょ? ん?』

 先輩はクスクスと笑いながら、そんな意地の悪い事を言い始めた。
 冗談なのか本気なのかは分からないが、すっかり由衣のペースで会話が進んでしまっているので、主導権を取り返そうとしているのかもしれない。

『……私の動画……』
『なーに? 出来ないの? あんたの覚悟は口だけ?』

 由衣を挑発するように、酷く鼻につく物言いだ。
 
 正直、動画は消してしまっても良いと思うのだが、性悪女をやり切ると言った手前、先輩は意地になっているのだろう。
 
『お兄ちゃんのためなんでしょ? どうなの?』
『……』

 先輩の問いに、由衣は十分な間を取った。
 
 次はいったい何と言うのだろうかとドキドキするくらいに、今日の由衣の言動は予測がつかない。
 声に抑揚が無く、いまいち感情が読み取れないのだ。
 
 聞き漏らしが無いように、イヤホンに意識を集中させる。
 
 微かにノイズが乗っていて、無線特有の物だろうかと思ったのだが、しだいにそれが大きくなり、何かが擦れているような音だと気が付いた。

『ちょ、ちょっと!?』

 先輩は慌てたような声を出したが、それでもノイズは消えなかった。
 スルスル、パサリ、と……

『代わりの動画を撮るんですよね?』

 由衣はケロッとした様子でそう言った。

『……あんた本気なの?』
『私はずっと本気ですよ』

 聞こえてくる雑音に意識が向いてしまい、二人のやり取りもどこか遠くに聞こえる。
 ……まるで……布が擦れ合うような音だ。
 実際に見ている訳ではないので確実な事は言えないが、俺にはどうも、服を脱いでいる音に聞こえてしょうがない。
 
 そして、そんなまさかと思っているうちに、雑音は消えた。

『撮らないんですか?』
『え、ええ……』

 由衣は事も無げに問い、先輩は歯切れの悪い返事をする。
 そしてパシャリとスマホで撮影する音が聞こえてきた。

『それだけでいいんですか?』
『……ええ』
『このまま外に出て、マラソンでもしてきましょうか?』
『……いや、もう……あんたが本気なのは分かったから』

 どこか先輩の声は疲れているように聞こえる。やる気と自信に満ちた彼女ではあったのだが、思わぬ由衣の行動に振り回された格好だ。
 
 しばらく二人は無言になり、教室からは先程と同じ、布が擦れるような音が聞こえてくる。
 
 そしてその音が止まり、由衣は先輩に声を掛けた。

『何かあったら連絡してください。なんでもやりますので』 
『……そう』
『その代わり、約束は必ず守ってください』
『わかってるって』

『もし約束を破って、お兄ちゃんに酷いことをしたら、

 ――許さないから――』

 最後の一言は、明確な敵意を含み、相手を威圧するように放たれた。
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