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ヴァンパイア編。

66.身の程を知れよ。犬が。

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 匂いを覚える。獲物を追う為に。

 どこか知っているような気がする…
 けれど、知らない匂いを。

「なあ、親父。この匂い・・・」
「そりゃあ、似てて当然だ。奴は、ローレルの先祖だぜ? 似てねぇ方がおかしいだろ」
「そう、か・・・」

 ローレルさんやアルと、似た匂い・・・
 これを、追って狩る。

※※※※※※※※※※※※※※※

 やっぱり、高い場所に行くべきか・・・
 一応、飛んでないからセーフ…かな?

 まあ、歩いて行けばOKだろう。

 とはいえ、僕もどこに行きたいのか自分でもわかってないんだけどね?

 けど、さすがに原野は飽きた。
 ただっ広いだけでなにも無いしさ。

 と、移動しようと思ったら・・・

 なにかが、こちらへ向かって来る気配がする。
 高速で移動するそれに気付いた瞬間、

「全く・・・」

 ブォンっ! と空気を斬り裂く音と共に、横合いから刃が通ろうとする。僕の首を刈るような軌道で。その肉厚な二振りの刃を、指先で摘まんで止める。

「チッ…」

 回転しながら左右で長さの違う曲刀シミターを振るい、それを僕に止められて舌打ちをしたのは、二メートル近くある巨躯きょくの男。

「またか? 犬が」

 掴んで止めた刃。その刃越しに、

「ハッ、久しいな? 真祖の」

 僕を見下ろしてニヤリと笑う大きな男。その口元から覗くのは鋭い犬歯。
 この狼は、ローレルの相棒だ。

「ホント、しつこいな? 弱いクセに」

 僕が起きる度に追って来る。
 そして、愚かにも僕を狩ろうとしているらしい。
 形勢が不利になると直ぐに逃げ出し、体勢が整えばまた追って来る。
 それを、何度繰り返したかわからない程だ。

「尻尾巻いて逃げ出せば、追わないでやるよ」

 随分と昔に・・・アークが「他の種族ヒトたちをなるべくは殺さないでよ、イリヤ」そう、言ったから。

「そう言うなって。もう少し遊んでくれよ? 手前ぇが死ねば、追い回すのは終わるんだ」
「身の程を知れよ。犬が」
「ハッ、手前ぇこそ、とっととくたばりやがれ」

 ぐっと上から剣を押す狼。
 瞬間、背中にトンと走った衝撃…

「っ…」

 とろりと熱い熱が流れ出る感触。
 背中に刺されたのは、三角錐の形状。その刃からして、刺突に特化した短剣。スティレットのようだ。
 背後のもう一人が、スティレットを更に奥まで捩じ込もうと力を籠めて押す。おそらくは、僕の心臓を貫く為に。

「…痛いな」

 しかし、それを止めた。胎内の血液を硬化して、浅い位置の、皮膚の下で。
 そして、流れ出た血液を操る。

「レオンっ!?」

 スティレットにまとわり付かせた真紅の液体で、その剣を持つ手を、刻む。

「っ!?」

 慌ててスティレットを手放し、退さがるもう一人。

「ふぅん…挟み撃ちってやつ。子供いたんだ君」

 匂い的に、親族の若い狼。共に大きな身体。色味は少し違うが、顔や雰囲気も似ている。

「まあ、なっ!」

 狼の長い足が、僕の腹を狙って動く。仕方ないので、両手に掴んだ剣を放して横合いへ跳ぶ。と、

「手前ぇ相手に油断するような、愚息でなっ!」

 軽口と共に長さの違う剣が振るわれる。

「僕に向かって来るような愚かな犬を親に持つからね? 仕方ないんじゃない?」

 避けながら背中に浅く刺さったスティレットを引き抜き、

「ハハッ、そりゃあ耳が痛ぇ」

 若い狼に投げ付け、牽制けんせい。弾かれたスティレットが明後日あさっての方向へ飛んで行った。

「だが、手前ぇに歯向かう勇気はなかなかだろ?」

 確かに。僕を攻撃するモノはなかなかいない。ほぼ、ローレルとこの狼だけだ。

「なら、その蛮勇に死ね」

 両手の人差指、中指、薬指の爪を三本ぐっと伸ばし、硬化。片手で狼の剣を受け止める。そして、反対の手を狼に向かって突き刺そうとした…ら、

「っ! …へぇ、いい剣だね」

 狼の短い方の剣に、爪が斬られた。

「鍛冶師の腕が良くて、なっ?」

 ピキリ、と剣を受け止めた方の爪にヒビが入る。もう一度、斬られた方の爪を伸ばしながら、親指で人差指を軽く切り、血を流して爪に纏わせて硬化。カキン! と、狼の剣を弾く。

「ったく、狡くねぇか? それ」

 両手の爪に血を纏わせ、硬く血晶化。

「二対一は、どうなんだ?」

 背後からの若い狼の剣をいなす。こちらは、片刃の双剣。

「そんなの、ハンデにもなりやしねぇだろ?」
「弱い奴らにたかられてウザいだけだね」
「いやぁ、悪ぃな? 寄って集って、ようやく手前ぇと斬り結べる程度でよぉ?」
「弱い奴はさっさと消え失せろ」
「いやいや、消えンな手前ぇの方で頼むぜ」

 軽口を叩きながらも、常に狼の両手はフル稼働。斬撃が一切止まらない。それに、無言で剣を振るう若い狼。合わせて四振りの斬撃が続く。
 その剣が、腕や頬を徐々に掠めて来ている。
 直ぐに治るけど、細かい痛みが鬱陶うっとうしい。

 ああもう、コイツら…燃やそうかな?

 けど…ピンポイントで燃やせる程、コイツら遅くないんだよなぁ。この狼共を確実に仕留めようと思ったら、この原野ごとの広範囲になるだろう。

 無闇に火災を発生させるなって、昔アークが言ってたしなぁ・・・火災って、延焼させるのは簡単だけど、消すのは案外難しいんだよね。
 気温低下か、無酸素状態にするか・・・けど、それも無関係な動植物を全滅させるし・・・

 昔、環境破壊はするなって怒られたんだ。

 環境を壊さずにコイツらを壊す方法・・・

「っと、本当にいい剣だな」

 何合も剣を受け止めているうちに、硬化させた血液にピシッと小さなヒビが入って来た。

「応。鍛冶師に言っておく、さっ!」

 狼の気合いと共にパキっ! と、爪が折られる。その跳ねた血晶けっしょうの欠片を、ごうと一瞬の高温で燃やし尽くす。この方法なら、延焼はしない。

「くっ!?」

 業火に怯んだ若い狼がバッと退る。

「馬鹿っ、退るなっ!?」

 狼の警告。そして、

「ふっ…」

 退った若い狼に追撃。風の刃で全身を刻む。

「ぐっ!?」

 パッと飛び散る鮮血。けど、耐刃装備なのか、あまり斬れていない。狼はこの程度じゃ死なないからなぁ。もっと、徹底的に刻まないと。

「あんまり、虐めてくれるな、よっ!」

 狼が、僕へ仕掛ける。
 片手の爪は折れたままだ。
 纏わせていた血晶を、手の甲へ。
 ガギン! と、片方は爪で。もう片方は、手の甲で受け止める。手が痺れた。が、それも直ぐに治る。

「ハッ、一対多数の場合、弱い奴から潰して行くのはセオリーだろ?」
「ったく、手前ぇとり合ってると、自信喪失するぜ。全くよぉ・・・」

 そう言う狼の口元には、獰猛どうもうな笑みが浮かぶ。

「なら、尻尾巻けよ。追わないでやるからさ」
「そうも行かなくてな?」

 この狼は本っ当に、しつこいんだ。
 さっさと追っ払わないと、数日間に渡って斬り合う羽目になる。しかも、不眠不休で、だ。
 ローレルと二人になると、連携が心底ウザい。

 だから・・・弱い方を狙おう。
 さっき、飛んで行った物を使う。

 斬り飛ばされた爪を引き寄せ、若い狼の足へと飛ばして、その太腿ふとももへと突き刺す。

「くっ…」
「止まるなっ!?」

 再び狼の警告。だが、遅い。

「っ!?!?」

 ガクンと崩れ落ちる若い狼。その背骨には、彼の得物だったスティレットが深々と突き刺さる。僕の血が付いた物だ。当然、動かせる。

 脊椎せきついを狙ったからね。
 剣を抜かない限り、足は動かない筈。

「さて、刻もうか。どうする? 犬」

 足の動かない若い狼を、彼自身が流した血液を刃にしてザクザクと刻んで行く。

 狼は、自己治癒力が高い。だけど、その自己再生を上回る程のダメージを与えるか、造血の速度以上に失血させ続ければいずれは死ぬ。
 殺すのなんて、簡単だ。

「クソっ・・・」

 狼が血の刃の中へと飛び込み、その身を刻まれながらも、若い狼を担いで撤退して行った。

 逃げるなら追うつもりはない。

 これでしばらくは追って来ないだろう。

※※※※※※※※※※※※※※※

「・・・ぅ…」

 身体が、重い。

「起きたか、愚息」

 低い声がした。親父の声が、遠い。

「…だりぃ」

 フラフラするが、どうにか身を起す。

「そりゃ当然だろ。あンだけ派手に血ぃ流しゃあな? 貧血。ンで、脊椎損傷」

 貧血・・・は、初めてだな。

 アルは、いつもこんなに怠い思いをしていたのか・・・今度から、もう少し労るとしよう。

 トン、と地面にスティレットが突き刺さる。

「エグいぜ。おそらくピンポイントで脊柱せきちゅうを潰しやがった。刺さってる間は、神経が再生しねぇからな? 下半身が動かなくなるってぇワケだ」
「・・・奴、は?」
「ああ、奴ぁヴァンパイアや吸血鬼以外にゃ案外寛容でな? 向かって来る奴は叩き潰すが、逃げる奴を追ってまでは殺さねぇンだよ」
「そう、か・・・」

 くらりと目眩めまいがする。

「おら、さっさと食え」

 ぽんと、脚を縛られた兎が三匹放られた。

「動けるようンなったら、また行くぞ」
「わかった」

 次はもう少し、足手まといにならないようにしなくては・・・奴を、狩る為に。

 あんな奴に、アルを殺させて堪るか。
 絶対に、そんなことはさせない。
 死んでも・・・アルを守る。

 兎へと牙を突き立て、その肉を喰らう。
 さっさと回復して、少しでも早く、奴を追わなくては・・・
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