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ヴァンパイア編。

135.とりあえず、これは聞かせて。

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「手前ぇら、いい加減、しつこいンだよっ!!」

 逃げるバカを、カトラスを振り回して追い掛ける。もう、怪我をさせてしまうだとかの配慮は一切しない。奴には、全く当たらないからだ。

「手前ぇがさっさと話しゃ済むことだろっ!?」

 そう。男とは話さんなどという馬鹿馬鹿しいことを今すぐ止め、さっさとアルのことを話せばいい。
 だというのに、このバカが逃げ回ってばかりで、一向に話す気配が無い。

 そして、追い付けない。

「このっ、下衆げす野郎がっ…!」

 雪路も半ば意地になって追い掛けているが、二人掛かりでもあのバカを捕らえられない。

 今なら、アルがコイツにマジ切れしていた理由も、非常によくわかる。兎角とかくこのバカは、他人を苛つかせるのが上手い。

「仲間の心配をしてなにが悪いっ!? アルの奴に聞いても、いつもはぐらかしやがンだよ!」

 そう言ったときだった。

 蘇芳すおうの瞳が、初めて俺を見た。瞬間、剣へと衝撃が走り、ガクンと右腕が下がった。

「っ!?」

 気付いたときには、カトラスが奴のブーツに踏まれて甲板へと固定されていた。右腕が肩の方からじんと痺れている。傷めたかもしれない。

「はあ? 馬鹿か手前ぇらは」

 低い声が言ったときには、褐色の腕に胸倉が掴まれていた。たった今までへらへらして、俺と雪路をバカにした態度だったのに、目前で見下ろすくらい赤に浮かぶのは、冷たい怒り。

「仲間だから、心配しているから、自分達になんでも曝け出せってのは、暴論じゃねぇのかよ? それは単なる自己満足だろうが。手前ぇらの心配とやらが、なんの役に立つ? それとも、手前ぇらが心配すりゃアルゥラが治るとでも?」
「それはっ・・・」
「ハッ、そりゃあ凄いことだな? だったら、幾らでもアルゥラの心配してくれよ。さぞや早く、アルゥラが良くなってくれるだろうな」
「っ・・・」

 ヒヤリとした鋭く低い声に、なにも返せない。雪路も悔しげに顔を歪めている。

「俺はな、女が嫌がることはしねぇって決めてンだよ。女の嫌がることをするのは、クズのやることだからな。俺は、アルゥラを・・・・・傷付けないと・・・・・・誓った・・・。そもそも、アルゥラが話さないことを、他人が勝手に語っていい筈が無ぇだろ。それに・・・女は多少秘密めいていた方が魅力的だっ!! そして、女のその秘密ごと愛する格好いい俺っ!!! フッ、さすがは男の中の男だぜっ・・・」

 途中から変なことを言い、自己陶酔し出したトール。なんつうか、こう・・・コイツにクズ呼ばわりされるとは、酷く屈辱的だ。

「そんなことも判らねぇバカな手前ぇらとは違って、俺は度量が広いからなっ!」

 ・・・心っ底っ、殴りてぇっ!?

「! っ、と」

 握り締め、振り切った拳があっさりと避けられる。既に胸倉は放され、トールは退っている。

「チッ・・・」

 なぜコイツに、攻撃が当たらないのか・・・

 アルが躍起になっていた理由が、非常によくわかる。かく、ぶん殴らないと・・・というか、痛い目に遭わせねぇと気が済まん!

 きっと雪路も、俺と同じ気持ちなのだろう。猫の瞳がギラギラとしている。

※※※※※※※※※※※※※※※

 少し止んでいたドタバタが、また始まった。

 それでも、アルちゃんは身動みじろぎ一つしない。
 まあ、前にクラウド君の血を飲んだ後には、ゆっくりと仮死状態になって、数日間は目を覚まさなかったんだけど・・・

五月蝿うるっさいわね」

 苛立たしげに呟くハスキー。

 朝だから不機嫌なのかもしれない。アマラは基本、昼夜逆転の生活してるし。

 まあ、五月蝿いというのは同感だ。

 あのバカ共は・・・

 アルちゃんの寝ているベッドのカーテンをしっかりと閉める。これでよし。

 ドアの方へ向かい、カチャリと開ける。と、

「「「ジンっ!? アルの様子はっ!?」」」

 バッと俺を見るヒュー、ミクリヤ、カイルの三人。そして、暗い赤色の視線。

「アルゥラは?」

 カイル以外のバカ共を一瞥し、

「五月蝿いんだよ君達はっ! 怪我人が寝てるってのに、ドタバタ騒ぐなっ!」

 怒鳴り付ける。

「「っ!?」」

 ギクリと、気まずげな顔でトールを追う足を止めるヒューとミクリヤの二人。

「トール、聞きたいことがある。少しいいか?」
「・・・」

 医務室を顎で差すと、無言で後に続くトール。静かにドアが閉められる。

「アルちゃんに、なにがあった?」
「・・・」

 答えない。なので質問を変える。

「アルちゃんは頭痛を起こした?」
「・・・ああ」

 低く、沈痛な面持ちで頷くトール。やはり、コイツのアルちゃんへの心配は本物のようだ。

「そして、あの淫魔のヒトの血を飲んだ?」
「知らん」
「頭を怪我していたりはしない? 額の辺りから、血の匂いがした。傷は無いようだけど」
「・・・そう、か」

 瞑目するように閉じる暗い赤。

「アルは、どのくらい酷かった?」

 トールを鋭く見詰めるアイスブルー。

「・・・痛みに耐性が無い奴なら、ショック死か発狂するレベルの痛み……だそうだ」
「・・・それで薬が効かないんじゃ、地獄の苦痛を味わうんだろうな」

 アルちゃんの、苦しげな顔を思い出す。

「・・・今まで、アルゥラはどうしていた」

 低く沈んだバリトンが聞いた。

「頭痛が始まると、自傷しないよう肉体的ダメージで意識を刈り取っていたらしい」
「っ!?!? アルゥラ・・・」

 ギシッ、と歯を強く噛み締める音がした。

「・・・トール。とりあえず、これは聞かせて。アンタが言っていた、可憐な人魚とやらは無事なの?」
「なぜ美女モドキが人魚のお嬢さんの心配をする」
「同族だから。そしてわたしは、あの子にアルを任されたから」
「・・・怪我をしてふらついてはいたが、自分で動けていた。とても、痛そうだったが・・・」
「・・・人魚が怪我?」

 眉を寄せるアマラ。

「ん? ああ。彼女も心配だが・・・」
「へぇ・・・それじゃあ、リリアナイトあの子の船はどこの海域にあったの?」
「? 聞いてどうする」

 トールがアマラを見た。

「そこへ近付かない為。わたしは、リリアナイトあの子からアルを預かった。だからわたしには、アルに対する責任がある。そして、この船の進路と運行を決めているのはわたしだ。知らないと、アルを危険に晒す可能性がある。答えてもらわないと困る」

 暗い赤を見据える真剣なアイスブルー。パチンと細い指が鳴ると、地図が現れた。

「わかった。船があったのは・・・」

 そしてトールが、地図を指して鬼百合ちゃんの船があった海域を答えた。

「・・・そう。なら、その辺りの海域には近付かなければいいのね」

 苦々しげな美貌がじっと地図を見下ろす。

「ありがとう。もう行っていいわ」

 アマラが言うと、

「アルゥラが目を覚ますまでは、滞在したい」

 トールが滞在許可を求めた。

「騒がしくしないこと。船の物を壊さないこと。アルへ近寄らないこと。この医務室には立ち入り禁止。それが条件。守れないなら、許可はしない」
「わかった。それでいい」

 アマラの条件に頷いたトールが、静かに部屋を出て行った。あのバカなら、もう少しごねると思ったけど・・・案外あっさり条件を飲んだな?

 なぜかと考えていたら、

「このバカ小娘がっ・・・」

 低いハスキーがアルちゃんを罵った。

「どうかした? アマラ」
「なにが内陸部に向かう、だっ! 確りと、パーティー会場はあの百合娘の船じゃない! オマケに、海にいる人魚・・・・・・が、怪我をして痛そう? そんなこと有り得ないでしょっ!?」
「アマラ?」
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