ボケまみれ

青西瓜(伊藤テル)

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【啓太の願い事】

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・【啓太の願い事】


 啓太のあとをついていくと、そこは科学教室の前。
 この時間帯は誰もいない。
 啓太はポツリと、
「さてと……こういうことはオーソドックスに、もったいぶらず、サッと言うかなぁ」
「そのスタートが既に回りくどいような感じだけども」
 僕がそうツッコむと啓太は笑いながら、
「確かになっ」
 と言った。
 ちょっとした沈黙を破ったのは僕だった。
「いや言いづらいことだったら全然言わなくてもいいよ」
 と言いつつも、聞きたいは聞きたいという気持ちはある。
 でもそれ以上に啓太の負担になるようなことならば聞かなくても良かった。
 しかし啓太は語り出した。
「ほら、俺と駿の仲は小学三年生の時にクラスが一緒になってからだけどさ。実は、俺には幼稚園の頃から一緒の幼馴染がいたんだ」
「そうだったんだ。じゃあもっとその子と一緒の時間を作っても僕は大丈夫だよ、というか一緒に友達になれたらいいなぁ」
「……まあそうなんだけども、今はそういうことができないんだ」
 そう言って俯いた啓太。
 何だか訳ありな雰囲気が漂う。
 僕は静かに啓太の次の言葉を待った。
 啓太は深呼吸をしてから、ゆっくり口を開いた。
「実はその幼馴染が俺とクラスが違ってから登校拒否になってしまって」
 登校拒否。
 一体何があったのだろうか、と聞きたいけども、そこまで踏み込んでいいか分からず、また僕は黙るという選択肢を選んだ。
 啓太は続けた。
「話によると、その幼馴染が……まあ名前は絵未って言って女子なんだけども、絵未がイジられていたわけじゃないんだけども、人に対して酷いイジリをして笑っているクラスメイトたちを見たらバカらしくなったみたいで。低レベルな笑いで満足している連中と同じ場所にいたくない、と言って」
 僕はなんと言っていいか分からなかったけども、でも、考えたことは、お笑いが好きなんだなということだった。
 誰かを傷つける笑いが嫌いで、きっと啓太のようなツッコミが好きだったのだろう。
 その啓太と離れ離れのクラスになって、嫌な笑いばかり目につくように絶望してしまったんだ。
 啓太は溜息をついてから、こう言った。
「絵未と最後に会った時に約束したんだ。漫才大会で優勝したらまた俺と会ってくれるって。そして漫才を見てくれるって。だから俺は漫才大会で優勝したいんだ。絶対的に面白いヤツと組んで、な……」
 僕は一個気になる箇所がでてきたので、そのことを聞いてみることにした。
「学校には来ないかもしれないけども、休日に会うことはできないの?」
「いや……それもダメなんだ、そんなことよりテレビやライブ配信のお笑いを見ているほうが楽しいってさ……俺はさ……絵未と一緒にいた時間が本当に楽しかったのに……絵未は俺と一緒にいる時間は楽しくなかったのかな……」
 唇を噛んで、瞳に涙を浮かべた啓太。
 いや、きっと
「ただ啓太と会いづらくなっただけじゃないかな、登校拒否している自分を見られたくないみたいな。説得されてしまうかもしれないことも何か嫌だったりさ。とにかく啓太が嫌なわけじゃないと思うよ」
「……そうかな……」
 いつも強気でバシバシとツッコむ啓太と同一人物とは思えないほどに、か細い声を出した啓太。
 でも
「本当に嫌だったら漫才大会で優勝したら会うとか言わないと思うよ」
「いやそれは俺が漫才大会で優勝すると思われていないからそう言っているのかもしれない」
「違うよ。絶対漫才大会で優勝すると信じているからそう言っているんだよ。だって啓太と、その絵未さんは仲が良かったんでしょ?」
「……まあ一応……多分……」
 自信無さげに呟く啓太。
 その覇気の無さを吹き飛ばすように僕は声を張って言った。
「じゃあ啓太の面白さは存分に分かっているわけじゃないか! 啓太の面白さがあれば絶対優勝できるということを知っていて、そう言っているんだって!」
 啓太の顔には徐々に覇気が帯びてきて、そして、
「駿……俺、少し、やる気出てきたよ……どこか絵未からはもう嫌われているんじゃないかと思って、本気で漫才大会のことを考えられなかったんだけども、今ので火が付いたよ。ありがとう、駿」
「それなら相方決めを捗るね!」
 僕が親指を立てて、グッドマークを啓太に送ると、啓太は首を優しく横に振って、こう言った。
「いや駿。俺とコンビを組んでくれないか?」
「えっ……、……、……えぇぇぇええええええええええええええええええええええええっ!」
 僕はビックリしてしまい、めちゃくちゃ大きな声を出してしまった。
 いやでも僕は全然ボケじゃないし、そもそも表舞台に立つほうの人じゃないし、それは啓太が一番分かっているはずっ!
 でも啓太は続けて、
「俺は駿のこと、面白いと思っている。コンビネーションのことを考えても俺は駿とコンビを組むことが一番良いと思っている」
「いやでも僕はあんまり度胸も無いし、いやそもそもやっぱり面白くないよ!」
「いろんなことを思考して動く駿の頭脳は好きだけどな、俺」
 そんなことを思われていたなんて、いやでも!
「相方候補の人たち、まだいっぱい来るんだからその人たちと相性確かめたほうがいいと思うよ!」
「まあ確かにそれはそういうことになったからするけども、駿は俺とコンビを組むかもしれないと思って行動してほしいんだ」
「そんな……僕、できないよぉ……」
 さっきまで啓太がモゴモゴしていたのに、今度は僕がモゴモゴしてしまい、何か変な感じだ。
 いやいやでも実際、僕がお笑いをやるなんてできないよ、だって僕、ボケじゃないじゃん。
「ゆっくり時間を掛けて考えてくれればいいから、とは言え、俺は駿とコンビを組む気満々だけどなっ」
 そう言って笑った啓太。
 でもそうか、啓太が漫才大会出たさそうなのに、相方を積極的に探そうとしなかったということはそういうことなのか。
 僕とコンビを組もうと考えていたのか。
 う~ん、でも僕なんか絶対向いていないと思うけどなぁ……。
 啓太は嬉しそうに僕の背中を叩きながら、
「まっ、これからもよろしくな! 一緒に楽しくやっていこうぜ!」
「そりゃまあよろしくはよろしくなんだけども……」
 僕と啓太は教室に戻って、その後は普通に会話をした。
 午後の授業も終わり、一緒に下校して、今は自分の部屋だ。
 僕が漫才をする光景なんて正直想像できない。
 やっぱり無理だと思う。
 どう断ろうかな……と考えていた。
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