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ヴァンパイア編。

131.・・・相変わらず、度し難い程愚かだな。

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 とりあえず、状況は把握した。

 けど・・・ああ、頭が痛い。

 脈拍に合わせて、ガッツンガッツン! 痛覚神経をハンマーでぶん殴られている感じ。

 この激痛、心臓が弱かったり、痛みへの耐性が低い奴なら、とっくにショック死か発狂しているレベルの痛みだって・・・

 それに、頭が一番痛いから判り難かったけど、胸も痛い。あのしるしが消えて火傷をしている・・・のは仕方ないとして、胸骨もヒビくらい入ってないか?
 右肩は脱臼しているしさ?

 あちこち、ぼろぼろじゃないか。

 ふらふらする。

 本当に、心底から気分は最悪だ。

 女の子になんて扱いをするんだ。

 まあ、想定していた最低最悪の状況・・・・・・・でないことは、素直に僥倖ぎょうこうだと言えるけど・・・

 それにしても、あのイリヤに笑顔を向けられるだなんて、考えもしなかったよ。

 全く・・・

「ところで、誰がクズだって?」
「君に決まってるだろう? イリヤ」
「減らず口」
「君とまともに会話をしてくれるような奇特な奴は、なかなかいないと思うんだけどな?」

 イリヤは、会話自体が嫌いなワケじゃない。単に、気に入らない相手とは、会話をしないだけだ。それで必然的に、会話ができる相手が非常に少ない。

「・・・」

 図星のようで、嫌そうな顔で口を閉じるイリヤ。

 額に手をやり、俺の血を入れて血晶けっしょうにする。

「それで、オレをどうするつもりだ? イリヤ」
「俺? 君、そんな喋り方をしてた?」

 怪訝な顔をするイリヤ。

「悪い?」
「別に。どうでもいいよ。僕は君になんか興味無いし。どうでもいいんだから」
「あのさ、興味無いなら、放っといてくれない? 君が殺したいのは純血の連中だろ。オレは、君の殺意の対象には入らない筈だ」

 イリヤが放っといてくれれば、こんなにぼろぼろになることも、俺が出て来ることも無かったのに。

「なにを言ってるの? ルチル。僕は、君自身には一切興味は無い。でも、君に流れているのはアークの血・・・・・だ。そんな君を、僕が手放す筈ないだろう。恨むなら、ローレルを恨みなよ? 君を、アークに逢わせたっ…ローレルをさ!」

 金眼にたぎる憎悪の色。

「それで、オレをどうするつもり?」
「僕と来い。ルチル。君は僕のモノだ。僕から逃げるなんて、ゆるさない」
「オレを、殺したクセに」
「君は僕が血を与えて・・・・・、名前まで付けた僕のモノ・・・・なんだから、僕が君をどうしようと僕の勝手だ。アークを見付けるまで、僕の傍にいろ。ルチル」

 ああ、本当に・・・

「・・・わかったよ。イリヤ」

 君が昔から、何一つ変わってないことを。

 本当に君は・・・

「アレク様っ!?」
「アルゥラっ!?」

 上がる声を無視して歩を進めると、ゆるりと嬉しげに弧を描く薄い唇。

「君へ血を提供すればいいんだろう?」

 手を開いて、血晶をイリヤへ差し出す。

「血晶? 手を出しなよ。飲ませろ」

 金眼に点る、赤い煌めき。

「嫌だよ。君、ぼろぼろじゃないか。そんな状態で吸血キスなんかされたら、君に殺される。また・・君に殺されるなんて、絶対にいやなんだけど?」
「・・・殺しは、しない。まだ、君は・・・アークが、見付かるまでは・・・」

 戸惑うような低い声。

「なら、我慢できるの?」
「・・・」

 イリヤは不満そうに血晶を受け取ると、それを口へ含む。そして、ゴクリと飲み込んだ。

「? なんか、味が・・・?」
「・・・眠りなさい。イリヤ」
「・・・ルチル?」
「眠れ。深く。死んだように。深く深く。その意識を。奥底へと沈めろ」
「な、にを・・・?」

※※※※※※※※※※※※※※※

 急激な、強い眠気、が・・・

 ゆらり、と揺れる視界。

 力が抜けて傾いだ身体が、細い片腕にふっと受け止められる。柔らかい感触と、ふわりと香る甘い血の匂い。

「おやすみなさい。イリヤ」

 耳元に囁かれるのは、魔力のこもる言葉。

「いい夢を、魅せてあげる♥️」

 どこか、聞き覚えのあるような・・・とても女らしい、色気を含んだ甘ったるい、声の、響き、が・・・?

「! お、前っ…ルージュ、エリアルかっ…」
「正解♥️この子の血で、あたしの血をくるんだの。強力な眠りを付与した、あたしの血を。普段のあなたならいざ知らず、今の弱っているあなたになら、よく効くんじゃないかしら?」

 クスリと、ルチルの声が妖艶に笑う。

「なん、で…お前、が…ルチル、に…」

 とろりとした眠気に落ちそうになる意識の中、

「言ったでしょう? イリヤ。あたしの子供に手を出さないでって」

 ルチルの声で、ルージュエリアルが言う。

「お前、の・・・?」
「ナイトメアのメアには、馬のいななきって意味があることを、知らないワケじゃないでしょ?」

 ナイトメア。
 それは、夜に聞こえる馬の嘶きを意味する言葉。
 その昔。夢魔は、馬の形をしていると信じられていた。悪夢を連れて来る、目には見えない、邪悪で淫蕩・・・・・とされる、馬の形をした悪魔・・・・・・・・を指す言葉。

 そしてバイコーンは、邪悪で淫蕩とされる・・・・・・・・・角が二本ある馬・・・・・・・のこと。

 ユニコーンは、そのバイコーンの亜種。

 つまり・・・

「ルチル、は…お前、の・・・」
「そう。可愛い可愛いあたしの子供の一人。だからこの子は、あたしの血筋のモノとは相性がいい。こうして、意識を乗っ取ることができるくらいには、あたし自身ともね?」
「っ・・・」

 なぜか、湧き上がる怒り。

「返、せっ…ルチル…は、僕の…」
「・・・相変わらず、度し難い程愚かだな。君は」

 怒気で一瞬散った眠気が、また襲って来る。

「だ、れ…がっ…」
「その感情の意味を知らない君が。ローレルもアークも、あたしだって、とっくの昔に気付いていた。知っていた。理解してないのは君だけだ。イリヤ」
「・・・?」

 音が、段々と遠くなって行く。

「初対面のバイコーンの子だって、人魚の子だって、すぐに判ったことを」

 とろりと瞼が重く・・・

「そもそもヴァンパイアは」

 意識が、

……………愛するモノの血を欲し」

 閉じて行く・・・

……………愛するモノ…………自分の血……………満たしたいと願う……………因果なモノ、だろう? ねぇ、イリヤ。あなたは、アークとアルの…………どっちに……………嫉妬してたんだろうね? まあ、考えたことも無さそうだけど」

 ルージュエリアルが、僕へなにを言ったのかはわからないままに・・・

「そんな・・・あなたみたいな愚か者に、あたしの愛し子を渡して堪るか。寝てろ」

 闇へと、ゆっくり堕ちて行く・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・

__________

 ということで、またまたネタバレ回です。

 キーワードは、ヤンデレ・愛憎・執着。
 イリヤは馬鹿ですねー。ローレルやアーク、夢魔のヒトが怒るワケです。
 そして、夢魔のヒトが途中からアルを乗っ取ってました。
 もしかして、アルって実は夢魔のヒトの子孫なんじゃ・・・と思っていた方もいるかもしれませんね。

 ちなみに、ナイトメアがバイコーンの~というのは、書いてる奴のオリジナルです。呉々も鵜呑みにはしないでくださいね?
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