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3.楽しいおしゃべり

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 それからも今まで通り洗濯、荷物受け取り、掃除をして過ごした。
 この体は掃除が終われば死人用の部屋へ帰るようになっている。死人の用の部屋には椅子とベッドがあって、死人もベッドに横たわる。
 なんでわざわざ寝るんだろ? 眠らないのに横になってるだけってものすごくヒマなんだけど。しかも、横たわる命令のせいか動けない。疲れない死人でも、休ませる必要があるってこと? でも、ヒマすぎるんだよー。
 日が昇ったらようやく起き上がれる。それから新しい服に着替えて、また仕事をこなした。


 ご主人様、もといディランが出かける時間はまちまちだ。出かけない日もある。休みの日は何やってるか聞いたら、魔術式の研究をしてるらしい。毎日働かなくてもこんな大きい家に住めるっていいな~と思ってたけど、勉強ばっかりなんて魔術師もいろいろ大変そう。

 ディランは毎日私を呼んで変わりないか聞いてくれる。私はお喋りできるから大歓迎。こんなに気にしてくれるって、やっぱ良い人だよね。

「私っていつの間にかこの中にいたでしょ? いつの間にかいなくなったりする?」
「可能性はないとは言えない」
「せっかく楽しい生活なのにな~」
「……楽しいのか?」
「楽しいよ。殴られないしお腹もすかないし、庭のお花は綺麗だし」

 私はこの家で初めて穏やかな毎日を過ごしている。死んでから幸せに過ごすって、なんか面白い。

「ありがとう、ディラン」

 感謝したら変な顔をされた。死人がご主人様に感謝するのは変かな。

「……以前はどう過ごしてたんだ? 家族は?」
「孤児院で育ったの。それから娼館に売られて借金を返すためにずーっとそこで働いてたから、家族はいないよ」
「……恋人は?」
「いないよ。娼婦になったばかりのときはいたけど、お金渡さなくなったら消えちゃった」
「そうか」
「ディランは? 家族は?」
「父は知らない。母はこの家を残して死んだ。それだけだ」
「恋人とか友達は」
「いない。ネクロマンサーにいるわけがない」
「ネクロマンサー友達は?」
「……っ、くくっ。ネクロマンサー友達。……ネクロマンサーは人付き合いが嫌いなんだ」

 何がおかしいんだろ。でも、笑うディランは可愛い。

「可愛い。笑うといいよ。笑ってたら友達だって恋人だってすぐできそう」

 そう言ったら、真顔に戻って目を逸らした。余計な一言だったかな。

「……手を。状態を確認する」

 差し出された大きな手の平に、死人の手を置く。これも毎日の習慣。ディランは真剣な顔で触って確認したあと、優しく握ってため息をつく。

「まだ大丈夫だ。……何か不自由なことはないか?」
「うーん、ベッドに横になってるのがヒマなくらいかな」
「どういうことだ?」
「私は眠らないけど、この体は命令通りに動くから朝までベッドに横になるの。そのあいだヒマだなーってこと」
「あ、すまない、命令を消していなかった。門の外へでなければ、私の部屋以外はどこへ入ってもいい。好きな時間に好きなことをしていい」
「いいの!? わーありがとう」
「欲しいものはあるか?」
「針と糸が欲しいな。ディランの服もつくろえるよ。ボタンの取れたシャツがあるでしょ?」
「……準備する」

 話をした翌日、家に帰ってきたディランに裁縫道具一式を渡された。見たことない可愛い木箱に入っている。

「これで足りるか?」
「可愛い。こんな可愛いもの初めて。ありがとう」

 ディランは変な顔してそっぽを向いたけど、これは私でも照れてるってわかった。やっぱり可愛い。
 それからの毎日に裁縫が加わった。そんなに働かなくてもいいと言われたけど、疲れないし暇だから。シャツの裾のほつれを直すついでに花の刺繍を入れたらお礼を言われた。難しい顔してるディランが、花の刺繍入りシャツを着てるって面白いから入れたと言ったら笑った。

 最近はディランもよく笑うようになった。ノラ猫が慣れてきたみたい。笑うと可愛いんだ。

「ディランのお母さんはどんな人だったの?」
「静かで優しい人だった。私がネクロマンサーだと分かっても態度を変えたりしなかった」
「ネクロマンサーだって、どうやってわかるの?」
「7歳の正殿参りがあるだろう? 鑑定を受けなかったか?」
「うーん、覚えてない。孤児院だとやらないのかな?」
「そんなはずはない。魔術師は国で保護するのだから」
「じゃあ、何もなかったから忘れたのかも」

 ディランのお母さんは優しかったのか。だからディランも優しいのかな~って眺めてたら、落ち着かなさそうに目を逸らして顔を赤くした。

「なんだ?」
「貧民街だと魔術師は酷いことするって嫌われてたんだけど、ディランは優しいと思って」
「……まあ、そういう奴らもいる」
「ディランみたいな人もいるんだし、みんな怖がらないで話してみたらいいのにね」
「……ネクロマンサーは死体を扱うから気味悪がられる。仕方がない」
「でもほら、疫病のときはさ、助けてくれたでしょ? あっちこちにあった腐った死体を片付けて」
「仕事だから」
「仕事でもありがたかったよ。ありがとう、ディラン」
「……ああ」

 ディランは恥ずかしそうにそっぽを向いて返事をした。仕事だとしても、ありがとうって言われると嬉しいもんね。

 家の中のことをしてディランと他愛のない話をする毎日は穏やかで幸福だ。お腹もすかないし体は痛まない、なによりディランが優しい。不器用に気遣ってくれるから、私もディランの喜ぶことをしたいと思える。ディランの出迎えも嬉しそうだったから習慣になった。

「おかえりなさい」
「ただいま」

 こうして出迎えの挨拶をすると家族みたいに思えるから、嬉しいのは私も一緒。

「どうした?」
「家族みたいで嬉しくて」
「……そうだな」
「私、死んでるお母さんしか覚えてなくて。友達がお母さんに作ってもらった人形を持ってるのがうらやましくてさー。その友達も死んじゃったから形見に人形もらったんだけど、もう捨てられちゃったかな」
「人形が好きなのか?」
「お母さんに作ってもらったのがうらやましかったの。思い出が残ってていいなぁって」

 ディランが悲しそうな顔をするから、私は笑って誤解をとく。

「気にしてないよ。私も死んじゃったし。この体がダメになったら魂が抜けるんでしょ? お母さんに会えるかも」
「…………マリー」
「どうしたの?」
「……なんでもない」

 プイっと顔を背けたディランの声は暗かった。
 一人だって言ってたから寂しく思うのかも。せっかく仲良くなったのに、私だって残念だもん。でももう死んでるからどうにもできないし、心の準備をしとかないと。本当は私だって悲しい。

 数日後、出迎えた私にディランが人形を差し出した。

「えっ!?」
「……土産だ」
「ええっ!? え、あ、わー、もー、すごく嬉しい! ありがとうディラン」

 嬉しくって人形と一緒にディランに抱き付いた。ぴょんぴょん跳ねてディランを見上げたら、驚いた顔で固まってる。

「あっ、ごめん、抱き付いちゃって」

 急いで離れて笑って誤魔化した。

「職場の仲間とよくこうしてたから」

 私の働いてた娼館はみんな距離が近かった。嬉しくても悲しくても抱きしめ合うのが普通で。辛い分、仲間意識が強かったんだと思う。でもディランは違うよね。悪いことしちゃった。
 気を取り直してお礼を言う。

「ディラン、ありがとう」

 憧れの人形に胸が躍る。何より、私の話を聞いてプレゼントを考えてくれたのが嬉しい。

「あ、ああ、喜んでくれて、良かった。わ、私は部屋へ」

 驚いた顔のまま手で口元を隠して、階段を登ろうとしたディランがつまずいた。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」

 足早に二階へ行ったディランを見送ってから、人形を私の部屋に飾った。嬉しくてニマニマしちゃう。


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