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起きてロザンナっ!?

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 夜中。枕元に仕掛けた鈴が鳴った。

「はぁ…やっぱりか…」

 鈍く疼く首を押さえ、

「しかも、ついてない」

 出掛ける準備。

 ひっそりと、音を起てずに、みんなが寝静まった家を抜け出す。

 冷たく湿った空気と曇天の夜空。

「嫌な感じだ…」

 多分、雨が降る。こういう風に首が鈍く疼くときには、天気が悪くなるきざし。

 月も星も厚い雲に覆われた暗い夜。
 でも、なにも見えないワケじゃない。三十メートルくらいなら、視界が利く。

 暗い夜道の中に、ポツンとした灯り。外套がいとうまとった影が二つ、歩いて行く。

「なにもこんなとき、出なくても・・・」

 溜息を吐くと、ぽてぽてと尻尾が足に当たる。行くのか?と、問うような蒼の視線に、頷く。

「知らせてくれてありがとう。行く」

 しっかり距離を置いて灯りをつけて行く。幸い、二つの影の歩みはそう速くない。離れていても、十分ついて行ける。

「・・・」

 無言で歩くオレの横を、静かについて歩く銀灰色の毛並みの狼犬。

 しばらく歩いて、灯りが富裕層向けの区画へ進む。そして、とある屋敷の裏口から中へと入って行った。

 誰の屋敷かはわからない。けど、入って行ったのが裏口なら、帰るときも裏口だろう。
 裏口が見える場所に移動し、じっと待つ。

「?」

 ポツンと落ちて来た水滴。そしてすぐにパラパラと降り出し、気温が下がる。

「やっぱ降って来たか…」

 渋々屋根のある場所へ移動。あの屋敷から少し離れてしまった。けど、濡れたままで待つのはツラいから、仕方ない。

 しとしとと降る雨に、吐いた息が白くなる。コート着て来てよかった。でも…

「…ごめん、くっ付かせて?寒い」

 オレの横に座り、迷惑そうな顔をしたファングを抱き締める。さすが動物。ぬくい。

 まだ出て来ない。雨も止まない。

「…ふゎ…ぅ~…眠…」

 今夜中だし。眠くて当然なんだけど…
 こんなところで、寝る…ワケ、には・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 ぶるんっ!と、枕が震えて…

「っ!?」

 枕じゃない。ファングだ。今は外。しとしとと降り続く雨。少し、寒い。

「ぅ…ごめん。起きた」

 くいっと頭を動かすファング。
 その先には、先程の屋敷から出て来る影二つ。

「ありがとう、起こしてくれて」

 フードを深く被り、慌てないよう後を追う。
 このまま、なんとも無ければいいのに。
 そう、思っていた。

 少し強くなって来た雨のせいで視界が悪い。かといって、近付くワケにもいかない。尾行がバレるし、距離を測るのが難しい。

 前を行く二つの影。それとは別に黒い影が増え、あっという間に四つの影が先の二つを取り囲む。

 ピーーーーッ!!!と、大音量で笛を鳴らしたときには既に遅く、二つの影は倒れていた。

 ざわつく四つの影が、一斉にこちらを見た。

「警察の警笛!すぐ誰か来るよっ!!」

 大声で叫び、もう一度笛を鳴らすと、躊躇ためらうようだった影が散る。

 逃げた奴なんかどうでもいい。
 パッと倒れた二人に駆け寄る。

 フードの下には、気を失った白い顔。こないだババアの娼館に入ったばかりの、見習いの娘だ。
 見たところ怪我は無い。頭を殴られたのかもしれない。ゆっくりと寝かせる。

「ファングお願いっ、誰か呼んでっ!?」

 叫んで、倒れたもう一人をっ…

「ローズねーちゃんっ!?」

 荒い呼吸で苦痛に歪む美貌。
 その腹部から、ゆらゆらと雨に溶け出す熱。

「しっかりしてっ!ねーちゃんっ!?」

 裂けた服の下から、熱い液体が流れて行く。
 泣き喚きたくなる衝動を堪え、傷口を確認。
 傷自体はそんなに大きくない。
 深いかもしれないけど・・・

 目が熱くなる。
 駄目だ!泣くな!落ち着け!
 どうすればいいっ?
 考えろっ!?

「くっ…血、止め…ない、とっ…」

 震える手でコートを脱ぎ、ぐったりしたローズねーちゃんの腰の下に通す。袖をぎゅっと引き、傷口の上でキツく縛る。そして、更に上から強く押さえて圧迫。

「止血の…手順、は…これで…ぅく…」

 もっと、真剣に医学系統の本を読んでいればっ・・・

 歯を食い縛る。

「ねーちゃんっ、ローズねーちゃんっ!?」

 名前を呼ぶことしか、できない。雨の当たらない場所に移動することもできない。

「ねーちゃんっ!起きてっ!ロザンナねーちゃんっ!死んじゃっ、ヤだっ!?」
「……はぁ…コルド…ちゃん?…ハァ」

 小さな声。うっすらと目が開く。

「ねーちゃんっ!?」
「ど…した、の?こ…な…雨の…中…」

 弱々しい途切れ途切れの声。

「ねーちゃんの後つけて来た!なんでっ、なんでこんなとき出掛けんのっ!?オレ言ったよねっ!危ないってっ!?」
「…そう、ね…コルド、ちゃん…の、言う…通りに、してた…ら?…ハァ…」

 ゆっくりと、目が閉じる。

「ねーちゃんっ?ローズ…ロザンナねーちゃんっ!?ヤだ目ぇ開けてっ!?起きてロザンナっ!?ロザンナっ!?ねーちゃんっ!!!」

「コルドちゃん…」

 甘ったるい、声がした。そして、

「遊びましょ♪」

 背後から首に掛かる手が、

「っ!?」

 オレを後ろに引き寄せる。

__________

 次の話は閲覧注意です。
 虐待のエグいシーンになります。
 苦手な方は回避を。次回を飛ばして読んでも、話が繋がるようにしています。
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