上 下
73 / 157

初めまして。妾腹で、なんの将来性も無い第二王子のシエロと申します。

しおりを挟む



 年端も行かぬ少女に蹴り潰されて痛い目見てろっ、あの恥晒しのクソ野郎がっ!!

 ハッ! わたしとしたことが、クラウディオ殿下が痛い目を見ればいいなどと思ってしまった!

 いや、でもあの野郎わたしのことあっさり切り捨てたよな? だから少しくらい、クラウディオ殿下を恨んでも……

 どれくらいそうして考え事をしていただろうか。

 訊問を開始すると騎士に言われた。

 馬車の中は狭いからと、訊問の為に用意した……領主の屋敷の部屋で待たされて――――

 部屋に入って来たのは、護衛や付き人を引き連れた子供だった。

 銀糸のような髪に水色の瞳。少年のような服装をしているが、少年だとも断言できない。男装をしている少女だと言われても通じそうな麗しい容姿をした子供。

 その後ろに控えているのは、先程クラウディオ殿下に粉を掛けられていた赤髪の少年。その隣には、これまた見事な美貌の黒髪の少年。

 正面に座った少年の水色の透き通った視線がわたしを見据え、

「初めまして。妾腹で、なんの将来性も無い第二王子のシエロと申します」

 挨拶の後に続けられた言葉に、絶句した。

 第二王子の使いの者が訪れていた……ということは、第二王子が近くに来ていてもおかしくない。むしろ、今晩の宿を求める為に、この屋敷に来ていたとしたら?

 もしかすると……いや、これはもう既に先程のクラウディオ様とそこの従者とのやり取りを詳細に報告されているということかっ!?

 まずいっ、これは非常にまずいっ!!

 いや、そもそも他国に破壊工作をしに訪れている時点でこちら側が悪いのだが。それは判っている。

 しかしシエロ第二王子の自己紹介で、いきなり鳩尾にボディーブローを食らった気分だ。

 クラウディオ様が悪口を言った後に、その第二王子ご本人の登場とは、非常に気まずい。

 状況的に、色々と詰んでる……

 終わった……という気分だ。そもそも、クラウディオ殿下に性犯罪者だと示され、囮として切り捨てられた時点でかなり終わっているのだが。

 下手をすると、訊問や拷問などぶっ飛ばして不敬罪でこのまま斬首……なのかもしれない。屈強な騎士も側に控えているし。十二分にあり得る。

 両親よ、先立つ不孝をお許しください……

 不幸中の幸いなのは、こちらの国にはまだクラウディオ殿下の身分がバレていないということだろう。さすがに、クラウディオ殿下を王太子だと知っていて、あのように人身売買や性犯罪者として似顔絵で手配までするような真似はしないだろう。

 知っていてやったとしたら、我が国を敵に回しての国際問題だ。

 ・・・我が国の方が、この国を怒らせ、敵に回すような行動を先に取っているのだが。

「あなたの名前は?」

 と、わたしへ問い掛けるシエロ第二王子。

「……」

 なにも答えられずに口を噤んでいると、

「だんまりですか」

 溜め息と共に落ちるボーイソプラノ。

「その……彼が口にしたことについては、謝罪致します。大変申し訳ございませんでした」

 居た堪れなくなり、頭を下げる。シエロ第二王子を侮辱したのはクラウディオ殿下だが、先程の……粗野なのか理知的なのか判断に困る威勢のいい少女が言っていたように、殿下を諫めなかったわたしにも連帯責任がある。

「そうですか。ところで、質問なのですが」
「そのことについても。申し訳ありませんが、わたしはなにも話すつもりはありません」
「撫で斬り、という言葉がどういう意味か知っていますか?」

 話さないとの答えも気にした様子も無く、シエロ第二王子が淡々と続けた。

 その言葉が意味することに、サッと血の気が引く。

「っ! そ、それは……」
「現在ここの領主には、隣国の間諜をしていたという疑いが掛かっているそうです。そして先程、『ならば屋敷内の者を拘束し、撫で斬りにしてしまえばいい』というのを聞いてしまったので。この屋敷の者達は、どうなってしまうのでしょうか?」
「無関係の人や女子供もいるのですよっ!?」

 思わず声を荒げると、

「?」

 シエロ第二王子はきょとんと首を傾げた。彼はまだ、『撫で斬り』の意味するところを知らないのだろうか?

「無関係の人や女性、子供がいたらなにか?」
「……な、撫で斬りというのは、皆殺しという意味です」

 わたしの言葉に、シエロ第二王子は表情を動かさない。

「無関係な人達まで殺してしまうというのですかっ? あなたは第二王子殿下なのでしょう? あなたなら、そんな暴挙を止められる筈です!」
「……俺は、将来性も無い妾腹の王子ですからね。そんな権限を持っているとでも?」

 そう言って、シエロ第二王子が黙り込む。

 この国を貶める画策をし、実行していたクラウディオ殿下やわたし、それに加担した貴族達が露見して報いを受けるのは自業自得だ。そのこと自体は仕方ないことだと思う。

 しかし、この屋敷に住んでいるのは、わたし達に加担した領主だけではない。夫人や子息達もいる。住み込みで働いている使用人達だっている。そして、その家族達がいる。いや、彼らのことを思うのなら、クラウディオ様に加担などするなとは思うが……

 だが、一先ずそのことは棚上げだ。数十名から、下手をしたら三桁に上る程の無関係な女性や子供達が、わたし達のせいで……この屋敷の住人達が全員、殺されてしまう。

 何度か出入りして、顔見知りになった人がいる。挨拶を交わした人がいる。屋敷内を走る子供の姿を見たことがある。

「っ……わかり、ました……領主と執事。そして、他数名だけです。それ以外の者達は、無関係な筈です。他の人達を罰するのは、どうかやめてください。お願いします」

 頭を下げて、そう言った。

「・・・だとよ、どうする? ネロ」
「そうですね。こちらとしても、関係者が誰だか判るのは嬉しいことですね」
「……ネ、ロ?」

 シエロ第二王子の問い掛けに応えた後ろの、黒髪の子供を凝視する。

 その、名前は確か……

「ええ。わたしは、こちらのシエロ兄上の弟でネロと申します」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?

月白ヤトヒコ
ファンタジー
腹違いだという妹の、 『あぁ・・・生シエロたん、しかも無垢なショタバージョン、マジ尊い♥』 その意味不明な筈の言葉を聞いた途端、『俺』は前世で姉貴から頼まれたBLゲームを買う道中で死んだことを思い出した。 しかも、生まれ変わった先は件のゲーム。ヤンデレ好きご用達レーベルの、最良でメリバしかない鬼畜BLゲームに転生していたっ!? 鬼畜、ヤンデレ、執着監禁親父、ストーカー、メンヘラ、拷問好きサイコパスという攻略対象達から命と貞操と尊厳を守るため…… 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』 メリバ、バッドエンド、死亡フラグを回避して、俺は普通の恋愛がしたいんだっ!! ※BLゲームの世界に転生という設定ですが、BLを回避する目的の話なので男性同士の絡みはありません。あしからず。 会話メイン。設定はふわっと。

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

婚約破棄はいいですが、あなた学院に届け出てる仕事と違いませんか?

来住野つかさ
恋愛
侯爵令嬢オリヴィア・マルティネスの現在の状況を端的に表すならば、絶体絶命と言える。何故なら今は王立学院卒業式の記念パーティの真っ最中。華々しいこの催しの中で、婚約者のシェルドン第三王子殿下に婚約破棄と断罪を言い渡されているからだ。 パン屋で働く苦学生・平民のミナを隣において、シェルドン殿下と側近候補達に断罪される段になって、オリヴィアは先手を打つ。「ミナさん、あなた学院に提出している『就業許可申請書』に書いた勤務内容に偽りがありますわよね?」―― よくある婚約破棄ものです。R15は保険です。あからさまな表現はないはずです。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた

月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」  高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。  この婚約破棄は数十分前に知ったこと。  きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ! 「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」  だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。 「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」 「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」 「憎いねこの色男!」  ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。 「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」 「女泣かせたぁこのことだね!」 「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」 「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」  さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。 設定はふわっと。 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...