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 悲しみと怒りで苛立ちまぎれに脱ぎ捨てたコスプレ衣装を蹴ったら、丸めた紙がポコンと手前に転がってきた。手にとって目の前にかざす。
 仕返ししようって言ってたなぁ。仕返しねぇ。アイツらの前で新しい彼氏ができた~とか言って、あのイケメン見せたら驚くな、絶対。あの女ならすぐに食いついてきて二人はすぐ別れる。いい気味。まあ、面倒だからしないし。あの男もこんな手の込んだもの渡して寄越して、なに考えてんだろ。
 ベリッと封蝋を剥がして広げて見たら、A3くらいの紙いっぱいに描かれた丸の中に記号や読めない文字が描き込まれていた。
 なにこれ。魔法陣みたいな? イベントで使わなかったから邪魔で押し付けたわけ? 
 ますますむかついてたら、小さい紙が落ちたので魔法陣を床に投げ捨てて拾った。

「ホント、むかつく。『声に出して読め』、はぁ?」

 物凄くむかつきながらもなぜか止められず、声に出してカタカナの羅列を読み上げた。

「なにこれ、ドラクエの呪文かよ、……って、……へぁ?」

 紙に描かれている線が青白く光りだして、まぬけな声がでた。驚いて動けずにいたら、光がすごく強くなってスパークした。目を閉じたまぶたの裏がチカチカする。まぶたの向こうの光が消えてから恐る恐る目を開けると、紙の丸の中にあのイケメンがたたずんでいた。

「呼んだな。契約しようぜ」
「……は? なにが?」
「お前は俺を呼んだだろ? 悪魔を呼んだんだから契約するだろ? わかれよ」

 お前呼びの地雷を踏み抜いた悪魔に、すで満杯になりそうだった怒りの許容量がドッパァァンと噴出した。俺様キャラも嫌いだっつってんだろっ

「んなもんわかるかっバーーーーーカ! なにそれ、コスプレみたいな格好して悪魔とか言ってんの、バカじゃないの。悪魔なんか信じてるわけないんだから、わかるわけないでしょ。『わかれよ』ってなに? カッコつけてんの?」
「はぁ? てめぇふざけんなよ。バカはお前だろうが。悪魔の角も俺もカッコいいのわかんねぇのかっ。ゴミみてぇな男しか知らねぇ女はこれだから」
「はぁーー? ゴミしか知らないけど、アンタだってゴミでしょ。外見だけよくても中身はゴミじゃん」
「はぁぁぁ? 俺のことゴミとか言うお前がゴミだろっ。そんなだから、外面だけの女に寝取られるんだよ。お前だってどーせ、俺みたいなイイ男にせまられたらすぐ股ひらくんだろーが」
「はぁーーーー? アンタなんか好みじゃないですけどーーー? 股ひらくどころか乾きますぅぅぅーーー」
「クックック、アーハッハッハ。……言ったな? 俺は姿を変えられるんだよ、お前好みの姿になぁっ。股開いて泣きさらせっ」

 突然笑い出して勝ち誇ったと思ったら、強い光が瞬いた。目を開けると

「く、クトゥルフさまっ」
「なんじゃこりゃーーーーーーー」

 正確に言うとクトゥルフさまの頭だけ。頭だけだとほぼ緑のタコ、というかタコ。頭だけなのに好きにされてしまう二次創作にはまって、タコの触手型ディルドも買ってしまった。たしかに今現在、最高に好みの外見だ。
 いきなりで頭がついていかずに呆然としていたら、またもや強い光が部屋に溢れた。何回光るつもりだよっ、うるさいんだよ、ぴかぴかぴかぴかっってよぉっ、チュウはいねぇのかっ

 文句をつけようと目を開けたら、光がおさまったのに眩しい。空中に光輝くイケメンが浮かんでる。金髪のボブに薄い水色の目がキラキラしい中性的美貌、薄く筋肉のついた体に白い布を巻きつける扇情的な肢体。

「探しましたよ、アスモディベロトス、さま…………っあ、悪魔の使いっ!」

 ドヤ顔の微笑から一転、恐ろしいほど顔を歪めた。

「使いじゃねぇっ」
「えっ、アスモディベロトス様!? なんというお姿に」
「この女の好みがおかしいんだよ」
「おんなっ、下等な人間の下等な顔面の分際でアスモディベロトス様のご尊顔に難癖つけるとはっ」

 麗しい顔が憎憎しげに歪んでる顔はかなり怖かったが、そうなったのは悪魔が勝手に変身したせいだ。しかも、いきなり入ってきたくせにこの暴言、本日二度目の決壊がおきた。

「はーーー? 呼んでもないのに部屋に入ってきたくせに。下等な人間より礼儀知らずはどっちですかー?」
「何を言っている、天使は訪れるものだと知らないのか。顔も悪ければ頭も悪いのだな」
「あんたみたいな傲慢なヤツが天使? 天使おわってんじゃん。天使なんて信じてもないものに来られても迷惑なだけなんですーー」
「天使の訪れを感謝しないとは、礼儀知らずはどっちだ。寛大な私は見逃してやるが。それよりアスモディベロトス様を元に戻せ」

 せせら笑いというのはこういうものだと教えられたような笑いだった。むかつきすぎて怒りよりも殺意が湧き、頭が妙に冷静になる。

「アイツが勝手にあれになったんだから私のせいじゃありません」
「お前が、こんな気味悪いのが好きなせいだろうが」
「天界を見渡してもそうそういないほど美しいアスモディベロトス様を不満に思うなど、図々しい身の程知らずめ」
「あーあーあーあー、アスモベロベロちゃんは庇ってもらってよかったでちゅね~。勝手に元に戻ったらいいでしょ」
「はぁぁあ? アスモディベロトス様だと言っただろうがっ、劣等種の人間がっ」
「黙れっ、ハミエライエルっ! お前は口挟むなっ、収集つかねぇだろうが」

 怒鳴られた天使が、少しだけビクッとした。でも面白くなさそうな顔は変わらない。クトゥルフさまの頭は私のほうを向いて、今さら猫なで声でせまってくる。

「契約しようぜ。契約すればお前の望みはなんだって叶えてやる」
「死んだら魂をもらうって?」
「わかってんじゃねぇか。話がわかるヤツは好きだぜ、ククク」

 クトゥルフさまの頭が低くて甘い声で笑う。なんかそれだけで体がゾクゾクするような感じがして、さすがは悪魔だと思った。悔しいのに見つめてしまって、目がそらせない。
 と、見つめあう私たちのあいだに白いものが割り込んできた。

「アスモディベロトス様っ、こんな女と契約しないでくださいっ、もうこんなことはせず私とともに天界へ戻りましょう。私も一緒に神への許しを乞いますから」
「はぁ……邪魔すんな、ハミエライエル。俺はつまんねぇ天界には戻らねぇって言ってるだろ、しつけぇな。魔界が合ってんだよ」

 えー元天使なの? 前世結ばれてた的な? ていうか、なんか昼ドラ展開? オラ、ワクワクしてきたぞ。

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