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いらっしゃい、コルドちゃん。

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 ステラを家まで連れて帰り、ハーブ類を干したりして、また外へ出る。
 と、やっぱり付いて来る銀灰色の毛並。

「ハーブの匂いが嫌なんじゃないの?」

 さっきよりも少し開いた距離に聞いてみるが、素知らぬ顔で付いて来る。

 なんだかなぁ・・・飼い主の、シンが駄犬駄犬言うけど、しっかりと賢い。
 ファングは、絶対に言葉を解している。これは、なぜか確信に近い思いだ。

 ババアの娼館に行こうとして、遠目にホリィを発見した。ホリィに捕まるとめんどくさい。
 絶対、付いて来る。ローズねーちゃんは多分、ホリィを邪険にはしないだろう。しかし、三人で微妙~な感じの雰囲気になりそうだ。

「・・・君、家で待っててよ。オレ、これからすぐ裏手の娼館に行くから」

 駄目元でファングに言ってみる。と、ファングが家の方へ引き返してくれた。まあ、ハーブの匂いか香水の匂いが嫌だったのか・・・

 これで、ホリィには見付からないよう回り込んでババアの娼館へ移動する。
 中庭へ入り、小石を拾って木に登る。ローズねーちゃんの部屋の正面へ。窓に向かって小石をコツンと当てると中から窓が開き、

「いらっしゃい、コルドちゃん」

 妖艶な笑みを浮かべるローズねーちゃんがオレへと手を差し出す。その手を取って、中へ。

「ふふっ、葉っぱが付いてるわ」

 クスクスと笑い、白い指がオレの髪から葉っぱを抜き取り、頭を撫でる。

「さあ、手を拭きましょ」

 どうやらローズねーちゃんは、今日はオレに構いたいようだ。椅子に座ったねーちゃんに抱き寄せられ、その膝の上に。仕方がないから、黙ってねーちゃんの好きにさせる。
 オレがチビじゃなかったらキツい体勢だが・・・

「・・・ねぇ、コルドちゃんは、どうしてなにも聞かないの?あたしのこと」

 耳元に落ちるささやき。

「…今日は、聞いてほしいの?」
「そうね・・・コルドちゃんには、聞いてほしいのかもしれないわ。こっち向いて?」

 くるりと体を反転。ねーちゃんの膝に跨がるように、顔を合わせて向き直る。
 明るい栗色の髪、青灰色の切れ長の瞳、染み一つ無い白い肌にふっくらした唇。少女めいた美貌に漂う妖艶な色香。

「どうしたの?ローズねーちゃん」
「・・・あたしとね、結婚したいって言ってた人が死んじゃった。噂になってる、吸血鬼だって高利貸しやってた人」
「・・・そっか。ローズねーちゃんは、その人と結婚したかったの?」
「わからないわ。高利貸しなんて、ろくでも無い人。でも、あたしには優しかったの・・・」

 負債者の生き血をすするとされた高利貸しも、惚れた女には優しかった・・・か。

つらい?」
「…どう、かしら?わからないわ。本当に、わからない…ん、だけどっ…」

 ぱたぱたと熱い雫が降り、ローズねーちゃんの声に嗚咽が混ざる。

「ねーちゃん」

 椅子の上でローズねーちゃんの腿を挟むように膝立ち、その頭を抱え込む。

「っ…ルド、ちゃん…コルドちゃんっ…」

 胸に顔が押し付けられる。艶やかな栗色の髪を撫で、トントンとあやすように背中を叩く。

 ローズねーちゃんの嗚咽が啜り泣きに変わる頃には、もう日が傾いていた。

「…ありがとうコルドちゃん。ごめんね…服、濡らしちゃったわ」

 泣きらした赤い顔。少しかすれた声。それでもローズねーちゃんは、美人だ。

「いいよ。それより…」

 赤い目元にそっと触れる。

「コルドちゃんの手、気持ちいい・・・」

 溜息を吐いて目を閉じるねーちゃん。

「ローズねーちゃんの目が腫れてンの。ちゃんと冷やさないと大変だよ」
「化粧で誤魔化すからいいわ」
「駄目。ほら、放して。タオル濡らして持って来るから、目冷やしなよ」
「イヤっ」

 ツンと赤い唇を尖らせ、子供みたいなことを言う。

「あのね、嫌じゃないでしょ。後で困るのはローズねーちゃんなんだから」

「コルドちゃんのイジワル」

 涙の跡の残る熱いほっぺたを挟み、

「ねーちゃん」

 青灰色の瞳を覗き込む。

「…キスしてくれたら放してあげる」

 甘えるような声。仕方ないから、チュッとローズねーちゃんの額へとキスを落とす。

「ふふっ、あたしのこと好き?コルドちゃん」
「好きだよ」
「じゃあ、コルドちゃんが大きくなったらあたしと・・・一緒に暮らしてくれる?」

 潤む青灰色の瞳・・・

「いいよ。結婚はできないけど、家族になってあげる。ロザンナ姉ちゃん」

 その、望む答えをあげる。ロザンナは、ローズねーちゃんの本名だ。

「ありがとう、コルドちゃん」

 お返しとばかりに、

「大好きよ」

 唇が赤い唇についばまれた。

「…さ、放して」
「もうっ、可愛くないわ。もっとこう、照れるとか赤くなるとか慌てるとかの可愛い反応はしてくれないの?コルドちゃんは」
「…ローズねーちゃん」

 呆れた視線を返して目尻の涙をそっと拭うと、

「わかったわ」

 やっと手を放してくれた。

 下へ降り、水を張った桶とタオル、水、お菓子を用意してローズねーちゃんの部屋へ戻る。

「ほら、水飲んで」
「んっ…ぷはっ」

 水を一息であおったねーちゃんにお代わり、そして濡れタオルを渡す。

「ぅ~、目がひりひりする~」

 目元へタオルを当て、愚痴るねーちゃん。

「早く冷やさないからだよ」
「喉もちょっと痛~い」

 甘えた響きの、少し掠れた鼻声。

「いっぱい泣くとそうなるね」
だる~い」
「疲れたんでしょ」
「コルドちゃんが冷た~い」
「それは元から」

 名前通り冷たい、とはスノウによく言われる。

「ふふっ、今のはウソよ。コルドちゃん、ホントはとっても優し、もがっ…」

 ねーちゃんの口に飴を放り込む。

「なっ…あ、甘い」
「蜂蜜入りの飴。喉にいいんだよ。暫く舐めてたら喉も良くなる。お菓子持って来たから、喉が治ったら食べよ」

 泣くのには体力が要る。相手をする方も・・・

「コルドちゃん、慣れてる?」
「なにが?」
「こういうの…」
「ローズねーちゃんに泣き付かれるのは、確か…これで七回目だからね」

 初めて泣かれたのは、約五歳?くらいのとき。最初は滅茶苦茶驚いて、なにもできなかった。普段は抱き締めるだけで済むけど、泣くとローズねーちゃんは子供っぽくなる。

 そして、家には泣くチビもいる。
 ウェンやレイニーは当てにならない。ホリィだって、いつでもスノウを見ているワケじゃない。面倒だが、泣いた後の女の子の世話はある程度慣れてしまった。
 ・・・ステラはかく、スノウは甘やかしてやらんけど。

「そう…だったかしら?」
「そうだよ。あと、今日はもう休みね」
「え?」
「ババアには、オレがローズねーちゃんめっちゃ泣かして顔真っ赤に腫らしてて、不細工だからって言っといた」

 アンタが来るとローズが使いもんにならなくなって困る。と、文句を言われたが・・・ババアはり手だが、元は高級娼婦だ。
 こういう時間も必要だと、充分に理解わかっている。嫌な顔はしても、無理は言わない。

「ふふっ、もう…ヒドいわ、コルドちゃん。不細工は、無いんじゃないかしら?」

 ブラシを片手に、ねーちゃんの後ろへ回る。汗と涙でべと付いた髪の毛をブラッシング。

「目腫れてるし、鼻もほっぺも真っ赤。髪もほつれてるじゃん」

 艶やかな長い栗毛を丁寧にいて、

「ぅ・・・正直に言うのね」

 後ろで緩い三つ編みにまとめる。

「ま、オレは…不細工でも好きだけど?ローズねーちゃんは、ね」
「っ…コルドちゃん。あなた、いい男になりそ…いえ、悪い男の方かしら?」

 悪い、男、ね…
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