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ヴァンパイア編。

117.愛しい僕の白薔薇。

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「頼みってなに?」

 兄さんがオレに頼みとは珍しい。

「実はですね。ロゼット」

 にこやかだった表情がすっと冷え、冷たい色を宿すセピアの瞳。オレにはあまり見せない顔だ。

「僕に・・・」
「兄さんに?」
「見合いを勧めて来るやからが多くて、非常に鬱陶うっとうしくて困っているのです。全く、僕には椿とロゼットという胸に決めた愛しい女性がいるというのに。どういう了見なのでしょうね? 無論、僕はそんな輩の持って来る縁談などには一切、欠片の興味も無いので、当然ながら全てお断りしています。ですから、安心してくださいね? 僕は結婚などはしませんから。ロゼット。僕の心は、椿と貴女だけのものですよ」
「・・・」

 愛しい云々うんぬんは聞き流すとして・・・
 それはまあ、仕方ない部分もあるだろう。

 縁談と聞いて一瞬ドキッとしたけど・・・

 兄さんは、純血のヴァンパイア。それも、真祖しんその血統直系の、アダマスの次期当主。

 色々と思惑がある連中は、そりゃあ多い。

 友好関係にある勢力や、敵対関係にある勢力。他種族だって、アダマスとよしみを結びたいというヒト達がいて、きっと兄さんは大人気の筈だ。

 兄さん本人の意志なんて、一切関係無く、だ。

 政略とはそういうもの。

「それで、オレにどうしろと?」

 兄さんの縁談は、オレには無関係だ。

 多分・・・オレとの、ではない筈だ。

「諸々の鬱陶しい縁談を断る為に、貴女の手を貸しては頂けませんか? ロゼット」

 にこりと、兄さんが微笑む。

「・・・は?」
「是非ともっ、今夜のパーティーで貴女を僕の婚約者として紹介させてください。ロゼット」
「断る!」
「っ…そう、キッパリと即断されると、判ってはいましたが、胸が…痛みます・・・」

 兄さんの薄く色付いていた頬が一気に蒼白に。ぐっと胸を押さえ、なにかを堪える表情に変わる。

「いや、兄さんが寝言言うから」
「ね、寝言とまでっ…」
「? いや、今更でしょ。父上はなんて?」

 父上がそんなことを、許す筈が無い。
 オレは、兄さんとの婚約を蹴ったんだから。

 このことについて、オレは譲る気は無い。

 結婚をしたくないからオレは、放浪を選んだんだ。

 そして、兄さんと結婚するつもりが全く無いのだから、オレがおおやけの存在になることは無い。

「…それについては、問題ありません。父上は、今回の企画には完全にノータッチですので」
「?」

 益々意味がわからない。

「って、もしかして父上に許可取ってないの?」
「いえ、今回は父上の許可は必要ありません」
「??」
「父上は今、休暇中なのです。その間は、僕がアダマスの当主代理となっているのです」
「父上が、休暇?」
「ええ。ゆっくりお休み頂いていますよ。あの方は、ずっと多忙にされておいででしたからね」
「信じられない。あの父上が、休暇・・・」
「まあ、信じられない気持ちはわかりますが、今は仕事を離れておいでです。なので、父上へ意向を訊ねるのは少々難しいのですよ」
「・・・」

 それって、父上がいないのをいいことに、兄さんが好き勝手しようとしてるって解釈でいいのかな?

「ぁ~…兄さん?」
「はい、なんでしょう? ロゼット」
「なにをするつもりなの?」
「ですから、仮面舞踏会マスカレイド、ですよ?」

※※※※※※※※※※※※※※※

 仮面舞踏会マスカレイド
それは、仮面を付けて氏素性、身分を隠して開かれる舞踏会のこと。仮面を付けた参加者の素性を探ることは無粋とされ、タブー視されています。

 というワケで、仮面舞踏会マスカレイドは実に、僕の願望には持って来いだったのです。

 ロゼットの素性を晒すことなく、ロゼットを僕の愛しい方だと全霊で主張できます!

 しかも、ロゼットのこの麗しくも神秘的つ儚げな白皙の美貌を、有象無象の輩へ晒すことも防げるという素晴しいオプションっ!?

 最高ではありませんか!!!

 まあ、ロゼットの美しさは、目元を隠した程度で損なわれることなどなく、身の内から溢れ出るのでしょうが・・・それは致し方無いのです。
ロゼットが美しいのは事実ですからねっ!

「貴女の素性と、この美しさを晒すことなく、匿名で僕の愛しい方として、参加して頂けませんか?」

 銀の浮かぶ翡翠を見詰め、お願いします。

 少し難しい顔で考え込む貴女も、相変わらず美しいですね。

 そしてやはり、貴女は父上のことを知らないのですね。父上が今、どのような状態なのかを。
 このことについては、リリアナイトも同罪ですからね。ロゼットへ父上のことを告げることは無いでしょう。

「・・・」
「婚約者の振りだけでいいのです。無論、貴女が本当に僕と婚約して頂けるのであれば、今すぐに挙式を挙げる準備は整えられますが」

 ああ…純白のドレスをまとったロゼット・・・それはそれは美しいのでしょうねっ!!!

 無論、お色直しは何度あってもいいですね。

 ロゼットと僕の挙式・・・っ!!!

「フェンネル様? アレク様への強要はおやめくださいませ」

 と、リリアナイトの声に引き戻されます。

「全く、なにを聞いているのですか? あなたは。僕が、いつロゼットへ強要したと?」
「あら? アレク様がお困りになっていることも察することができないのですか? 愛しい、が聞いて呆れることですわね。フェンネル様」
「僕は、ロゼットへお願いしているだけです」
「ええ。お願い、でしたわね? ですから、アレク様。アレク様が気乗りしないのであれば、勿論お断りしてもよろしいかと思われますわ」

 僕へ向けている目と声とは違い、甘えるような目と声をロゼットへ向けるリリアナイト。

 判っていました。

 ・・・ええ。判ってはいましたとも。リリアナイトの目的は、ロゼットと逢うこと。その目的が達せられた今、リリアナイトとの同盟は解消されたも同然なのです。

 本当に、苛つかせてくれますね。僕の目の前でロゼットに甘えるなどっ・・・

 しかし、僕の目的はまだ達せられてないのです。

 ここは、譲歩するとしましょう。

 苦汁を、飲んでっ・・・

「ロゼット。最初だけで良いのです。仮面舞踏会マスカレイドの始めだけ、ドレスを着て僕の隣へ立っていてください。そしてほんの少しだけ、僕と踊っては頂けないでしょうか? 貴女を紹介した後は、リリアナイトと過ごしてくれて構いません」

 ピクリと、リリアナイトの視線が動きます。
 これは、あなたへの譲歩です。

 そして、ロゼットの為。

「決して、貴女の素性がバレることは無いと約束します。ロゼット」
「ホントに?」

 ロゼットが僕を見詰めます。

「ええ。絶対に・・・、です。ロゼット。僕は本当に困っているのです。助けては頂けませんか?」
「・・・わかった」

 ああ、貴女は本当に優しいのですね。
 だからこそ、貴女は愛おしい。

「ありがとうございます。愛していますよ。愛しい僕の白薔薇ロゼット。では、僕は一旦失礼します。準備が整ったら、何時いつでも呼んでくださいね? むしろ、用など無くても構いません。貴女が呼んでくれるのなら、なにを置いても駆け付けます」
「いや、置いちゃいけないこともあるでしょ。ダメだよ? 兄さん。軽々しくそんなこと言っちゃ」

 ああ、ロゼット…やはり貴女は、愛らしい!
 そんなにも僕を想ってくれるなんてっ・・・

「ロゼット。離れ難くも大変名残惜しいのですが、女性の支度を急かすなど無粋の極みですからね。では、ドレスと装飾品はこちらへ届けさせます。ゆっくりと準備をしてくださいね」

 僕の為に着飾ってくれるロゼットを待ちましょう。

 立ち上がり、ロゼットの方へ寄って屈み込み、その白い頬へと口付けます。
 本当は吸血キスをしたいところですが、それをぐっと我慢してロゼットから離れます。

「では、ロゼット。また後で」

 リリアナイトの部屋を後にします。

 さあ、パーティーの準備を再開しましょう。
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