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ヴァンパイア編。

112.理不尽には怒る、か…そうだね。

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 近くの港へ着いた。

 覚悟を決めよう。
 兄さんと顔を合わせる覚悟を。

「・・・行かないと、な」
「アル、どこか行くの?」

 甲板で呟いた言葉に、思いがけず横合いから返って来たボーイソプラノ。

「まあ…ちょっと仕事でね。一週間くらい出掛けないといけなくてさ」

 カイルへ向き直って言う。

「どんな仕事?」
「内緒」
「…危ない仕事じゃないよね?」

 ミルキーなターコイズが不安そうに見上げる。

 案外鋭いな?

 兄さんに会いに行くから、危害を加えられることは絶対にない。これだけは、断言ができる。けど、ある意味、身の危険は感じている。

 ・・・今、少し思ってしまったが、吸血キスをされての貧血は危害に入るのだろうか?

 この辺りは多分、審議が必要となるだろう。

 無論、気絶する程とか、致死量ギリギリまで大量に飲むのは完璧アウトだと思うけどさ?

 ちなみに、自分の血を他者に無理矢理飲ませるという行為は、有罪ギルティだと父上が決めた。

 下手すりゃ本気で死ぬと、身を持って知らされたからな? 昔、兄さんに。

 レオのいない現状で兄さんに会うことの最大の問題は、果たしてあのヒトが、素直にオレを帰してくれるか? だろう。

「・・・大丈夫だよ。今回は・・・パーティーに参加して来るだけだからね」

 帰還までが、オレのミッションだ。この、帰還というのが今のところの、最大の難関だと考えている。

 なんだかんだと理由を付けて引き留められるのは、想定している。
 それを、振り切るのが非常に困難だろうと思う。

「え? パーティー?」
「そ。多分、豪華なパーティー…だろうなぁ…」

 兄さん主宰で、開催場所がリリの船。リリの船自体も、普通に大きいし。豪華絢爛なパーティーになることは決定事項だ。つか、アダマスが主宰して、質素なパーティーなど考えられないし。

「・・・豪華なパーティーに参加するのに、なんでそんな憂いの表情してるのさ? 心配して損した」

 ムッとしたような高い声。

「んー…純血のヒト達が沢山参加予定だから?」

 と、少し考えて、兄さんとは別の、けれどなかなかに面倒で憂鬱なことを答えておく。

 純血のヒト達…それも、血統におごっているような連中って、ハーフに当たり強いし。
 身分を笠に着ての横暴や無茶振り、そして性別やこの顔に寄って来る連中などetc…
 一応ある程度の対策はするが・・・
 身分を明かすことができないオレには、色々と面倒なことが多かったりする。

 身バレした相手は、確実に消さないといけないし…それも面倒の一環ではある。
 雑魚ざこなら消すのは簡単なんだけどなぁ…
 純血は、相手をするのが面倒だ。というか、若くて馬鹿な奴ならある程度までは大丈夫だけど、三百以上行ってたらキツい。四百以上行くと、多分オレの実力では勝てない。
 その辺りを越えると、レオや養父とうさん、養母かあさん達に頼ることになるだろう。

 まあ、非差別主義者の変り者とされている兄さん主宰のパーティーで、そうそう露骨な混血に対する差別言動をして来る奴はあまりいないだろうけど。
 そして、その空気が読めない上に馬鹿でクズな奴がオレに絡んで来て、後日…またはその場でオレを溺愛するシスコンな兄さんに酷い目に遭わされたとしても、御愁傷様としか言いようがない。

「あ…その、ごめん…アル」

 ハッとしたように見開くミルキーなターコイズ。悪いことを言っちゃった! という顔。カイルは判り易くて可愛いな?

「いや、いいよ。別に」
「…大丈夫、なの? アルは」

 心配そうに見上げるカイル。

「平気。慣れてるし」
「そういうのは慣れちゃ駄目でしょ!」

 ムッとした顔が、オレを見上げた。

「へ?」
「だから、そういうのは慣れちゃ駄目だってば! 理不尽なことは理不尽だって、ちゃんと怒らなきゃ!」

 言われたことが、一瞬理解できなくてまばたく。

「怒る?」
「そうだよ。許しちゃ駄目なんだ。ちなみに、諦めるのが一番駄目なんだからねっ?」

 ピッと、人差し指が突き付けられた。

「・・・カイルは、面白いことを言うね」
「は? なにが面白いワケ?」
「うん。理不尽には怒る、か…そうだね」

 オレがハーフなのは変えようが無くて、仕方の無いことではあるけど、それに対する理不尽には怒ってもいい。

 胸の奥底に、熾火のようにずっとずっとくすぶり続けて消えない、激しい憎悪とくらい憤怒。どろどろしとしてどす黒く、重苦しく、ときに強くたぎる。この負の感情を、認めてもいいんだと、それ・・を持っていてもいいのだと、肯定されたような気がする。

 多分カイルは、そういう意味でオレに言ったワケじゃないと思うけど・・・

「ありがとう、カイル」
「っ…べ、別にいいけど…その顔は卑怯だよ…」

 顔を赤くしたカイルが、なんだかよくわからないことを小さく呟いた。本当に、表情がコロコロとよく変わる。面白い。

「? オレの顔がどうかした?」
「なんでもないっ!」
「??」
「それよりっ、行くんじゃないのっ?」
「そうだね。んじゃ、そろそろ行くか」
「行ってらっしゃい、アル!」

 冷気をまとってトン、と甲板を蹴った瞬間、

「(行ってらっしゃい、小娘。帰って来たら、ちゃんと着せ替え人形の約束果たしなさいよ?)」

 という高周波での声が聴こえた。
 まだ日も落ちてないというのに、わざわざ起きて声を掛けてくれたようだ。少し嬉しい。

「(わかったよ。アマラ)、行って来ます」

 跳ね上がりながら蜃気楼で姿を隠し、蝙蝠こうもりのような翼膜よくまくを広げて羽撃はばたく。

 とりあえずは、雲の上まで上昇。

 帰って来たら、着せ替え人形…か。
 それもまた微妙な感じだけどね?

※※※※※※※※※※※※※※※

「あ~あ、行っちゃったか…」

 あっという間にアルちゃんの気配が遠くへ去る。

「残念」

 飛ばれると、追い付けない。匂いも辿たどれない。

「い、いたワケっ、アンタっ!?」
「まあね」

 ぎょっとするカイルの前へ出て行く。

「確かに、あの顔は反則だよねー? 純粋ににっこり笑った可愛い顔なんて、見たこと無いしさ? そりゃあ、あんな可愛い顔見たら、男なら誰でも赤面くらいするよねー? カイル君?」

 実に可愛い顔だった。惜しむらくは、俺じゃなくてカイルへの笑顔だったことだ。

「っ!? う、ウルサいよエロ狼っ!?」

 と、カイルが船内へと走って逃げた。

 まあ、揶揄からかうのは後にするとして・・・

 アルちゃんが憂鬱そうな顔でどこかへ行くというから、こっそり聴いていれば、向かうのは豪華なパーティーと来た。しかも、純血のヒト…ヴァンパイアが沢山参加するパーティー、だ。

 おそらくは、ダイヤ商会上層部か…それより上のアダマス関係の催事なのだろう。

 俺が訊くと絶対に答えないと思ったから、アルちゃんとカイルとのやり取りを窺っていた。そして、なんならこっそりと付いて行こうと思ったら、即行で撒かれてしまった。

 しかも、アマラとなにか話してたし。高周波での会話だっけ? 少し耳が痛かったけど…

 後でアマラに聞いたら答えてくれるかな?

「それにしても・・・大丈夫かな? アルちゃんは」

 純血のヴァンパイアが多くいる場所にハーフの子が向かうのは、どれ程の勇気が必要だろうか?

 何事も無く無事に帰って来るといいんだけど・・・

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 負の感情を認めていいのだと納得して、とても可愛らしく微笑む。なんだかんだで、実はアルも割と壊れてますからね…
 ようやく出発しました。
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