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ヴァンパイア編。

52.・・・強いと、アルに尊敬される。

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「ハッ!」

 なんでしょう? 今、過去の回想が頭に浮かんで・・・??

「っ!?」

 ドン! と、拳が腹へ衝き刺さりました。息が詰まります。大丈夫ですかね? 軽く、拳が背中を貫通してませんかね? この衝撃は・・・

「ぐっ、ハっ・・・!!」

 とりあえず、確認。穴は空いてませんが・・・まあ、貫通していたとしても、割とすぐ治りますけど。

「弱い」

 僕を地面に沈め、無表情に見下ろすのは、スレンダーな長身、モノクロの女性です。白みが強い灰色のベリーショート、灰色の瞳、どこか凍土を思わせる冷たい美しさを誇るその顔には、鼻筋に痛々しい…爪で引っ掻いたような疵痕が走ります。

「・・・あの、クレアさん? 僕は、然程さほど肉弾戦が得意ではないのですが?」

 むしろ、苦手と言ってもいいくらいです。

「・・・強いと、アルに尊敬される。けど…」
「っ!」
「弱いフェンネルは、尊敬されない。可哀想」

 淡々とした口調。無表情ながらに憐れみの視線。

「鍛えてあげようと思った。でも、嫌ならやめる。私は、アルに格好いいと言われる。ちょっと自慢」

 ふっと無表情な口元が緩みます。

 クッ・・・それは羨ましいっ! 僕も、ロゼットに「兄さん格好いい」とか言われたいですっ!!

「・・・やりましょう。クレアさん」

 ロゼットに尊敬される為にっ!!!

 こうして僕は、クレアさんに鍛えてもらっていたのですね。少し、記憶が曖昧ですが・・・

※※※※※※※※※※※※※※※

「・・・ハッ!」

 パッと目を覚ますと、見知っている場所にいました。
 おかしいですね? 僕は、アダマス本邸でクレアさんに鍛えてもらっていた筈です。

 なんで、船の中で寝ていたのでしょうか?
 理由を訊きに、船の主の下へ向かうことにします。

 仕度を整え、リリアナイトの下へ移動。

「あら、フェンネル様。ごきげんよう。お目覚めになられたようで、なによりですわ」

 にっこりと微笑む赤毛の少女。

 リリアナイトは人魚なのですが、ロゼットをその・・・愛しているようです。ロゼットも女性なのですがね? 趣味嗜好は自由ですが・・・僕とは所謂、ライバルと言った関係に当たるでしょうか?

「おはようございます、リリアナイト。まずは状況の説明をお願いしたいのですが?」
「クレアお義母かあ様が、フェンネル様を連れて来られて、具合いが宜しくなさそうなので、わたくしの船でフェンネル様を療養させるように。と仰って、クレアお義母様はお帰りになられましたわ」

 にこにこと愛想よく笑うリリアナイト。

 クレアお義母様とは・・・なんでしょうね? このもやもやする感じは。ロゼットは、ハルトの家の子ではなく、僕の妹なのですが?
 まあ、言うだけ無駄なので言いませんが。

「そうでしたか、ありがとうございます。リリアナイト。僕はもう平気なので、失礼しようと思います。近くの陸地で降ろして頂ければ、自分で帰ります」

 さっさとロゼットを捜さなければなりません。

「そんなつれないことを仰らないでください、フェンネル様。もっとごゆっくり、わたくしの船へご滞在なさいませ。お仕事にもご不便が出ないよう配慮させて頂きますので」
「・・・どういうことでしょうか? リリアナイト」
「どういうも、そういうことですわ。そうそう、フェンネル様の、趣味の悪い使用人方も、後で別の船でお着きになられます。その間、ご不便かとは存じますが、ご寛恕の程、お願い致しますわ」
「趣味が悪いとは、失礼ですね?僕のメイド達は、そこそこ見目麗しいと思いますよ? リリアナイト」

 そう。彼女達は、見目麗しい。まあ、椿やロゼット程ではありませんけどね。

「ああら? では、悪趣味と言い換えさせて頂きますわ。アレク様や、椿お姉様と似た容姿の方々を使用人にするなんて、わたくしには信じられない感性をなさっていますもの。フェンネル様は」
「全く、ヒドい言い種ですね」

 椿やロゼットに似ている女性を、使用人として雇っているだけです。というか、彼女達が妹に似ているので、思わず劣悪な環境から連れ出した・・・というべきでしょうか? 椿とロゼットに似ている彼女達が不幸な状況にいるなど、見ていられなかったのです。

「ヒドいのはフェンネル様ではありませんこと? あ…いえ、失礼致しましたわ。フェンネル様は・・・アレク様にも、椿お姉様にも、お逢いされる機会が少なくて、お寂しいのでしたわね? そのことを失念していましたわ。大変、失礼致しましたフェンネル様」
「っ・・・」

 悲しげな顔で謝るリリアナイト・・・
 その内心は、僕を笑っていることでしょう。
 非常に悔しいです。
 しかし、なにも言い返せません。

 しかし、これは・・・
 明らかに、僕をロゼットの下へ行かせないつもりのようですね。
 ですが、僕は諦めません。
 待っていてください、ロゼット。
 僕は絶対に、貴女の下へ駆け付けてみせますから!
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