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ミリーシャ嬢、今あなた暴力講座と言い掛けましたよねっ!?
しおりを挟む「では、これよりミリーシャお姉さんの暴力……ではなくて、護身術講座を始めます」
「え? あれ? 教えてくれるのは、騎士の方じゃないんですか?」
と、ミリーシャさん? の後ろに控えている騎士の人へ目を向ける。
「ええ。今回お教えするのは、わたくしです。彼らは暴漢などのやられ役を買って出てくださいましたので、後程感謝してくださいね」
「って、なにサラッと流しているのですかアーリー君っ! ミリーシャ嬢、今あなた暴力講座と言い掛けましたよねっ!?」
ハッとして声を上げるシュアンさんに、
「ふぅ……相変わらず細かいことが気になるのですね、ウェイバー様は。暴力も護身術も、そう大して変わらないと思いますが?」
やれやれとでも言いたげなミリーシャさん。
「大いに違う筈です! 暴力は単なる暴力であり、護身術は身を守る為の術という明確な違いがある筈です!」
「身を守る為に暴力に頼ることもあるので、大枠では暴力も護身の一環です。というより、このような問答など無意味に時間を消費するだけです。こんなことをしている暇があれば、まずは走りましょうか。ウェイバー様」
「なにを? ミリーシャ嬢が護身術を教えるのではありませんか?」
「ええ。ですが、まずは体力作りが必須かと。ほら、ウェイバー様ってひ弱じゃないですか。この間お倒れになって、回復に時間が掛かりましたし。普段から体力作りをしておけば、身体が丈夫になりますので」
「あ、あれは……その、少々環境の変化があったからで……ご迷惑をお掛けしました」
どうやら、シュアンさんは胃だけじゃなくて身体もあんまり丈夫じゃないみたい。胃薬はお腹の症状を聞いてからにしようと思っていたけど……各種症状別のものを数種類と、他にも滋養強壮に効く食べ物を差し入れしよう。
「いえ、お気になさらず。ただ、それ程の軟弱さでは、ネロ様の補佐というハードワークが務まるとは到底思えませんので」
「それは……」
「ということで、まずは演習場の中を十周走ってみましょうか」
「十周もですかっ!?」
「いざというときに走って逃げられず、敵に捕らわれて困ることになる、とは思いませんか? ウェイバー様」
「っ!?」
「それに、騎士以外の使用人でも、いざというときにネロ様とネレイシア様を抱えて走れるようにと、数十キロの錘を抱えて走る訓練をしている方もおります。中には、殿下方が大きく成長しても宜しいように、百キロの樽を背負って走る剛の者もおりますよ?」
成る程。確かに、王子様と王女様はまだ小さい。本人達が走って逃げるより、大人が抱えて走った方が速いということか。
「わかりましたっ、走れば宜しいのでしょうっ!? 走れば!」
ヤケクソのような返事。
「ええ。では、走り終わったら休憩を。その間に水分と塩分補給をお忘れなきよう」
「はい!」
と、俺は演習場の中を走り始めた。シュアンさんも、嫌そうな顔で走り始めた。ミリーシャさんは……いそいそと演習場を出て行ってしまった。なにか別の用事ができたのかな?
八周目からちょっとキツいかな? と思ったけど……サクッと走り終えて今は休憩中。
一周目から五周目まではどうにか走っていたシュアンさん。けど、六周目からは明らかにペースダウン。七周目からはよろよろしていた。大丈夫かな?
「シュアンさん、お水飲みます?」
「……まだ、走り終えて……い、ません。ので……」
ぜぇぜぇとした荒い呼吸の合間の返事。
「えっと、倒れちゃったら元も子もないので、少し休みましょう」
そう言って、独断でシュアンさんを休ませることにした。
ミリーシャさんはいないけど、騎士さん達はいる。騎士さん達も寄って来て、手を貸してくれた。なので、大丈夫だろう。怒られるなら、俺も一緒に怒られます。
「……すみ、ません……」
「いえ、病み上がりなら体力が続かないのも無理はありませんからね。下手に無茶をして、身体を壊してしまうことの方が怖いです」
「……ありがとう、ございます……アーリー、君」
「いえいえ、困ったときはお互い様です。なので、今度俺が困っているときには力を貸してくださいね?」
「はい、必ずや……」
「お水は飲めますか?」
と、シュアンさんにレモン水を飲ませて休憩していると……
「……中座してしまい、申し訳ありませんでした。では、護身術講座を再開させて頂きます」
すっごくしょんぼりした顔の、なぜか侍女服姿のミリーシャさんがやって来た。
「えっと、ミリーシャさん? いつお着替えに? というか、先程のパンツルックじゃなくて大丈夫なんですか?」
「……これは、ウェイバー様とアーリー君が走っている間は暇なので。急いで着替えてネロ様のところへ戻っていたのですが……『護身術講座が最優先事項だと伝えましたよね? その間は、通常業務も免除ですよ? 無論、貴方もです。ネロ様に言い付けられたくなければ、とっとと戻りなさいミリーシャ』と、侍女長に追い返されてしまいました……」
あ、ネロ様のところへ行っていたんですか。というか、侍女服は裾が長めとは言え、スカートなのが非常に気になるんですけど……
「というワケで、わたくしはさっさとネロ様とネレイシア様の護衛任務兼侍女に戻りたいので、早く護身術を覚えてください」
「え? ミリーシャさん、ネロ様と王女様の護衛だったんですかっ!?」
「はい。侍女として兼務しておりますが、わたくしの本来の任務は殿下方の護衛です。故に、ウェイバー様とアーリー君への護身術講座を任されました」
「そうだったんですか」
「はい。ということですので、ウェイバー様。わたくしがネロ様のお傍へ侍る時間が刻一刻と減って行くので、へばっていないでさっさと立ち上がってくださいませ」
真顔で、なかなかに厳しいことを告げるミリーシャさん。
「ゆっくり、早歩きくらいの速度で歩いても構わないので……そうですね。ウェイバー様は、あと演習場を五周追加」
「ええっ!? その、シュアンさんは病み上がりなんですよね? もう少し、軽めにしてはどうでしょう」
「大丈夫です、ウェイバー様が軟弱なのは事実ですが。特に運動制限が必要という程身体が弱いワケではありません。医師のお墨付きを頂いております。ウェイバー様がへばっているのは、単なる運動不足です。運動不足解消には、運動が一番。ということで、さっさと立ち上がってくださいませ。一刻も早くわたくしが、ネロ様とネレイシア様の許へ戻れるように!」
えっと、ネロ様とネレイシア様は、ミリーシャさんにとっても慕われているようです。
「アーリー君も、どの程度走れるかを見てみたいので走って頂けますか?」
「あ、はい」
と、こうして護身術講座の初日は、たくさん走らされました。
翌日の筋肉痛がつらかったです。でも、俺よりもシュアンさんの方がもっと大変そうでした。
✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰
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