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20.出発 Side リディア
しおりを挟むSide リディア
「僕は期待してるよ! 一緒に頑張ろうね!」
「え、あ、はい」
一瞬何のことかと考えて、ジェイクの『期待してない』のことかなと思った。
ジェイクは私に何も望まなかった。反応しろって言ったくらい。あと、洗濯。あの汚い部屋を掃除しなくたって何も言わなかったと思う。食事もいつも買いに行ってくれた。たぶん洗濯だって毎日するしないとか、どうでもよさそうだった。床に落ちてたシミのついた服着てたし。
私が働くのが当たり前だった。できなかったら大きなため息と、なんでそんなこともできないのという言葉。私に任せて、私が忙しく働く横で何もしないで談笑してるのもしょっちゅう。私に話しかけるのは何かを望むときだけ。それ以外で私はいないみたいに扱われる。
でもジェイクは違う。いつも違った。
ジェイクは私に何も期待してない。私は何もしなくたって良かった。そこにいれば抱きしめられた。何かしてたら、ジェイクがジッと私を見てた。私は何をしてもしなくても、そこにいた。
利用されたって思ったけど、わざわざ買うんだからそんなのは当たり前だ。そんなことより、ホントにそれだけでいいって笑っちゃう。私が寝込んだらそれすらいらないって、私の体を優先してくれた。
ただ私がいればいいってそんなの、すごく嬉しいことだと思う。それは私の憧れだったから。羨ましさに気づかないようにしてたくらい欲しかったものだから。
泣きそう。
私は何かしなきゃいけない所に行く。役に立たなかったらって考えると怖いけど、魔力だけは確実に必要とされてるから大丈夫。
私が役に立つと言われて飛びついた。人間の私に価値があれば、ジェイクがくれた優しさもバカにされないだろう。他人は役に立つ他人を欲しがるから。自分たちの役に立つ相手には優しくなるから。だから頑張らなきゃ。
「頑張りますので、いろいろ教えてください。よろしくお願いします」
「うんうん、なんでも教えるからね」
マークさんは優しくて頼れそう。味方でいてくれるうちに頑張らないと。
私たちは馬車に乗って研究所に向かった。カーターさんはイライラして何もしゃべらず、マークさんは上機嫌に研究所での生活について教えてくれた。
大きな石造りの建物の前で止まり、3人で中に入る。
階段を登ってどこかの部屋に入り、研究所の所長に挨拶をした。マークさん達の研究室に配属されると教えられる。挨拶が終わるとすぐにカーターさんはいなくなり、マークさんが私の寝泊まりする部屋と通うことになる研究室を案内してくれた。
「食事は2階の食堂で朝から晩まで自由に食べられるから。朝ごはん食べたらこの部屋にきてね」
「はい」
「この研究所にはリディアちゃんの他にも人間がいるんだよ」
「え!?」
「獣人より人間のほうが魔力量多いし、扱いも上手いんだ。強い魔術師は国が囲っちゃうからこっちにはこないけど、たまにそっから漏れた人がくるんだよね。リディアちゃんは国で魔力について調べたり習ったりした?」
「いえ、ぜんぜん知りません」
「うーん、これだけ魔力が多かったら国に紐づけされると思うんだけど。見逃しかな。まあ、うちに来てくれて嬉しいよ」
確かに魔力調査はあった。5年ごとに近くの村から7歳をすぎた子供が集まって魔力鑑定を受ける。少し大きな街に人が集まるから、お祭りみたいに賑やかだって聞いた。
私のときは、そう、弟が熱を出して看病が必要だった。母親は妹だけ連れてでかけたんだっけ。ここら辺の村で国に呼ばれるような人は出たことないから、調査漏れがあっても気にされない。私には関係ない話だった。
「今日は軽く魔力の説明をしようか」
「お願いします、マークさん」
「マークでいいよ」
「あ、私もリディアで大丈夫です」
「わかった。嬉しいな」
マークは部屋に置いてある湯沸かしから、2人分のお茶を淹れてテーブルに置いた。
「先にカーターのこと謝るね。無理させてごめんなさい」
「いえ、もう大丈夫です。カーターさんも一緒に働くんですか」
「うん、嫌だと思うけど」
「嫌というか、人間が嫌いみたいなので」
「あれはねー、うーん、耳に入るかもしれないから先に言っておくね。カーターの両親は人間に殺されてるんだよね。国境のほうで商売してるときに盗賊団に殺されたって」
「え」
「リディアが気にすることじゃないよ。個人の行動なんだから種族は関係ない。反対の立場の事件だってある。まあ、当事者はそう簡単に割り切れないんだろうね。でもアイツのやったことは酷いから、ごめんね」
あの時の怒りがしぼんで、悲しい気持ちが複雑になる。顔に出てたらしく、マークが慌てて手を振り早口で喋り出した。
「許してって話じゃなくてさ、理由もわかんないのにつっかかってこられたら、しんどいでしょ。採血にこだわったのはたぶん、魔力を扱うと同じ研究室で働くことになるだろうから避けたかったのかも。本人が採血を希望してるって聞いてたんだ。ちゃんと確認しなかった僕たちのせいでもある。本当にごめん」
「いえ」
「他は気のいいっていうか、他人のことどうでもいい奴ばっかりだから楽だよ。獣人で魔術師になる奴は変わり者だから。俺みたいに」
マークが明るい声で気分を変えようとしてくれる。笑いかけてくれる気遣いに口がゆるんだ。
「ふふ、変わり者ですか」
「そうそう」
2人で笑い、マークが淹れてくれた赤い色の甘酸っぱいお茶を一口飲んだ。
「じゃあ魔力の話をしようか。魔力って一人一人で違うんだよ。ほら、見た目って一人一人違うでしょ? それと同じで、魔力も違うんだ」
「初めて聞きました」
「水の魔術は使いやすいけど火の魔術が使いにくいとか、同じ薬草でも効きやすい人と効きにくい人がいるとか、魔力にも相性があるんだ。で、ピッタリハマるとすごく効果が出る。それが今回、リディアの魔力で後遺症が軽くなった理由」
「ジェイクだけですか? 他の人にも?」
「他の後遺症持ちにも試したら効いたよ。だから、後遺症の原因に効く魔力だったってことだね。僕たちは最初、疫病で体自体が悪くなったと思ってたんだ。だからそれぞれ別の薬を出してたんだけどまったく効かない。でも、リディアにもらった血はどの後遺症にも効いた。だから、体が悪いんじゃなくてまだ疫病が残ってるってわかったんだ。これはすごいことなんだよ」
マークがニコニコ笑い、私もなんだか嬉しくなった。真っ直ぐに褒められるとこそばゆい。お茶にフーフー息を吹きかけて一口飲んだマークが私を見る。
「人の持つ魔力が直接の効果を持つってことも大発見。疫病自体が人を害する魔力を持ってて、リディアの魔力がこれを阻害してるって考えてるんだ。だから、これからはリディアと同じような魔力を持つものを探して、効果があるか試していくんだよ。見つけるまではリディアの魔力に頼ることになるけど。よろしくね」
「はい。あ、そういえば匂いがするって」
「うん、被験者がみんな言ってた。良い匂いだって」
「なんででしょう?」
「うーん、疫病と戦ってる体が感知してるのかな~って仮説。疲れてるときだけやたら美味しく感じるものとかあるでしょ?」
「そうなんですか」
「リディアのおかげで後遺症だけじゃなく、疫病も軽くなるってわかったから助かる人が増えるよ。ありがとう」
「え、あ、本当に?」
「もちろん」
「あ、あの、嬉しいです。役に立てて」
「お礼を言うのは僕たちだよ。明日からよろしくね」
「はい。今日は?」
「準備もあるから部屋でゆっくりしてて。あとで迎えに行くから、食堂の説明ついでに晩ご飯を一緒に食べよう」
「はい」
与えてもらった部屋に戻ってぐるりと見まわす。初めての一人部屋にワクワクしてしまう。ベッドとテーブルと椅子。ジェイクの家と同じようなシャワー室とトイレ。持ってきた服をベッドの下のカゴにいれて上半身を横たえた。
嬉しい。私の魔力で誰かが助かる。病気が良くなるんだ。誰かの役に立つって嬉しいことなんだと思い出した。
いつからだろう、うんざりし始めたのは。私に求められるのがそれだけになったから? やって当たり前になって、やらなきゃ文句言われるようになったから?
ありがとうと笑って言ってくれたマークを思い出し、頬が緩んだ。
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