上 下
52 / 179
ヴァンパイア編。

47.相変わらずなのね? あなたは。

しおりを挟む
 逃げられたっ!?

 つか、本当にワケのわからん奴だ。

 あの、たぎる憎悪と、思わず怯んでしまう程に強く、くらい殺気との・・・馬鹿みたいに馬鹿な言動をするギャップが、気持ち悪い。不気味だ。

 それをかんがみるに、答えは一つ。

「・・・アイツ、壊れてンな。確実に」

 おそらく、あの馬鹿みたいに馬鹿な言動をしているのがあの変態の…なのだろうが・・・それを、あんな風に変える程の狂気染みた憎悪。

 ・・・結局、奴のことはわからないままだ。

 あのクソ野郎共に、強く深く怨みを抱いているということ以外は・・・
 いや、馬鹿で女好き・・・も、か?
 大して役に立たねぇ情報だな。

 とりあえず、もっとスタミナ付けないといけないな。体力とか・・・弱いままなんて、いやだ。

※※※※※※※※※※※※※※※

 彼は、何故かとある街に来ていた。
 特にこの街に用があるワケではない。

「あれ? なんで僕、こんなところに?」

 彼自身も、理由がわからなくて戸惑う。
 ふと、足が向いた…とでも言うべきか?

「まあいいか」

 別に急ぐようなこともない。
 彼は、適当に街を歩くことにした。

 蒼い夜空。風に香る潮の匂い。
 適当に散歩を楽しんでいると、ふと喉が渇いたなと思う。彼には食事の必要が無い為、普段は喉の渇きなど意識しない。意識することも希《まれ》だ。

「なんでだろ?」

 不思議に思うが、喉が渇いているのは事実。
 偶々目に留まった女から、血を頂くことにした。
 何故目に留まったのかはわからない程、どこにでもいるような平凡な女に声を掛ける。

「おねーさん、少しいいかな?」
「?」

 振り向いた顔は、やはり大した顔でもない。本当に、なんで目に留まったかな? 強いて挙げるなら…少々吸血鬼臭いと言ったところだろうか?
 僅かに漂うアンデッドの吸血鬼共の匂い。けど、血を飲まれたような感じの雰囲気はしない。
 なんだろ? アンデッドの吸血鬼がいる空間にいて、その匂いがほんの少し移った…的な感じかな?

 まあ、吸血鬼って実は街中で暮らす方が便利だからね。田舎だと奇行は目立つし、人間が消えると面倒なことになる。人間が多い場所なら、少しばかり人間が減っても、気付かれにくいからね。

「どうしたの? こんな夜中に子供が一人、で…」

 煩いので、視線を合わせて支配。
 ピタリと静かになった女を従え、人気ひとけの無い場所へ移動する。

 そして女の手を取り、その手首を爪でぷつりと軽く裂く。溢れた血液を浮かせて口へ運び・・・

「・・・やっぱり、普通か…」

 人間の血を飲むのは二百年振りくらいになるけど・・・別に美味しくも不味くも、なんともない味。
 舐める程度だが・・・これなら、別に飲まなくてもよかったと思う。

「なんで僕、こんなの選んだかな?」

 女から手を放す。ぽたぽたと血が地面に落ちるが、別に惜しいような味でもない。傷も浅いし。

 このまま放置しようとして・・・生意気な声が、脳裏に蘇った。「こんな道端に人間の女の子ポイ捨てするとか、信じらんない。ヒドい。イリヤの人でなし」幼い声が、言ったんだ。「は? 馬鹿か君は。僕らは元々人間じゃないだろ。君も含めてね」「なら、余計に。か弱い人間の女の子を、道端に捨てるとか、犯罪に巻き込まれたら可哀想だよ」「そんなの僕が知るか。勝手に付いて来た馬鹿な女の自己責任だろ」「違う。イリヤが、この子気絶させたんでしょうが」「五月蝿うるさいな。黙れよ」「・・・イリヤが捨ててくなら、自分でこの子連れてく」「・・・好きにしろ」そんなやり取りをして、結局どこぞの宿にその馬鹿女をポイ捨てする羽目になったんだっけ・・・?

「・・・はぁ…なんで僕が、そんなこと気にしないといけないんだか?全く・・・」

 溜息を吐いて、女に暗示を掛け直す。

「家に戻って、僕のことは忘れろ」

 ぼんやりとした表情の女は、ふらふらとした足取りで歩いて行った。

 なんで今更・・・あんな…混血のガキの言ったことを思い出すかな?

 僕のながい時間の中で、ほんの一時いっとき・・・たったの半月程度、一緒にいただけなのに。

 僕が壊した混血のガキ。
 何度痛め付けても懲りずに、紅い瞳で僕を、挑むように見上げて来た・・・小さな娘。

 金のような銀のような淡い色の髪。元の色から変わった紅い瞳に浮かぶ銀の瞳孔。滑らかな白磁の肌。少し力を籠めて握っただけで、手足が折れるような・・・僕の血を引いているクセに、信じられない程にひ弱で、すぐに死に掛けていた脆い娘。

 名前は知らない。

 聞こうと思ったら、もう壊れてたんだ。
 混血共は大概脆いけど、その中でもアレは殊更ことさらに脆弱な娘だった。
 少し本性を引き摺り出してからダメージを与えたら、瀕死状態になって驚いた。
 仕方ないから、僕の血を分けて回復させたら、自分の名前も言えないくらいに記憶が飛んでいた。
 だから、適当に名前を付けて・・・

 最初は静かで大人しかったのに、翌日からは生意気にも、僕から逃げようとした。ムカついたから、そのたびに痛め付けてやった。殴っても蹴っても、骨を砕いても、皮膚を焼いても、懲りずに僕へ挑むような視線を向けて来て・・・

 結局、すぐ死に掛けるアレの脆弱さに、僕が折れた形になったんだ。

 一応、アレはあのとき、人質だったから。
 彼を呼び寄せるまでは、多少壊れたとしても、死なせることはできない大事な道具だったから。

 殺さないように気を使っての手加減とか? すごくストレスか溜まったなぁ・・・やっぱり、一発で消す方がスカッとするのに。

 そういえば、アレが段々弱っていったから、人間の女を拾ってアレに吸血しょくじの仕方を教えてやったんだ。わざわざ健康そうな若い女を選んでやってさ? 噛みたくないというから、手首を爪で裂いて・・・飲めと促した。「…痛、そう」「ハッ、そんな物欲しそうな顔して、よく言う。ほら、飲めよ」アレの口元へ、血を流す手首を近付けると・・・アレは言葉さえ発せずに、夢中になって女の血をすすり始めた。「首はさ、相思相愛とくべつな相手にしか許しちゃいけないんだってさ。アークが言ってた。まあ、どうでもいい相手に吸血くちづけするとか…されるのも気持ち悪いもんね」「・・・」全く聞いてなさそうなアレに、そんなことを言った気がする。彼を思い出しながら。

 それから、理性の飛んだアレの様を暫《しば》し眺めて・・・用が済んだ女を捨てようとしたら、あろうことか、アレが文句を言って来たんだ。理性が飛んでいる間は静かだったクセに・・・

 なんか、色々とおかしいだろ。なんで僕が、わざわざ骨を折ってやった挙げ句、アレに文句を言われてたんだ? 僕に感謝して従うのが普通の筈だ。

 本当に、アレは生意気だった。

 アレは僕に怯えていた筈なのに。それでも尚、挑むように僕を見上げた銀の浮かぶ紅い瞳。

 耳に残る・・・幼い、反抗的な声。

「僕・・・なにやってるんだろ?」

 自分で自分がわからない。

 なにがしたいのかもわからない。いや、僕はアークに逢いたいんだ。これだけは、変わらない。
 なにがあっても・・・

 僕が愛しているのは、アークだけ。

 ふと、地面に垂れた赤が目に入り・・・
 赤を意味する言葉なまえが、頭に浮かぶ。

「・・・」

 口の中に、アレの血の味が蘇った。
 とろりと甘い、極上の血の味。

 知らず、喉が鳴った。

 あれ? なんで、アレの血の味が浮かぶ?

 わからない。

 アレは、僕が壊した。
 死んでいる。
 もう、いない。
 惜しい…ことを、した・・・?

 いや、違う。
 別に惜しくもなんともない。
 ひ弱な混血になんか、価値は無い。

 まあ、アレの存在自体は稀少だったけど。
 単に、それだけだ。
 あと、血が美味しい…とか?

「なんでだろ・・・ムカつくな」

 心なしか、胸が痛い気がする。

 何故か、起きてから調子が悪い。

「はぁ・・・どうしたんだろ? 僕…」

 何故か苛々するので、軽くストレス発散をすることにした。
 確か、この街には吸血鬼がいる。
適当に消そう。

 普段は、自分の血に連なるモノしか消さないけど・・・苛々するんだ。だから、気晴らし。
 少しは気分が晴れるといいな。

※※※※※※※※※※※※※※※

 数時間後、この港街からアンデッドの吸血鬼達が消えた。一人も残らず、全て。

 その場にいて、全くの無傷だった別種族のモノ達は、アンデッドの吸血鬼達を一瞬で焼き尽くす業火を見たという。
 その業火は、彼らの灰さえも残さなかった。

 街を歩く黒髪金眼の妖艷な少年の目撃情報。

 高確率で子殺しの始祖が現れたと、すぐさまアダマスとエレイスの上層部へと連絡が行った。

※※※※※※※※※※※※※※※

「これはまた…派手にやってるのね? イリヤ」

 一瞬で燃え尽きる花火で気晴らしをしていると、嫌な声がした。耳にまとわり付くような声。

 折角せっかく少しはよくなってた気分が台無しだ。

「なんのようだ? ルージュエリアル」
「ふふっ、昔馴染みを見掛けたから、挨拶に♥️」

 耳障りな、甘ったるい声が言う。
 気配は辺りに漂うのに、姿は見せない。まあ、見たいとも全く思わないけど。

「あなたの気紛れで消されるなんて、可哀想」

 耳元に、声だけが届く。

「五月蝿いな。君には関係無いだろ」

 この女は、ふるい仲間だったモノ達の一人。僕に苦言はていしたものの、あの中では唯一、僕のことを全否定はしなかった奴。
 けれど、コイツは彼に色目を使うから嫌いだ。

「そうねぇ? 関係は無いけど、忠告…かしら? もう、やめてあげたら?」
「・・・」

 何故か定期的に、僕に接触して来る変な奴。
 半分精神生命体な為、いまいち殺し方がよく判らないのも、苦手意識の要因だろう。

 殺し方が判らない奴は、気持ち悪い。
 殺し方が判らない奴は、殺せないからいやだ。

「相変わらずなのね? あなたは」
「君には関係無い」
「・・・本当に、変わらない…」

 溜息混じりの甘ったるい声が言う。

「ねぇ、イリヤ。あたしの子供には、あまり酷いことをしないでほしいわ」
「・・・」

 この女は、ローレルの四番目の子供の、始祖に当たるモノでもある。それについては、まだ決め兼ねているところだ。消すか、消さないか…

 返事をしないでいると、

「それじゃあ、また逢いましょう。イリヤ」

 結局、最後まで姿を見せずに、女の甘ったるい声と漂っていた気配とが消えた。
 相変わらず、嫌な女だ。
 マシになった気分が台無しだ。

 あの女が近くにいるかと思うと、気色悪い。
 早くここから移動しよう。
しおりを挟む

処理中です...