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ヴァンパイア編。
119.アダマスの血の匂いが主張して香り立つ。
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塞がれた唇。その隙間から、強い魔力に満ち溢れた血が注ぎ込まれる。
飲み込むのはマズい! と、口を閉じたのに、その血液が意志を持って喉奥へと滑り落ちて行った。瞬間、鼻に抜ける血の匂い。くらりと目眩にも似た酩酊感。
ふっと力が抜けると、血液を纏った舌が唇を割って入り、オレの舌に血の味をぬるりと擦り付けた。
口の中に広がる、血の味・・・
眼鏡越しに、灰色の浮かぶセピアの瞳が赤みを帯びて艶めき、嬉しげに細められた。
ああ…兄さんが、歓んでいる。
瞼がゆっくりと重くなる。
ヴァンパイアにとって、愛しいモノの血は甘露。
そしてオレは、自分を愛してくれるヒトの血を甘露と感じてしまう。愛情はとても、美味しい。
愛されることは心地よい。
愛しいヒトの血に溺れ、愛しいヒトを自分の血で満たすことは、ヴァンパイアの本能。
頭が痺れる程…甘い甘い、兄さんの血。
飲み込んではいけないと判っているのに、もっと飲みたくなってしまう。
渇いていなかった筈の喉が鳴る。
血を流す舌を、ゆるりと追ってしまう・・・
「アレク様っ!!!」
酔い始めている頭にソプラノの声が響き、ふわりと柔らかい身体に支えられた。
「・・・リリアナイト」
次いで、低く冷えた声がした。
「フェンネル様っ!? アレク様へ無理強いするのはおやめください!! ご無事ですか? アレク様?」
覗き込むアクアマリン。
「・・・リ、リ」
どうやらリリに引き寄せられたようだ。
口の端を伝う血液混じりの唾液を手で拭い、くらりとする頭を軽く振って顔を上げる。
「大、丈夫。ありがと。…兄さん、わざと?」
「ええ。ブレーキが必要だと思いまして。貴女達のことになると、どうも僕は自重するのが難しいので・・・しかし、予想していたよりも腹立たしく感じるものですね? 貴女と引き離されるのは」
柔らかくオレを見下ろすセピア。けれど、その瞳は未だ赤みを帯びて艶めく。欲望の熾火。
そして多分、オレの瞳にも・・・
呼気に香る血が、喉を疼かせる。ぺろりと唇を舐めると、兄さんの血の味がした。
ふわりとした酩酊感の名残。
駄目だ。酔うな。醒ませ。
自制しろ。我慢だ。
「はぁぁ・・・」
燻る熱を逃がすように、深呼吸。少しハッキリした頭で、兄さんを見上げる。
「・・・せめて、心構えくらいさせて」
いきなり兄さんの血を飲まされるのと、それなりに覚悟してから血を飲むのとでは、酔い方が違う。
覚悟をしてから飲むと、多少は酔い難い。
「直飲みはキツいんだから。兄さんの血を飲めっていうなら、血晶で充分な筈だ」
兄さんの血晶を取り出し、手を広げて見せる。
血晶で摂取するのと、直に血を飲むのとでは、味や香りと熱、そして含まれる魔力の量が違う。
兄さんの血は、オレには濃い。強過ぎる。
酔う前なら飲むことを自制できる。しかしオレは、容易く兄さんの血と魔力とに酔ってしまう。
飲み過ぎると確実に身を滅ぼすと判っていても、酔うとあの血を飲まずにはいられない。もっと欲しくなる。
「すみません、ロゼット。少々我慢が利きませんでした。貴女から、リリアナイトの血が香っていたもので。少し……嫉妬してしまいました」
冷えた色でチラリとリリを見やり、にっこりとオレへ優しく微笑む兄さん。
どうやら、オレが兄さんの血を自分から飲むとわかって、機嫌が良くなったようだ。
「フェンネル様…」
怒りの滲むソプラノが低く兄さんを呼ぶ。
「リリ。いいよ」
これくらいは、想定内だ。
むしろ、まだ序ノ口と言える。この程度で酔っていては、兄さんを振り切ってアマラの船へ帰ることなど、できはしない。
「ですがっ・・・」
前に出ようとしたリリを抱き締めて止める。
「リリ、お願いだからやめて」
「わかり、ましたわ…アレク様」
不服そうに頷くリリ。
「・・・では、ロゼット。こちらへ」
微笑みながら手を差し出す兄さん。
「リリアナイト。ロゼットを僕の部屋へと移動させてください。ロゼットの素性がバレるのを防ぐ為、軽く変装をして頂きますので」
「変装って?」
「アイマスクで隠れるのは目元だけですからね。貴女のその、美しい月色のプラチナブロンドは、美しいが故になかなか特徴的ですから」
「染めるの?」
「いえ、染色で貴女のその美しい髪を傷めるなど、そんなことは絶対にさせません。椿が悲しみますからね。ちゃんとウィッグを用意しています。まあ、ウィッグで隠すのもどうかとは思いますが・・・身バレ防止の為ですからね。僕も、我慢します」
ヅラか・・・っていうか、我慢するのはオレじゃなくて兄さんなんだ? まあいいけど。
「・・・だから、ワインレッドなワケ?」
オレにやたら白や淡色を着せたがる兄さんが、今回は珍しく濃い色のドレスばかりを寄越して来たから不思議に思っていたが、そういう意図か。
まあ、他のドレスは動き難かったり、デザインが可愛過ぎたので選ばなかったけど・・・
「ええ。ロゼット、貴女本来の美しさを、有象無象共へ晒す必要はありませんからね。僕だけが知っていればいいと思うのです。さあ、ロゼット」
「わたくしも、参りますわ!」
促すテノールに割って入るソプラノ。
「仕方ありませんね。許可しましょう。但し、僕の侍女達をあまり邪険にしないでくださいね? リリアナイト」
そして兄さんは、余裕そうに応じた。
※※※※※※※※※※※※※※※
さぁて、どう入り込むか・・・
そう考えて豪華客船を眺めていたら、馬車が何台も船へとそのまま乗り入れて行く。
ということは、船へ向かう馬車へ乗っていれば、自動的に船の中へ入り込めるということだ。
よし、そうと決まれば、美人の乗っている馬車をナンパして乗せてもらおうじゃないか!
「美しいお嬢さん! 俺に是非とも、アンタをエスコートさせてくれないか?」
直感で女しか乗っていない馬車を選び、ヒッチハイクして呼び止める。すると、華やかに着飾った吸血鬼のお嬢さん達がクスクス笑いながら頷いた。その馬車へ同乗しさせてもらって、船の中へ。
フッ…美女が俺を呼んでいるぜっ!
あとついでに、なにかお宝があれば最高だっ!
※※※※※※※※※※※※※※※
逢い…たい。の、に、探…して、る。のに、捜してる…のに、全然、見付からない、んだ・・・
ず…っと、ずっと・・・
探して探して捜して捜して捜して探して捜して探して捜して探して捜して探してるのに・・・
君は、見付からない。
君を、見付けられない。
逢い…たいの、に。逢いたくて逢いたくて逢いたくて逢いたくて、逢いたくて…堪らないのに。
なん、で…?
どこに、いる…の?
出て来てよ? 顔を見せて?
寂しい、んだ・・・
君が、ずっと…ずっとずっといなくて・・・
胸が、痛い・・・
寂しくて寂しくて、堪らない。
なん…で、君は・・・
置いて、かない…で、よ・・・
傍に…いて、よ・・・
お願い、だから・・・
もう、独りは嫌、なんだ・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
髪の毛をまとめ上げ、黒髪のウィッグを付ける。ストレートのロングヘアだ。
姉さんを思わせるアジア系の漆黒の髪色に、ワインレッドのドレスがよく映える。
眉を黒く塗って、自分で化粧。
濃い目の口紅を塗ると、完璧に北欧系な容姿から、少しだけエキゾチックな印象が醸し出される。
これでアイマスクを付ければ、更に印象が変わることだろう。
・・・姉さん似の女性、という設定か。
姉さんを愛していると有名な兄さんが、姉さんに似た女性を選んだ…ということにするようだ。
そして、兄さんの血晶を飲み込み、純血の血の匂いと気配とを纏う。
ふわりとした酩酊感を抑え、意識を強く持つ。
普段は薄い、ヴァンパイアとしての気配が濃密に、アダマスの血の匂いが主張して香り立つ。
ドレッサールームから出ると、
「では、ロゼットの準備も整ったことですし、仮面舞踏会の開始と行きましょうか?」
兄さんが嬉しげに微笑んだ。
飲み込むのはマズい! と、口を閉じたのに、その血液が意志を持って喉奥へと滑り落ちて行った。瞬間、鼻に抜ける血の匂い。くらりと目眩にも似た酩酊感。
ふっと力が抜けると、血液を纏った舌が唇を割って入り、オレの舌に血の味をぬるりと擦り付けた。
口の中に広がる、血の味・・・
眼鏡越しに、灰色の浮かぶセピアの瞳が赤みを帯びて艶めき、嬉しげに細められた。
ああ…兄さんが、歓んでいる。
瞼がゆっくりと重くなる。
ヴァンパイアにとって、愛しいモノの血は甘露。
そしてオレは、自分を愛してくれるヒトの血を甘露と感じてしまう。愛情はとても、美味しい。
愛されることは心地よい。
愛しいヒトの血に溺れ、愛しいヒトを自分の血で満たすことは、ヴァンパイアの本能。
頭が痺れる程…甘い甘い、兄さんの血。
飲み込んではいけないと判っているのに、もっと飲みたくなってしまう。
渇いていなかった筈の喉が鳴る。
血を流す舌を、ゆるりと追ってしまう・・・
「アレク様っ!!!」
酔い始めている頭にソプラノの声が響き、ふわりと柔らかい身体に支えられた。
「・・・リリアナイト」
次いで、低く冷えた声がした。
「フェンネル様っ!? アレク様へ無理強いするのはおやめください!! ご無事ですか? アレク様?」
覗き込むアクアマリン。
「・・・リ、リ」
どうやらリリに引き寄せられたようだ。
口の端を伝う血液混じりの唾液を手で拭い、くらりとする頭を軽く振って顔を上げる。
「大、丈夫。ありがと。…兄さん、わざと?」
「ええ。ブレーキが必要だと思いまして。貴女達のことになると、どうも僕は自重するのが難しいので・・・しかし、予想していたよりも腹立たしく感じるものですね? 貴女と引き離されるのは」
柔らかくオレを見下ろすセピア。けれど、その瞳は未だ赤みを帯びて艶めく。欲望の熾火。
そして多分、オレの瞳にも・・・
呼気に香る血が、喉を疼かせる。ぺろりと唇を舐めると、兄さんの血の味がした。
ふわりとした酩酊感の名残。
駄目だ。酔うな。醒ませ。
自制しろ。我慢だ。
「はぁぁ・・・」
燻る熱を逃がすように、深呼吸。少しハッキリした頭で、兄さんを見上げる。
「・・・せめて、心構えくらいさせて」
いきなり兄さんの血を飲まされるのと、それなりに覚悟してから血を飲むのとでは、酔い方が違う。
覚悟をしてから飲むと、多少は酔い難い。
「直飲みはキツいんだから。兄さんの血を飲めっていうなら、血晶で充分な筈だ」
兄さんの血晶を取り出し、手を広げて見せる。
血晶で摂取するのと、直に血を飲むのとでは、味や香りと熱、そして含まれる魔力の量が違う。
兄さんの血は、オレには濃い。強過ぎる。
酔う前なら飲むことを自制できる。しかしオレは、容易く兄さんの血と魔力とに酔ってしまう。
飲み過ぎると確実に身を滅ぼすと判っていても、酔うとあの血を飲まずにはいられない。もっと欲しくなる。
「すみません、ロゼット。少々我慢が利きませんでした。貴女から、リリアナイトの血が香っていたもので。少し……嫉妬してしまいました」
冷えた色でチラリとリリを見やり、にっこりとオレへ優しく微笑む兄さん。
どうやら、オレが兄さんの血を自分から飲むとわかって、機嫌が良くなったようだ。
「フェンネル様…」
怒りの滲むソプラノが低く兄さんを呼ぶ。
「リリ。いいよ」
これくらいは、想定内だ。
むしろ、まだ序ノ口と言える。この程度で酔っていては、兄さんを振り切ってアマラの船へ帰ることなど、できはしない。
「ですがっ・・・」
前に出ようとしたリリを抱き締めて止める。
「リリ、お願いだからやめて」
「わかり、ましたわ…アレク様」
不服そうに頷くリリ。
「・・・では、ロゼット。こちらへ」
微笑みながら手を差し出す兄さん。
「リリアナイト。ロゼットを僕の部屋へと移動させてください。ロゼットの素性がバレるのを防ぐ為、軽く変装をして頂きますので」
「変装って?」
「アイマスクで隠れるのは目元だけですからね。貴女のその、美しい月色のプラチナブロンドは、美しいが故になかなか特徴的ですから」
「染めるの?」
「いえ、染色で貴女のその美しい髪を傷めるなど、そんなことは絶対にさせません。椿が悲しみますからね。ちゃんとウィッグを用意しています。まあ、ウィッグで隠すのもどうかとは思いますが・・・身バレ防止の為ですからね。僕も、我慢します」
ヅラか・・・っていうか、我慢するのはオレじゃなくて兄さんなんだ? まあいいけど。
「・・・だから、ワインレッドなワケ?」
オレにやたら白や淡色を着せたがる兄さんが、今回は珍しく濃い色のドレスばかりを寄越して来たから不思議に思っていたが、そういう意図か。
まあ、他のドレスは動き難かったり、デザインが可愛過ぎたので選ばなかったけど・・・
「ええ。ロゼット、貴女本来の美しさを、有象無象共へ晒す必要はありませんからね。僕だけが知っていればいいと思うのです。さあ、ロゼット」
「わたくしも、参りますわ!」
促すテノールに割って入るソプラノ。
「仕方ありませんね。許可しましょう。但し、僕の侍女達をあまり邪険にしないでくださいね? リリアナイト」
そして兄さんは、余裕そうに応じた。
※※※※※※※※※※※※※※※
さぁて、どう入り込むか・・・
そう考えて豪華客船を眺めていたら、馬車が何台も船へとそのまま乗り入れて行く。
ということは、船へ向かう馬車へ乗っていれば、自動的に船の中へ入り込めるということだ。
よし、そうと決まれば、美人の乗っている馬車をナンパして乗せてもらおうじゃないか!
「美しいお嬢さん! 俺に是非とも、アンタをエスコートさせてくれないか?」
直感で女しか乗っていない馬車を選び、ヒッチハイクして呼び止める。すると、華やかに着飾った吸血鬼のお嬢さん達がクスクス笑いながら頷いた。その馬車へ同乗しさせてもらって、船の中へ。
フッ…美女が俺を呼んでいるぜっ!
あとついでに、なにかお宝があれば最高だっ!
※※※※※※※※※※※※※※※
逢い…たい。の、に、探…して、る。のに、捜してる…のに、全然、見付からない、んだ・・・
ず…っと、ずっと・・・
探して探して捜して捜して捜して探して捜して探して捜して探して捜して探してるのに・・・
君は、見付からない。
君を、見付けられない。
逢い…たいの、に。逢いたくて逢いたくて逢いたくて逢いたくて、逢いたくて…堪らないのに。
なん、で…?
どこに、いる…の?
出て来てよ? 顔を見せて?
寂しい、んだ・・・
君が、ずっと…ずっとずっといなくて・・・
胸が、痛い・・・
寂しくて寂しくて、堪らない。
なん…で、君は・・・
置いて、かない…で、よ・・・
傍に…いて、よ・・・
お願い、だから・・・
もう、独りは嫌、なんだ・・・
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髪の毛をまとめ上げ、黒髪のウィッグを付ける。ストレートのロングヘアだ。
姉さんを思わせるアジア系の漆黒の髪色に、ワインレッドのドレスがよく映える。
眉を黒く塗って、自分で化粧。
濃い目の口紅を塗ると、完璧に北欧系な容姿から、少しだけエキゾチックな印象が醸し出される。
これでアイマスクを付ければ、更に印象が変わることだろう。
・・・姉さん似の女性、という設定か。
姉さんを愛していると有名な兄さんが、姉さんに似た女性を選んだ…ということにするようだ。
そして、兄さんの血晶を飲み込み、純血の血の匂いと気配とを纏う。
ふわりとした酩酊感を抑え、意識を強く持つ。
普段は薄い、ヴァンパイアとしての気配が濃密に、アダマスの血の匂いが主張して香り立つ。
ドレッサールームから出ると、
「では、ロゼットの準備も整ったことですし、仮面舞踏会の開始と行きましょうか?」
兄さんが嬉しげに微笑んだ。
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