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ヴァンパイア編。

110.ASブランド代表アル・ソーディ様へ。

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 少し騒がしくも、だらだらとした穏やかな日々が続く今日この頃。

 しかし、それが・・・

「小娘、アンタにボトルシップよ。百合娘から。無論、中は見てないわ」
「リリから? ありがとう、アマラ」

 ハスキーな声でぽんと渡された硝子がらすびんの中身で、終わりを告げた。

 ボトルの中身は封筒だった。

 部屋に戻ってボトルの中の封筒を開けると・・・

 招待状が、入っていた。

『ASブランド代表アル・ソーディ様へ。

アダマスの関係者を集めてパーティーを開きます。

つきましては、是非ご参加くださいませ。』

 開催は、割と近めの日時。場所はリリの船。

 そして、リリ経由での招待状、に・・・

 あと、もう一枚、が・・・

『来られないというのなら、お迎えに上がります。
では、貴女へ逢える日を心待ちにしていますよ。
愛しい貴女へ。F』

 という、見覚えのあり捲る流麗な筆蹟でのシンプルなメッセージカードがっ!?!?!?!?

「・・・」

 に、兄さんが来るっ!?!?!?

 ど、どっ、どうしようっ!?どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようっ!?!?

 た、盾っ!? レオっ!? シーフっ!?

 ね、姉さんっ!?

 と、とりあえず、落ち着こう!

「すー、はぁー・・・って落ち着けるかっ!!!」

 とうとうこの日が来たよっ!?!?

 いやまあ、一応はアクセルさんから事前に忠告は受けてたんだけどねっ!!!

 近々兄さんが動くという情報をねっ!?

 後回しにして、招待状が来てから考えるとか思ってたけど、全く、全っ然覚悟なんかできてねぇよっ!?

 一人で会うとか、考えただけで・・・ああっ!!兄さんコワい兄さんコワい兄さんコワい・・・

 い、いや、落ち着け? 開催はリリの船で、だ。
 リリの船だから、無論リリがいるっ!
 オレ一人で兄さんと会うワケじゃねぇ・・・

「よし、当日はリリに頼もう。絶対にオレから離れないでくれって、そうお願いするしかない」

 一応、これで盾を一枚ひとり確保だ。

 すまん、リリ。兄さんからオレを守ってくれ。

 つか、ASブランド代表ってンなら、シーフは呼んでいるのか? まあ、アイツアホだから、オレが代表ってなってンだけどさ?
 シーフと会話すんの難しいんだよなぁ・・・
 アイツすぐ寝落ちするし、よく話がぶっ飛ぶ。

 けど、兄さんの盾になるなら是非呼んでくれ!! アイツのベタベタ鬱陶うっとうしいのも特別に許す!

 レオ~、養父とうさん、養母かあさん・・・

 姉さんヘルプっ!?

 まあ、実際に姉さんに助けをうのは具体的に兄さんになにか…監禁などされてから、だ。

 まだなにもされていないうちからは頼れない。

 だけど、姉さん助けてっ!?

 と、心の中では思う存分すがっておこう。

※※※※※※※※※※※※※※※

 百合娘からのボトルシップを手渡してから数時間後。どこか浮かない表情の小娘が訪ねて来た。

「なによ?」
「・・・アマラに、お願いがあって」
「言ってご覧なさい。気が向いたら聞いたげるわ」
「えっとさ…一週間後くらいに、この船がどの辺りにいるか、教えてくれない?」
「どういう意味よ?」
「端的に言えば、少しこの船を離れる…かな?」

 困ったような翡翠が見上げる。

「あら? 出て行くつもり?」
「ぁ~…出てけって言うなら、そうする」
「冗談に決まってンでしょっ!」

 軽い冗談に本気でへこんだような顔と沈んだ声で返され、慌てて小娘に冗談だと伝えて話を逸らす。

「なにシケたつらしてンのよ?」

 冗談だと言わなかったら、この小娘は本当に出て行き兼ねない。きっとこの小娘は、仕方なさそうに笑って、すぐに出て行くのだろう。

 アルはきっと、そういう奴だ。

 他人に踏み込ませることをよしとしない。踏み込まれる前に、自分から関係を切ろうとする。

 そんなアルが、ここに…アタシの船にいるのは、ここ以外は本当に行く宛が無いからだろう。

 ここから放り出すと、アルは独りになるような気がする。独りであちこち、つまらなさそうにふらふらする様が見えるような気がする。

「なに? 百合娘から仕事の依頼でもあったワケ?」
「まあ…そんなとこ」
「そんなに嫌なら断ればいいじゃない」
「・・・できれば、オレもそうしたいとこなんだけどね? そうも行かないからさ・・・」

 浮かべるのに失敗したような苦笑に、憂鬱そうな深い溜息。

 言いたくないこと、か・・・

 この小娘は、本当に厄介だ。

 身内が過保護だったらしく、身内だけで甘やかしたようで・・・まあ、こんな危なっかしい小娘は、周囲が過保護になるのもわかなくはないけど・・・
 だからアルは、身内以外の他人に、助けを求める方法を知らないし、わからない。

 アタシもあまり他人ヒトには言えたもんじゃないけど・・・なまじスペックが高いと、ある程度は独力でなんでもできてしまうから、その傾向に輪を掛けてしまったというところかしら?

 ホント、ヤぁねぇ? 全く・・・

 アルは、どことなくアタシと境遇(無理矢理結婚させられそうになったとことか?)が似通ってる上に、人魚の加護まで持っている。

 明らかに面倒なのに、なぜか放っておけない。

 アルを放り出すと、きっとアタシは後悔することになるだろう。そう、思ってしまう。

 本っ当に、世話の焼ける小娘だこと。

 放っておけない。と、他人にそう思わせることができるというのは、ある意味才能だ。

 アタシは、アタシへ恋愛的な意味で好意を向けて来る奴が苦手だ。男も、女も。
 それで、他人と付き合うのが億劫になった。
 女は特に、好きじゃない。

 そんなアタシに、放っておけないと思わせるなんて、ホント大した小娘だこと。

「っていうか、今更だけど、あの百合娘がアンタが嫌がるような仕事回すとは思えないんだけど? 百合娘経由で、別の誰かからの仕事なワケ?」
「鋭いね。でも、これ以上は内緒」

 銀の浮かぶ翡翠が、アタシを見上げる。薄く笑んだ口元に立てられる人差し指。

 口を挟むな。または、詮索するなということか。

 小娘の仕事関係で、小娘が口を噤むことと言ったら、アダマスとの関わりに決まっている。

「まあいいわ。で、どこに行ってほしいワケ?」

 知らない振りをしてあげようじゃない。
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