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果たして誰が為、なのか・・・

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「コーデリア」

 シンが、誰かを呼んだ。
 女の名前だ。

 人魚に成って・・・からのオレは、体調が悪い。海へ向かえば少しは良くなるとシンが言うので、沿岸付近へ向かっている。
 その、海へ向かう道中で宿泊中の宿。

 シンとオレで二人部屋。
 ホリィとシルトにーさんで二人部屋。
 ライは一人で部屋を取っている。魅了対策だとかで、一人だけ隔離だそうだ。

 この部屋には今、オレとシンしかいない。

「?誰?知り合いの名前?」
「ふむ…知らないのか?コルド、君の本名はコーデリア・ウィルソンというらしい」
「へ?」

 突然の言葉に、きょとんとしてしまう。

「戸籍上、君達兄妹は全員、カロライナ・ウィルソンという女性の養子になっていた」
「カロライナ…ウィルソン?誰それ?つか、オレらに戸籍があったのか・・・?」

 それにしても、聞いたことの無い名前だ。

「君らの家の家主で、娼館の経営者の女性だ」
「は?ババっ…あのバーさんが?」

 カロライナ、で…カーラ?

「メリットなんて、一つも無いだろうに・・・」
「彼女は孤児院の前院長、トラッド・ウィルソンの母親なのだと。もっとも、二人に血縁関係は認められておらず、同業女性が生んだ子供をカロライナが押し付けられたという経緯だと聞いたがな?」
「なに、それ…」
「トラッド・ウィルソンが生前、残った君らを全員養子にしてくれとカロライナへ頼んだらしい。だから君達は、あそこで暮らせていたというワケだ」

 知らな、かった・・・

「ラファエルが言われたそうだぞ?戸籍を抜く手続き中、コーデリアとホーリーをどうか幸せにしてやってほしい、と。カロライナ女史にな」

 アクアマリンが、オレを見詰める。

「・・・」

 あの、バーさんが・・・
 嫌われてる…とまでは行かないが、面倒な子供だと、好かれていないことは確実だと思っていたのに・・・

「それにしても・・・コーデリア、とはな?」

 赤い唇が柔らかく弧を描く。

「ぁ~…それ多分、ウェンが女だったらウェンディだったのだと似たような感じだ。コールドで、女だからコーデリアにした…ってとこだろ」

 院長は、ネーミングセンスがなぁ・・・

「そういう意味ではない。知らぬか?コーデリア、またはコーディリアとは、ラテン語では心臓や心を意味し、ケルト語では海の娘、海の宝石、海の星、という意味があってな。我が妹には、相応しい名だろう?」
「知らなかった」
「であれば、偶々なのだろうよ。ラテン語もケルト語も絶滅言語に近しい。人間ひとはもう少ない。その意味もやがて失われ、音だけが残って行くのだろうな」
「・・・シンの喋り方って、なんか堅いというか、少し古い感じだよね」
「私が最初に学んだ人間ひとの言語は古ノルド語やラテン語、そして今や、古英語と称される言葉だ。仕方無かろう?これでも少々崩している方なのだがな」
「古英語って・・・アンタ、幾つだ?」

 今から数百年以上前に使われていた言葉だ。現在では古文書レベルの言葉。

「さて?千は数えていない程度だろうよ」
「千っ!?」
「八百…いや、九百…程、だったか?悪いが、よく覚えてなくてな」

 数百…もしくは、千年。十年程しか生きていないオレには、想像も付かない。途方もない年月。

 ふと、よぎる不安。

「・・・ねぇ、シン」
「なんだ?妹よ」
「オレも、そんなに生きる…の?」
「さあ?そんなことは知らん」

 なかなかの勇気を出して聞いたというのに、あっさりと知らんとか言うし・・・

「・・・無責任な」
「無責任に放り出すような真似はしないよ。いつか、君が生きるのにいたら、終わらせてやると約束しよう。無論、ホーリーの方も、な」

 血の味を覚えたホリィもまた、その寿命は人間を逸脱しているのだと、聞いた。
 オレの、せいで・・・

「なに、気にすることはない。シルトもラファエルも、拾ったときにそう・・約束している。狂えば終わらせてやる。最期を看取ってやる、とな?」
「っ…アンタは…貴方は、寂しくないの?」
「さて?今からそんな心配をしてどうなる?起きてから、失ってから、存分に思い知ればいい。その感情を知ることもまた、私の愉しみの一つだ」

 愉しげに笑みをたたえる赤い唇。
 人間では有り得ない程に透き通ったアクアマリンの瞳は、どこまでも無邪気な狂気を宿す。

「・・・やっぱりアンタは、マッドだよ」
「?皆、何故かそう言うのだ」

 やっぱり、自覚無いのか・・・

「して、妹よ。これから君をコーデリアと呼ぼう。私のことは、姉と呼んでいいぞ?いつか、君を弟に紹介したいものだ」
「なんだっけ?華やかで気品溢れる女顔の美人な弟さん、だったか?」
「ふっ、頼めば解剖させてくれる程に優しい姉思いの、という文句が抜けている」
「・・・」

 それ、優しさか?姉思いって・・・

「コーデリア、君も姉思いだと信じているぞ?」

 ほころぶような笑顔でシンが言った。今まで見た彼女の顔で、それはそれは一番可愛らしい顔だ。

「切れ味の良いメスと麻酔薬を入手しなくてはな」

 これは、解剖させろということだろうか・・・
 こんなヤバい姉ちゃん、怖いんだけど?

※※※※※※※※※※※※※※※

「シン。なぜ貴方は、異端審問官を引き受ける?」

 彼女に拾われた人狼の子がいた。

「暇潰しだ。それ以外になにがある?シルト」

 盾を意味する名を与えられた子供は言う。

「・・・暇なら、他のことで潰せばいい。わざわざ人間の…人外おれらを悪魔呼ばわりして、存在しない邪悪な魔女とやらを狩ろうとする教会の言うことを聞いてやる必要は、無いと思う」

 自分を救った恩人である人魚の女へ。

「ふむ…では、言い換えよう。教会が悪魔だと称し、狩ろうとしている筈の魔物わたしを頼り、人間ひとが人間を裁く姿が、非常に滑稽だからだ。堪らなくわらえるとは思わぬか?既に目的を見失い、違えた手段のそれ・・は、果たしてため、なのか・・・実に興味深い」

 人魚は嗤う。

「・・・貴方は本当に、酷く悪趣味だな」
「私が嫌なら、どこへなりとも行くがいい。実験は偶々成功しただけだ。恩に着ろなどとは言わん。人間を喰えなくなったと証明されれば、いつかは監視も無くなるだろう。止めもせん。好きに生きろ」

  あっさりとした決別の言葉に、子供は泣きそうに顔を歪める。蒼の瞳がすがるようにアクアマリンを見詰めて呟くと、

「・・・貴方が、いつか俺を終わらせてくれると言ったんだ。シン」

 狂った人魚がその白い手を差し伸べた。

「ククッ・・・では、お前が私に慣れろ?お前の気が済むまで、付いて来るがいいさ」

 愉しげな笑みを浮かべて。

__________


 完璧なハッピーエンド…とは言えないでしょうが、バッドエンドではないと思います。
 おそらく、また始めから読んで頂けると印象が変わるかと思われます。

 終わったーっ!?・・・のですが、一応前日譚を思い付きまして・・・
 読みたいと希望される方がいるのならば、書こうかと思います。内容は前日譚になるので、続きではありません。

 そして、華やかで気品溢れる美しい女顔のシンの弟が出ているのは「ヴァンパイアハーフだが、血統に問題アリっ!?」という話です。興味のある方は覗いてやってください。
 ※シンの弟は、主人公ではありません。

 では、「誰が為の異端審問か。」最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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