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ヴァンパイア編。

77.また、くだらないことを思い出したな。

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「アルちゃん、カーテン開けるよ?」

 断ってから、少し待つ。返事は無い。

「まだ起きない、か・・・」

 カーテンを引いて、ベッドを覗く。
 蒼白な顔で瞳を閉じる少女が眠っている。

「ごめんね、少し触るよ?」

 毛布から腕を取り出し、脈拍を計る。
 一分間に約十回。呼吸も、かすかにしかしていない。仮死状態なのか、それに準じる状態。
 二日前、アルちゃんを寝かせた後から、ゆっくりと脈拍、呼吸数が低下して行ってこの状態になった。

 額にあったあかい線は、極薄い疵痕きずあとになっていて、あまり目立たなくなっている。
 光の加減で、疵痕の皮膚が淡く輝いているように見える程度。じっくりと、近くで観察しないとわからないだろう。
 頭痛がすると疵痕が浮き出るのか、興奮して皮膚の色が紅く変わったのかは、わからない。

 腕を毛布の中に戻す。

 ハッキリ言って、対処の仕様が無い。
 古疵ふるきずが痛むというのは、医学的には異常が無いという診断になるので、どうすればいいのかわからない。
 一応、頭部の損傷はデリケートだから、小まめに様子を見て、異変があったらどうにかするしかない。

 こういうとき、歯痒い。
 俺は、医者なのに・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

 逃げるのに、また失敗した。

「僕から逃げるのなんて、ゆるさない。言ってるだろ。なんで判らないかな? これで何度目?」
「っ!?」

 ドン! と、地面に叩き衝けられて息が詰まる。

「馬鹿なの、君は? なんなら、逃げられないよう、その手足を斬り落とそうか?」

 ぐっと、足を踏まれ、掛けられる力。

「っ・・・」

 とうとうバキっ、と足の骨が踏み砕かれた。

「あっ、ぐっ!?!?」
「聞いてるの? 返事くらいしろよ」

 腹を蹴られて、ヤバい感じに血を吐いた。

「っが、はっ・・・!?」

 骨が、内臓に刺さったようだ。

「あれ? やり過ぎた…? もう瀕死?」

 身体が、動かない。
 蹴り転がされて、仰向けにさせられる。

「…これだからひ弱な混血は・・・」

 蔑んだように見下ろす金色の瞳。

「勝手に死ぬなんて、赦さない」

 自分で殴っておいて、殺し掛けて、そんなことを言う。相変わらずのクズっ振りだ。

「今の君には、死ぬ権利も無いんだよ」

 じ開けられた口に×××の血が垂らされ、その血が身体の中に這入はいって来て、体内を掻き回す。

「ぐっ、がぁっ!?!?!?!?」

 苦しい。傷は治って行く筈なのに、殴られているときよりも、自分の身体が壊れて行く気がする。
 痙攣けいれんする身体。

「・・・くっ、ハぁっ!?」

 ×××の血は、混血のわたしには強過ぎるという。使い過ぎると、壊れるのが早まると言っていた。

 壊れる…のは、わたし自身。

 苦痛の中、混血という言葉が頭を巡る。
 いやな、言葉だ。
 意識が朦朧もうろうとしながら・・・「けがれたみ子は死ね」という厭な声が脳裏に甦った。

 最悪な気分だ。

 結局、意識は朦朧としながらも、体内が掻き回されるような苦痛で意識が落ちることはなく・・・

「は…ハアっ、ハア・・・は、ぁ・・・っ…」

 荒い呼吸音が耳に付く。

「治るの本当に遅いな。いつまで掛かるんだ?」

 退屈そうな冷たい声が言う。
 誰の、せいだか・・・

 身体の傷は、無くなった。
 無理矢理、治された。

「で、生きてる? 死んでないよね?」

 しばらく息を整えて・・・

「・・・わたし…は…あれ? ボク…?」

 軽く、自分がわからないことに気付く。

「君は君だろ。僕と混同するな。気持ち悪い」

 襟首を掴まれて、引き起こされる。
 そう、だ。わたしは、×××じゃない。
 まだ、わたしだ。

 もっとも、この『わたし』も、元のわたしじゃないのだろうけど。元の名前もわからない。確たる『わたし』が無い。

 ×××のせいで、わたしは段々壊れて行く。

「・・・混血は、いみご?」

 苦痛の中、ふと思い出したことを訊いてみた。

 この質問に、金色の瞳が呆れ返る。

「は? ああ、忌み子…君は、そういうこと言われたのか? また、くだらないことを思い出したな」

 馬鹿にしたように鼻でわらわれた。

「? なにが、くだらないの?」
「心底くだらない。そもそも、アークと僕。そして一握りの真祖しんそ以外の存在が、既に雑種なんだよ。第二世代以降、誰かから生まれた連中は全員雑種だ。真の意味での純血は、僕らしかいない。僕から言わせれば、他者との交配で生まれている時点で、すべからく混血だ。混ざった後に、近親相姦で幾ら血を濃くしようとも、混ざった血は一つには戻らない。滅びに進んで行くだけだよ。自殺願望だかなんだか・・・そのクセ、他の…弱い混血を蔑む意味がわからない。混血の存在を消したいと、混血は死ねと標榜ひょうぼうする馬鹿共は、まず自分から死ねばいい。そうすれば、お望み通り混血が減って行くからね。ああ…ちなみに、僕は、君が混血だから嫌ってるんじゃないよ。君が、君自身であることを嫌ってるんだ」
「わたしが、わたしだから・・・嫌い?」
「そうだよ。君だから嫌い。馬鹿馬鹿しいことに、君はそもそも、生まれる筈が無い。あの連中は、ヴァンパイアの馬鹿共以上に純血とやらを大層にあがめているからね。亜種のクセに、自らを純血として崇める愚か者共。そんな馬鹿共が、他種族との混血なんて、生む筈が無いんだよ」

 吐き捨てるような言葉。

「?」

 言われている意味がわからない。
 なら、わたしはなんだというのか・・・

「なのに、君はこうして此処ここる。君の母親も相当な変り者だね。頭おかしいっていうか・・・君を生んだことで罪人扱いされたんじゃない?」
「っ!」

 胸が、痛い。悔しい。
 わたしの、大好きなヒトを悪く言わないでほしい。今は、その面影もおぼろだけど・・・
 わたしは、彼女を愛している。

「なんだっけ? あの頭悪くて甘ったるいやつ・・・確か…あれだ。アイだのコイだのとやらで君が生まれたんだろ。望まれた結果ってやつ? 望まれることは幸せだってアークは言ってたけど・・・本当に、ローレルも愚かしいことをしたものだよ」

 驚い…た。

「っ・・・よく、わかんない」

 そんなこと、×××が言うなんて・・・

「そう。馬鹿だからね、君は。まあ要は、君が苦しむのは、君を望んだ愚か者共のせいってことだよ。アークを引っ張り出さなければ・・・アークから血を受けたりなんかしなければ、君みたいなひ弱な混血なんて放っといたのに。恨むなら、ローレルを恨め。ああ勿論、僕を直接恨んでも構わないよ。君、弱いし。どうせすぐに死ぬから」

 すぐに死ぬというか・・・

 わたしを殺すのは×××だと思うんだけどな?

 ×××の金色の瞳を見上げる。

「なんだよ?」
「・・・ふふっ…あははっ・・・」

 なんだか、おかしい気分。
 わたしを蔑んで、わたしの大好きなヒトを壊した連中が、×××にとってはわたしと同列扱い。

 ×××には、取るに足りない愚か者共。

 それが、とても滑稽こっけいで愉快だ。

「あははははははっ・・・」

 混血としか、わたしを見なかった連中の・・・狂ったような殺意と否定。

 そんな連中より、直接わたしを殴って・・・わたしが嫌いだと直接言う、×××の方が余程マシだ。

 笑えて来る。

「ふふっ、ふははははっ・・・」

 ×××の方が、余程わたし自身・・・・・を見ている。

 ああ・・・そう思えるだなんて、×××の言う通り、わたしは馬鹿なのかもしれない。

「は? なに? とうとう本格的に壊れたの?」
「失礼な。わたしを壊してるのは×××でしょ」
「だから聞いてるんだよ。気持ち悪い」

 面倒そうな顔でわたしを見下ろす×××。

「・・・これ以上僕の血使うと本格的にマズいのか? …僕、眷族けんぞくつくるの嫌いなんだよな。君が死んでもアンデッドにするつもり無いんだから、勝手にくたばるなよ? ×××」

 また、酷いことを言っている。

 本当に最低のクズだな、×××は・・・

 でも・・・

 ×××の言い方はアレだけど・・・
 わたしは、望まれていたらしい。

 ×××は傲慢で、すぐに他人を馬鹿にする。
 けど、嘘や誤魔化しは言わない。

 ×××は、真実そう思っていることを言う。

 事実はどうだかわからない。けど、わたしは、×××に生きていてもいいと言われた気がした。

 うん。あの連中よりは、×××の方がマシだ。

 多分…というか、きっと、わたしを殺すのも×××なのだろうと思っているけど・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

「・・・は、ぁ…」

 ・・・頭が痛い。額が痛む。

 脈拍に合わせて・・・露出した神経を、ガッツンガッツン殴られているような頭痛がする。

 最悪だ。

 まあ、これでも我慢できるレベルの頭痛だけど…

 痛いって、思えるくらいの激痛。

 無論、気分は最悪に悪い。

 怠い…動きたくねー・・・

 なんか、夢を見ていたような気がするけど、頭痛くてそれどころじゃねぇ・・・

「アルちゃん?」

 誰かの、声がする。誰だっけ?

「カーテン開けるよ? 嫌だったら言って」

 勝手にしてくれ。頭が痛い。

「…開けるね?」

 シャッと開かれるカーテン。

「起きてるの? アルちゃん?」

 銀色の髪に眼鏡、白衣の男がなにかを言っている。

「アルちゃん? 頭痛いの?」

 頷く。

「ごめん、少し触るよ?」

 上から伸ばされた手を、思わず掴んで止める。
 厭だ。首を振って拒否する。

「わかった。ごめん。アルちゃんが嫌なら触るのはやめるから、放してくれる?」
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