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ヴァンパイア編。

79.ねえ、アル。お腹…空いてない?

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 イリヤの強い魔力放出があった直後からこの船に向かったけど、あたしは飛ぶのが遅い。
 結局、辿たどり着くまでに二日もかかった。

 一瞬、この身体からを脱ぎ捨てようかとも思ったけど、身体はあった方が便利だ。一度棄てると、創り上げるのに時間が掛かる。
 だれかの身体を乗っ取ることも・・・自我や所有権の問題で面倒だ。死体を使うことも考えたが、それも・・・使い勝手が悪い。死体にだって記憶は残る。だれかの別の記憶がアルに混ざることも避けたい。

 そしてこの身体は、アルにも馴染み深い。
 アルがあたしあたしだと強く認識するのはこの身体だろう。やはり手放せないと思い、自作の身体で来た。時間はかかったけど・・・

 アルは…案の定、イリヤの影響でマズい状態。

 頭痛に苦しむアルを眠りのキスで寝かせる。
 とりあえずの応急処置だ。

 ああ、イリヤのことを思い出しかけている。

 離れなければよかったと、思う。

 馬の子は、もっと後回しにすればよかったっ!
 まあ、あの子を見て思い付いたこともあるけど…

 早く、忘れさせなきゃ・・・

「人魚ちゃん、悪いけど俺とアルを二人切りにしてくれないかな? 誰も邪魔できないよう、できれば雑音もシャットアウトしてほしい。今すぐに」
「は? クラウド君っ?」
「・・・わかったわ」
「アマラっ?」

 慌てる狼の子を無視。
 人魚ちゃんがパチンと指を鳴らしたら、あたしとアル。人魚ちゃんの三人が、空き部屋へと移動していた。それも、ベッドごと。

「ここは空き部屋よ」

 それは、判る。持ち主の気配が全く無いから。長い間、誰にも使われてはいなさそうだ。
 その割には埃っぽくなく、掃除が行き届いているのは、あの妖精の子のお陰だろう。いい子だ。

「・・・どのくらい掛かるの?」

 人魚ちゃんがいた。

「・・・アルに、あたしの血を飲ませた?」
「ええ」
「そう・・・」

 なら、前よりもアルに潜り易くなっている筈だ。本当はあたしの血はあんまり飲ませたくはないけど・・・少し、どうするか迷う。

「とりあえず、三日…かな?」
「わかったわ。その間は、誰にも邪魔させない。なにかあったら、アタシを呼んで」
「ありがとう、人魚ちゃん」
「三日を過ぎたら、様子を見に来るわ」
「わかった」
「・・・大丈夫よね? アルは」

 アルを心配する人魚ちゃんに、嬉しくなる。

「任せて」
「頼んだわ」

 そう言って、人魚ちゃんが部屋から去る。

「ごめんね、アル…」

 あなたが、記憶の虫食いを気にしていると知っていて・・・
 あたしは、あなたが思い出したことを、沈める。
 思い出せないように・・・

「お願いだから、忘れてて?」

※※※※※※※※※※※※※※※

 柔らかくて、温かい。
 すべすべでふわふわ、むにむにとした感触。

「んっ…アル」

 艶やかな声が、耳元でオレを呼ぶ。

「?」
「ああ、目が覚めた?」

 ぼんやりと開いた目の前には濃い蜜色。
 手の平にはむにむにと柔らかい感触。

「ぁんっ…アルってば、大胆なのね?」
「え~と?」
昨夜ゆうべのアル、すっごく激しかった♥️」

 顔を上げると、金色の混ざる紫が妖しく微笑んだ。濃い蜜色は、ルーの肌のようだ。しかも・・・

「なんで裸なの?」

 熱い体温の肌に抱き締められている。身動きが取れない。ルーの方が力が強いらしい。

 ・・・なんだかなぁ…

「…愛し合ったから♥️」
「オレ、服着てるよね?」

 多分、ガッツリはだけてるけど。

「もうっ、アルったら冷静過ぎ。つまんないわっ。もう少し慌ててくれてもいいんじゃない?」

 厚い唇がつんと尖る。

「や…夏によくあるから。朝起きたら養母かあさんが、でオレのベッドに入ってるとか」

 狼の姿でベッドに入って来て、暑くなって人型になるらしい。しかも、起きたときには密着されている率が高い。暑いなら、なんでオレにくっ付くんだ? と聞くと「アルの肌はひんやり。気持ちいい」という答え。せめて下着は着てほしい。

 幾ら女同士とはいえ、目のやり場に困る。

 オレはそこまでオープンではない。そう言うといつも、狼になって誤魔化すのだ。養母さんは・・・

「自由なのね、狼のお母さん」
「まあねー」

 昔……お願いだから、人型の真っ裸でシーフに抱き付くのはやめてくれと、レオと二人で説得した。
 シーフは基本、触れている相手よりも低い体温を維持しているから、夏にくっ付いてると涼しい。
 そして、シーフも養母さんも、真っ裸など全く気にしない。シーフの母親のビアンカさんも自由なヒトだし・・・むしろ気にしてくれ! と、二人で言ったところ、やれやれと呆れたような溜息を吐かれ、レオが吹っ飛ばされた。理不尽だ。

 養母さんは、暑いのが大嫌いだ。それを我慢することも・・・そして、「頼むから人型で真っ裸になるのはアルの部屋だけにしてくれ」とレオが説得し続け、ようやく養母さんがOKした。

 オレも暑いのは嫌いなんだが…というのは黙殺された。力尽くでは養母さんにかなう筈が無い。

 養母さんもオレも、寒さには強いが暑さには弱い。仕方ないので、夏は氷をベッドの周りに造って取り囲んで気温を下げている。

 一応、養母さんがある意味裸族なので耐性はある。しかし、この状況への説明が欲しい。

「で、なんで裸? 服着なよ」
「あたし…寝るときは服を着ないタイプなの♥️」
「うん。説明になってないかな?」

 まあ、起きたときにルーがいるのはこれで二回目。一応察しは付いているが、聞いておきたい。

「・・・頭痛」

 溜息混じりにぽつんと呟かれた言葉。

「あ、やっぱり・・・っていうか、なんで貴方がここにいる? どうやって知った?」

 前回といい、そう都合良く、オレの頭痛に居合わせる筈が無い。なにを知っているんだ?

「オレにもわからない頭痛のタイミングが、貴方には判っているとでも言うのか?」
「愛の力で?」
「ルー……それなら、貴方がオレになにかを仕込んだとかの方が、まだ納得が行く」
「本当なのに・・・ヒドい、アルっ…」

 うるっと涙が目尻に溜まる。けれど、金色の混ざる紫の瞳は、イタズラっぽくきらめいてる。

 嘘泣きというか……遊んでる?

「で、実のところは?」
「愛の力は本当だよ。あたしあなたを愛してるからね。アル。好きだよ」

 チュッとこめかみに落とされる唇。

「わっ」

 そして、オレを抱えたままごろんと転がるルー。横抱きだった体勢から、ルーが上になった。

「ふふっ♥️」

 クスリと笑った唇が、唇をついばむ。

「ねえ、アル。お腹…空いてない? …ん…」
「…ん…ルー…」

 ふにふにと唇が柔らかくまれ、とろりと甘くて濃厚な精気がゆっくりと流れて来る。

「んっ…ふ、ぁ・・・」

 ゆるりと長く、深くなる口付け。
 絡め取られて行く舌。
 少し息苦しくて、苦しくなって来ると息継ぎ。

「んっ、はぁ…可愛い♥️」

 くちゅりと唾液が糸を引き、離れる唇。熱い舌が唇を舐め上げ、吐息がくすぐる。

「は、ぁ…はぁ・・・んむっ、…」

 そして、息が整う前にまた塞がれる唇。長く、深い口付けと息継ぎとが何度も繰り返され・・・

「はぁ、ハァ…はっ、ぁ…んっ・・・」

 くらくらして来る。
 苦しいのに、気持ちい。

「・・・ヒトが、心配して見に来てみれば・・・盛ってる暇あンなら、とっとと出て来いやこの馬鹿女共がっ!!!」

 低いハスキーの怒号がとどろいた。

「ん、ふっ…やあ、人魚ちゃん♥️」

 ぺろりと唇が舐められ、チュッと最後にキス。はだけたオレの服を軽く併せて起き上がったルーが、クラウドに変わってくるりと振り向いた。

「…なによそれ…」

 低い不機嫌なハスキー。

「ヒドいな? 人魚ちゃんに配慮して俺になったのに。なぁに? 実は見たかったの? あたしの、は・だ・か♥️」

 裸の胸を腕で隠し、しなを作るクラウド。声だけが少し高くなり、ルーになる。芸が細かい。

 今のうち、ボタン閉めとこ。

「ンなワケないでしょっ!? アタシに流し目寄越すなって言ってンのよっ! つか、服着なさいっ!」
「パンツは履いてるよ? ほら」

 ベッドから立ち上がるクラウド。

「服着ろっつってんのっ!!!」
「仕方ないなぁ」

 アマラに言われ、ベッドの周りに脱ぎ捨てられた服を拾って身に付けるクラウド。

「で、大丈夫なの? 小娘は」
「ついさっき起きたばかりだよ。別に盛ってたワケでもない。アルにご飯あげてただけ。ね?」

 伸ばされる蜜色の手。掴むと、ひょいと起こされる。毛布を抱き締めたまま、座る。

「ご飯って・・・血じゃないの?」
「…アルは、血よりも精気の方が好きだからね」
「なんで小娘は黙ってンのよ?」
「ああ、呂律が回らないんじゃない? キス、割と濃い目のしたから♥️」

 顔を押さえて頷く。まだ舌が痺れている。

「…ったく、小娘。なにがあったか覚えてる?」
「?」

 良く覚えていない。

「覚えてないみたい」

 クラウドが答える。

「アンタの頭痛があんなに酷いだなんて思わなかったわ。びっくりしたんだから」
「・・・迷惑かけて…ごめんなさい…」

 アマラに頭を下げる。覚えてないけど・・・

「…つか、今回は…記憶が無いんだよね。いつもは、頭割れそうなくらいまでは我慢してから、その後で意識が飛ぶんだけど…いきなり記憶が繋がらないってことは、初めてかも・・・」

 意識が飛ぶのはよくあること。慣れている。全く自慢にならないが・・・
 けど、今回は、断片的な記憶さえも無い。

 起きたら、ルーに抱き締められていた。

「そう・・・体調は?」
「・・・ふらふらする」

 頭は痛くないけど、身体が重い気がする。

「ご飯、もっと要る?」

 クラウドが、屈んで口付けを落とす。触れるだけのキスで、精気を軽く流し込む。
 さっきとは柔らかさの違う唇。
 女のルーより、ほんの少し硬い柔らかさ。
 覗き込むアメトリンに、目を閉じる。

「ああもうっ、好きにやってなさいっ! だけど、その食事が済んだら、ちゃんと出て来なさいよっ!?」

 ふっとアマラの気配が消えた。

「・・・喉、渇いた」

 目を開くと、困ったようなクラウドの顔。

「あんまり、俺の血はあげたくないんだけどな?」

 蜜色の首筋をじっと見詰める。

「ダメ?」
「首はダメ。代わりに・・・」

 唇が、塞がれる。そして広がる甘い血の味。
 ああ、美味しい・・・
流れ込んで来る濃厚な甘い血と、精気に・・・
 強い魔力に、酔いそうだ…
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