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5.お別れかな

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 毎日がすぎるうち、だんだんとディランが暗い顔をすることが多くなった。私の手を握って確かめて、なんでもないと言いつつ暗い顔をする。
 でも私だって気付くよ。動きにくくなった体がもうもたないんじゃないかって。

「もしかして、この死人の体、もうもたないんじゃない?」
「っ、…………ああ」

 私の手を握るディランがビクリとしたあと、両手で手を包んだ。

「私、今度こそ死ぬのかな。今まで楽しかった。ありがとう、ディラン」

 感謝の気持ちを込めてディランに笑いかけたのに、返ってきたのは悲しい声だった。

「……マリー、どうか、まだ、ここに。……私のもとに」
「……どうしたの?」
「まだ、逝かないでほしい」
「でももう体が持たないんだよね?」
「新しい死人を用意する」
「そこに入れるかわからないよ?」
「……わかっている。でも、もしできるなら、入ってほしい」

 俯いたディランの顔は見えないけど、苦しそうな声が可哀想でうなずいてしまった。

「わからないけど、できたらそうする」
「本当か!?」

 私を見るディランは泣きそうで、もしかしたら私のように家族みたいに思ってくれてるのかもと思えた。一人きりのディランは寂しいのかもしれない。一緒にいてくれる人が欲しいのかな。体が死人で中身が私でも。

「うん、約束」

 嬉しそうに笑ったディランは可愛くて、早く生きている家族ができたらいいのにと思った。その考えに胸がチクリと痛む。だって私は死んでるから、生きてるディランとは違うんだもん。死人じゃなかったら泣いてるとこだよ。
 いつのまにか大好きになった居場所との別れを考えないように、ただ笑った。

 数日後、ディランは新しい死人を連れて帰ってきた。

「どうだ? 似てるか?」
「似てる? もしかして私に?」
「ああ。同じような年の同じような容姿を墓守に頼んだのだが」

 生きてるときの私の見た目を聞いたのはこのためだったのか。髪の色も目は薄い茶色だし、目は垂れてるけど似てない。

「似てないけど、元の私より可愛いから良いんじゃない」
「そうか。……マリーが良いならそれでいい」

 ディランはその死人の背中にネクロマンサーの魔術式を書き込む。保存魔術とかいろいろあるらしい。見ていても全然わからないけど、魔術式の中に私の名前も組み込んだらしい。お守りだと言っていた。

 ディランがまた私の手をさわって確かめる。

「マリー、……その、一緒にいてもらえないか」
「ディランと? 同じ部屋にってこと?」
「そ、そう。へ、変なことはしない。その」
「この体はいつダメになってもおかしくないってこと?」
「まだ、もう少しは持つ、はずだ。でも、そう、……突然、いなくならないでほしい」
「そうだね、ディランの寝顔を眺めようかな。イビキかく?」
「か、かかないっ」

 からかったら、鼻を両手で隠して顔を赤くした。
 いついなくなるか分からないけど、その時がくるまでこうやって笑っていたい。

 体が動き辛い私に代わって、新しい死人のマリーが働いている。ディランはどうしてもの仕事以外は断って、ずっと家にいるようになった。

 私たちは時間を惜しんで色んな話をする。

「庭のお花はディランが植えたの?」
「母だ。庭仕事が好きな人だった。私が何もしなくても毎年花を咲かせる」
「キレイだよね。貧民街だと見かけなかったけど、今は毎日見えるから嬉しい」
「部屋に飾ってもいいぞ?」
「ありがとう、でも庭で風に揺れてるのを見るのが好きなんだ。ディランの部屋に飾る?」
「いや、いい。……生かしたままにしておきたい」
「うん」

 ネクロマンサーだってことを気にしてそうだから、慰めたくて手を握ったらビクリと強張った。

「優しいね」
「……そうでもない」

 俯いてそっと握り返してくるディランを愛しく思う。サヨナラが近づいていると思うと切なかった。でも最後まで笑ってたい。楽しい出会いになったんだから泣いて過ごしたくない。
 私はなんでもない顔で笑い、取り留めなく話した。

「魔術師は魔術師の塔で働くんでしょ?」
「あそこで働くというより、仕事を請け負うといったほうが正しい。あそこでもネクロマンサーは嫌われるし、あそこで研究してるネクロマンサーは遺体を乱暴に扱うから私も関わりたくない」
「そうなんだ。ディランは優しいもんね」
「……普通だ」
「そうかな。みんなすぐ怒鳴るし殴るでしょ。ディランはいつも落ち着いてるよね」
「……マリーが、マリーが優しいから」
「うん。優しくしても、お金せびられないから嬉しい。ご主人様がせびるわけないけど」
「そうだな」

 夜は、ベッドに横たわるディランのそばに腰掛けて眠るまで見守る。目を閉じるのを怖がるディランを寝かしつけるために、髪を撫でた。子守唄は知らないし、死人の体は冷えてるだろうから。

 静かに確実に時間が過ぎて、ある日それがやって来た。

 向かい合わせに座って話している途中、テーブルの上で組んでいた右手の人差し指がポロリともげた。続けて中指も。
 びっくりして喉がつまった。うろたえたディランが右手を握ると手首からもげた。今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにしたディランに微笑む。だって笑ってほしいから。

「今までありがとうディラン」
「だ、大丈夫。よういしてあるからだに、に、マリー」
「うん」

 終わるときはあっという間だ。ドサリと腕が落ち、傾いた体から頭が落ちる。それを最後に意識が途切れた。


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