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・・・これは、私が悪いのだろうか?

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 力の入らない身体が抱き上げられる。

「そこの駄犬っ、ヴァンパイアのクウォーターをしっかり押さえ付けてろっ!」

 テノールが怒鳴り、

「誰が駄犬だっ!この淫魔がっ!」

 オレを刺した男を殴り倒した灰色の髪の男が、不機嫌な低い声で言い返しながらも、ホリィを押さえ付ける。
 ホリィは項垂うなだれて、全く抵抗しない。

「ウルサい役立たずっ!ああもうっ、なんで君がこんなところにいるんだよっ!?折角せっかく、巻き添えを食らわせないよう隔離しといたのにっ!?」

 苛立たしげな表情でライが言った。

 オレがホリィに思っているのと、同じことを。

「痛いと思うけど、少し我慢してよっ!?」

 そして、ぐっと肩の傷口が開かれ、なにかが押し込まれて強く圧迫される。

「っ!?」

 肩から脳天に突き抜けるような激痛。
 ぼんやりとした眠気が、今ので一気に覚めた。

「クソっ、動脈が切られてるっ!血が止まらない。その上、傷口にキスした馬鹿がいるしっ…敗血症になったらどうするつもりなんだよっ?シン様っ、お願いします!この子を助けてあげてください!」

 焦ったようなテノール。そして・・・

「ホーリー。お前は少し寝ていろ」

 澄んだ美しい女声が言った。
 瞬間、カクンとホリィが崩れ落ちた。それを、ホリィを押え付けていた男が支える。

「っ…、に、を…」

 ざらついた喉で声を出して女を睨むと、

「動くなっ!」

 ライに制される。

「少々寝かせただけだ。心配するようなことはない。君とて、あんな状態が良いとは思わぬだろう?」
「・・・」

 絶望に染まったホリィ・・・

「シン様!」

 シン?彼女が?けれど、その顔は確かに、シンが少し成長したような顔。

「少し待て。一つ、昔話をするとしよう。現実主義の君には、お伽噺と言い換えてもいい」

 白い手が傷口にかざされた。すると、傷口から流れ出ていた熱が、止まった。

「数百年程前。人魚は不老不死の霊薬になるとわれ、人間や他の種族に狩られた。そして、仲間が理不尽にどんどん狩られて行った人魚は、人間や他の種族と戦を起こした。復讐だと言って」

 美しい声の語るそれは、お伽噺のような話。

「復讐が復讐を呼び、血で血を洗う争いが激化して行く中、人魚は内部で二つに割れた。最期まで復讐をと訴えた死なば諸共もろとも派と、生き残り派とに。結果、復讐派はほぼ全滅。生き残り派の人魚達が、海底へと引きこもって逃げ延びた」

 淡々と語られる、現実味の無い話。

「私は、海底へと逃げ延びた人魚の一人というワケだ。そして、生き残った人魚には、悲願ができた」

 人魚の、悲願?

「不老不死の霊薬になると、無理矢理奪われた仲間の身体の一部を取り返し、海へとかえすこと。われらから与えられしモノには祝福を。我らから奪いしモノには報復を。これを、生き残ったモノ達が一族の掟として定めた」

 ぼんやりとして来た頭で、声を聞く。

「そしてコルド、君は・・・」

 アクアマリンの瞳が、オレを見下ろす。

「その戦が始まる前に、人間と結ばれた・・・遠く血を分かった、が姉妹となる」

「・・・?」

「君は、我が姉妹が望んだ・・・子。その子孫に当たる。つまり、君は人魚の末裔ということになる」

 なにを、言っている?そんな、の・・・

「信じられない、か?だが、君とて本当は判っているのだろう?その少年・・が、普通でないことを」

 ホリィの、ことだ。

「人外のモノに魅入られ、または惹かれ合って結ばれ、子を成したという異類婚姻譚は、それこそ世界中にある伝説。しかし、言い伝えとは得てして、真実を内包する。我らは実在し、ここにる。ちなみに、彼はヴァンパイアのクウォーターだよ」

 ああ・・・あれだけ、化け物が存在しないということを調べたのに、全部意味が無かった。

 人間だって、証明したかったのに・・・

 ホリィが人間だってことを証明する為に、図書館に通い詰めて沢山沢山、難しい本を読んで勉強したんだ。

 その全部が、無意味だった。

 だって、オレもホリィも・・・

「さて、昔話はこれで仕舞いにするとして・・・」

 澄んだアクアマリンが、憐れむように見下ろす。

「コルド。君は、もうすぐ死ぬだろう」

 静かな宣言に、

「シン様っ!?」

 声を荒げるテノール。なんで、ライがこんなに必死になっているのかは、わからない。

 だって、アンタが好きなのはこのヒトだろう?

 でもさ、なんとなく判っていた。だって、出血量が多過ぎる。動脈が切れているなら、アウトだ。彼女…シンが出血を止めてくれているから、オレはまだっているということを。

「…りぃ、は…?」

 ホリィは、どうなるの?

「彼はもう、人間としては暮らせないだろう。君が、血の味を覚えさせてしまったから」

 ああ・・・そう、か。
 やっぱり、アレはいけないことだったんだ。
 止めていれば、よかった。

「…ご…め…ほ、り…」

 オレの、せいで・・・

 ごめん、ホリィ・・・本当に、ごめん。

「すまなかったな。君にはなるべく、平穏な人生を歩んでほしいと思っていた。しかし・・・」

※※※※※※※※※※※※※※※

 困ったな?

 我が遠き姉妹である君に、平穏な人生を歩んでほしいと願ったのは真実だ。

 海を離れた…内陸部に住む人魚の末裔の寿命が、人外の末裔にしては短命な傾向にあろうとも。

 この街に来たとき、血の匂いに惹かれて、非常に馬鹿馬鹿しい殺人現場を見た。

 そして、人狼だけんのシルトとはぐれて倒れていた私を見付けたのは君だった。そのときには君を、人魚の唄が効き難い娘だと思った。
 弱っている状態の私の唄でも、女の人魚の声は、男には十二分以上に作用するのでな。

 私が君を、我が遠き姉妹だと気付いたのは二度目に顔を合わせたときだ。

 その後で、教会から依頼が来た。「人間を殺している、ヴァンパイアハンター気取りの異端者をどうにかしてほしい」という依頼だ。

 特に受ける必要はなかった。けど、君をしばし見守るのも悪くないと思ったんだ。
 人魚どうほうの末裔の君を・・・

 だから、暇潰しに受けた。人間でない私達に、神とやらの使途が異端審問官の役割りを頼むということに、大いにわらった。

 ハッキリ言えば、私は君以外の存在がどうでもよかった。君以外の存在に、重きを置かなかった。

 そして、人間ひとが人間を化け物だなんだと殺して行く様が愚かしくも嗤えたので、殺人の様を愉しんでていたら、君が巻き込まれてしまった。

 忠告はしたが、君自身に妖精の取り換え子チェンジングという噂があったと知ったのは後のこと。

 駄犬が、「さっさと馬鹿を捕まえないから、あの子供が巻き込まれたんだ。貴方のせいだぞ」と言うから、仕方なく収集を図ろうと思った。

 君が死ぬのは惜しいと思ったから。我が遠き姉妹が望みし末裔の君が死ぬのは、な?

 そこに転がっている愚か者の協力者であるところの、阿片窟の住人を寝かせ、駄犬に拘束させている間、歌い疲れていたので暫し休憩をしていた。

 すると、彼らと、遅れて君がやって来た。

 話をして時間稼ぎをしようと思えば、愚か者はすぐ刃物を振り回すし・・・

 結果、我が遠き姉妹であるところの君…コルドは血に染まり、その美しいアイスブルーの瞳を涙で濡らしながら、君の義兄…ヴァンパイアのクウォーターである少年へと、声にならぬ声で謝っている。

 ・・・これは、私が悪いのだろうか?
 なぜこうなったのだろうか?
 よくわからない。
 しかし、多少の罪悪感を感じないでもない。
 まあ、それは後程思考するとして・・・

「シン様っ!?」

 焦ったように淫魔の末裔ラファエルが言う。

 助けろと言われてもな?

「・・・コルド。君には、二つの道を提示する」

 静かに涙を流し、濡れたアイスブルーがのろのろと私を見上げる。
 君の瞳は、私の弟とよく似た色で大好きだ。
 涙に濡れていても、美しいと思う。

「ここで死ぬか、人間であることをやめるかを選ぶといい。悪いが、長考する時間は与えてやれん」
「え?シン様?」

 ラファエルが、驚いたように私を見やる。

「シン様の…人魚の血肉を摂取すれば、人間の寿命が延びるんじゃないの?」
「それは、人間や他種族の場合だ。それも、運が良ければ、と言ったところ。人魚の血肉に適合せねば、逆に寿命を縮める結果となる。だが、コルドは我が血肉に適合する筈だ。そして、おそらくは、人魚に成ってしまう・・・・・・だろうと推測する」
「なんで?シン様」

「私は、人魚の王族候補の一人だったんだ。人魚としての能力が、他の人魚よりもかなり高い」

 男の人魚は、出生率が異様に少ない為、男として生まれた時点で問答無用で王族候補となる。
 拠って、弟は生まれしときより王族候補。
 そして、女の人魚の王族候補は、能力で決まる。
 私は、現存する女人魚の中では、一番能力が高かったのだが・・・私が王族になったあかつきには、一人最低一度は解剖させろと言ったら、なぜか王族候補を外されてしまった。
 その上、私を王族候補から外した同胞は、英断だったと、多くの同胞から誉め称えられた。
 未だに理由がわからない不思議だ。

 人魚は生命力が高い。
 首を落とさなければ、死なない。失血して干からびたとしても、大量の水が有れば復活できる。
 自分自身を刻んで、ちゃんと試したからな?
 故に、人魚は生きたまま解剖する程度で死ぬことはないと、私自身で証明もしたというのに、誰もが解剖されるのを嫌がった。謎だ。

 麻酔もちゃんと掛けて、痛くしないと言ったのに、私に解剖せてくれたのは愛しき弟だけだ。
 ちなみに弟は、麻酔無しでも解剖させてくれた。

 最初は非常に痛がって、「やめてよ、シン」と泣き叫んで嫌がっていたが、麻酔を使うようになってからは、頼めば幾度かその身を刻ませてくれた。

 まあ、同胞の色け女共に、四六時中貞操を狙われていた弟には、親しい友人がほぼ皆無だったからなのかもしれないが・・・
 そして、「弟と子作りしたくば、その身を麻酔無しで私に解剖させろ?」と色惚け女共に触れ回ったら、見事に弟に寄って来る女が減ったのだ。
 弟の貞操は守れたが、解剖させてくれる同胞がいないことへ、多少がっかりしたように思う。

 まあ、それもこれも姉弟愛の一環だ。
 愛しているぞ弟よ。

 そういうワケで・・・

「そんな私の血肉を、人魚の末裔…それも、血の匂いからして先祖返りであり、人間ひとよりも人魚寄りの君が食らうと、おそらくは完全な人魚に成ってしまう・・・・・・と推察する。ちなみに、その場合は当然ながら君は、人間としては暮らせなくなる」
「・・・」
「さあ、どうする?決めるのは、君だ。我が遠き姉妹よ。君の答えを尊重しよう。コルド」

 弟の色と似たアイスブルーの瞳を見詰めて、彼女の選ぶ決断を待つ。

__________

 ネタバレ回です。
 キーワードは異性装。そして、人外?

 前回でお察しかと思われますが、ホリィが女の子だと明記した覚えはありません。
 実は女装した男の子でした。レイニーがずっと、お節介野郎と呼んでます。
 義兄妹の、上三人が男で下三人が女の子。
 スノウは、上四人が男だと思ってます。

 治安の悪い場所では、自衛の為に男装する女の子や、女装して美人局をする男の子達が割と多かったりします。コルドとホリィの異性装は、そんな感じです。

 そして、シンは頭は良いですが、他人の気持ちが全くわからないマッドな変人です。天然煽り系のボケ。ついでに、外道。性格的にもですが、陸に上がった人魚なので、軽くポンコツだったりもします。

 次の話は閲覧注意。32話目みたいな感じで、飛ばしても話が繋がるようにします。
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