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【07 落語のような世界】

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・【07 落語のような世界】


 京子が少し膝を屈ませながら、小さな子供に目線を合わせて話し掛けた。
「クールに行クールしてる?」
 いや!
「一発目で言うことじゃないし! クールって江戸時代の人に言っても分からないだろ!」
 と俺が激しめにいくと小さな子供はムッとしながら、
「クールぐらい知ってるやい! 今の時代、クールビズ! 何でも涼しくいくことが粋なんだよ!」
 と言ったので、俺は目を丸くしてしまった。
 江戸時代の人間がクールどころか、クールビズまで知っているなんて。
 いやでもそうか、
「京子、ここはあくまで江戸時代のような世界ということだな、英語が普通に伝わるなんてそういうことだ」
 京子は頷きながら、
「つまり江戸時代というよりも落語のような世界ってことね、なおさら楽しい!」
 と言ってバンザイすると、それにつられて子供もバンザイした。
 どうやら落語の世界のように、ノリもかなり良いらしい。
 結局、そのまま京子と子供はハイタッチした。
 ハイタッチとかも分かるんだから、本当にそういうことらしい。
 というかまあ俺の夢である可能性が一番高いから、俺の語彙の中で回っていることは当たり前か。
 京子はキャッキャッと喜びながら、こう言った。
「じゃ! じゃあ! この街についていろいろ紹介してくれないかな! この街のしきたりとか!」
 子供はちょっと偉そうに胸を張って、
「つまり僕が先生っていうことだね! いいでしょう! いろいろ教えてあげましょう!」
 まさに落語の世界の人物みたいに調子が良い。
 まあその調子の良さが持続するように、おだてて話を聞いていったほうがいいだろう。
 俺は、
「じゃあまずお金について教えてほしいんだが」
 と重要なところからいくと、子供が吹き出してから、
「そんなことも知らないんだ! お金は普通に円だよ! 知らないっ? 円って!」
 と言いながらポケットから一円玉を取り出した。
「ちょっと眺めさせてもらっていい?」
 と言って俺が手を出すと、子供が、
「盗まないでよ!」
 と言いながら俺に手渡してくれた。
 その一円玉の年号の部分を見ると、江戸元年と書かれていた。
 一応江戸時代と主張している一円玉、いや一円玉が江戸時代じゃない。
 江戸時代の最小単位は確か”文”のはず。
 何だが現代風にアレンジされた江戸時代といった感じ。
 京子もその違和感に気付いているらしく、ふむむと顎に手を当てている。
 俺は子供に一円玉を返すと、子供が、
「偉い! ちゃんと返してくれた!」
 と言ったので、
「そりゃそうだよ、一円玉泥棒なんて、泥棒の最小単位は絶対にしないよ」
 と答えておくと、子供が、
「じゃあ一万円札なら盗んだってことっ? おー! 怖い怖い!」
 と言って、凍えて寒いというようなポーズをした。
 こういうオーバーリアクションも本当に落語っぽい。
 というかやっぱり最大単位は一万円札なんだ。
 なんだ、この子供でも分かりやすい江戸時代は。
 まるで輪郭亭秋芳が話した、1本目の初天神のような世界観だ、と思った時に、自分で確かに輪郭亭秋芳みたいだと思ってしまった。
 いや輪郭亭秋芳の落語は今日聞いた2本だけだけども、何だか人物像やリアクションなどが非常に輪郭亭秋芳っぽいのだ。
 この世界、というかこの夢を見る直前は輪郭亭秋芳似の男が俺と京子に手をかざしていた。
 ということは輪郭亭秋芳が関係している世界なのか、いやまあ俺が輪郭亭秋芳に衝撃を受けた結果見ている夢なのかもしれないけども。
 まあそんな思考はいいとして、まずは情報だ。
 俺は子供へ今、1番気になっていることを聞くことにした。
「寝泊まりする施設ってあるかな?」
「宿屋のことかい? 宿屋ならあるけども、あそこはベッドが高級で高かったりするんだよなぁ。お金のことも知らない人は泊まれないんじゃないかなぁ?」
 ホテルと言わず、宿屋と言ったから、ここは江戸キープなのかなと思ったら普通にベッドという言葉が出てきた。
 いや江戸キープって言葉なんだよ、と自分で自分の脳内へツッコんでいると、京子がこう言った。
「じゃあ何か人が住んでいない空き家とかない?」
「それならちょうど僕の家の隣の人が、夫婦で夜逃げしたとかなんとかで、住む道具一式置いてあるよ。そこに住めばいいんじゃないかな!」
 なんて都合が良いんだ。こういう都合が良いところがまさしく夢っぽい。
 それならば、
「じゃあまずその家に連れてってくれないかな?」
「いいよ! 先生だから特別に教えてあげる!」
 子供は意気揚々と歩きだした。
 その後ろをついていく俺と京子。
 すると京子が俺のほうを見ながら、
「何か都合が良すぎて楽しいね」
「楽しいと考えるんだ、いやまあそうかもしれないけども、きっとこれは俺が見ている夢だから都合が良いんだよ」
「そんな、私は現実だと思っているよ。現実だとしたら楽し過ぎじゃない」
「と、夢の中の京子が言っているんだと思ってるよ」
 京子は頬を膨らませてから、
「だから現実なんだって! めっちゃ楽しもう!」
「クールに行クールはどうしたんだよ、京子はすぐにテンションが上がるなぁ」
「こんな落語みたいな世界でクールに行くのは難しいよ!」
「じゃあそんな口癖をしようとするな」
 そんな会話をしていると、子供が長屋を指差して、
「ここが僕の家でその隣! 早速入ってみるといいんじゃないかな!」
 と言われたので、俺と京子は入ってみると、普通に子供も入ってきた。
 周りを見渡すと、やけに綺麗なフローリングに、畳のフロアもあるが、仕切り戸みたいなモノは無い。
 コンロのようなモノは無く、そこは自分で火を焚くみたいだ。
 元々夫妻がいたということもあり、青い布団と赤い布団が並んで畳のほうに置いてある。
 その布団も妙に綺麗で、まるで客人用といった感じだった。
「今日からここに住めるのかぁ!」
 嬉しそうに声を上げた京子。
 いやこういうのって大体寝たら覚めるものだろう。
 つまり寝るまでがこの夢ということだろう。
 まあ今日はこのままこの街を散策してみるか、と思っていると子供が急に畳のフロアに座り、こう言った。
「じゃあ僕もいろいろ教えたところだし、僕の愚痴を聞いてくれるかな?」
 愚痴か、それを聞けばよりこの世界について分かるかもしれないから、俺はすぐに、
「勿論いいよ」
 と答えると、京子も頷き、子供は喋り始めた。
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