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ヴァンパイア編。

46.真剣に、アルゥラのハートマークを所望するっ!!!

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 とりあえず、場所を移そう。
 人気《ひとけ》の無い場所へ。
 路地裏から、建物の壁を蹴ってその屋上へ。
 なんか、変態がニヤニヤしてて気持ち悪い。
 よし、殺そう。
 ジャマダハルを陰から取り出して右手に握り込み、振り向き様に変態へ向かって拳を突き出した。

「うをっ! いきなり過激な挨拶だな? アルゥラ」
「チッ…」

 避けられた。

 ジャマダハルというのは、縦に持つ剣ではなく、片手で握る特殊な形状の短剣だ。分類的には暗器あんきたぐいになるだろう。柄に当たる部分が短くて、ナックルのように手の平に握り込むような仕様になっており、相手を殴るように、拳をそのまま真っ直ぐに突き出すタイプの剣だ。
 刃が短く、軽くて持ち運びも便利で忍ばせやすい。そして、女子供や素人にも扱い易い為、暗殺などによく使われる剣でもある。
 刃自体は短いが、拳のように握れる為、力が籠め易くて滑ることがあまり無い。拠って、貫通力がかなり高い。腹や胸、背中を刺せば確実に内臓をヤれる殺傷力抜群の暗器だ。無論、手足でも血管や筋肉、神経、下手すると骨まで届くだろう。致命傷を与え易い、危険な剣だと言える。

 ・・・当たれば、という前提だが。

 まず、内臓をヤってから動きを止め、それから首を落として、確実に殺してやろうと思ったのに・・・相変わらず素早い奴だ。

 仕方ないのでジャマダハルは諦め、陰に仕舞う。そして代わりに、フランベルジュを取り出す。

「えぇっ!? それどっから出したアルゥラっ!?」

 闇属性の魔術の中には、自分の陰の中に収納空間を創り出すという魔術がある。その収納空間ドレッサールームの中に、服や武器、貴重品を仕舞っている。まあ、収納空間ドレッサールームの広さは闇属性との親和性に依存する為、オレやシーフはあまり多くの物を持ち歩けないが・・・それは今、どうでもいい。

 フランベルジュを両手で構える。

 フランベルジュというのは、波打つという意味を持つ大剣のこと。『波打つ』の通り、刃が波打つ形状をしている。その為、その刃で斬られた場所がズタズタになる。皮膚や肉を抉るような斬り傷は縫合が難しく、その場では致命傷には至らずとも、斬られてから数日後に破傷風などで死ぬことが多い。『フラン』に炎という意味も後付けされたようだが、それは斬られた場所が熱を持ち、炎で炙られるような苦痛を伴うから…だとわれている。
 ある意味、遅効性でも殺傷力抜群の剣だ。

 変態目掛けてフランベルジュを振るう。

「ぬわっ!?」
「チッ…」

 また避けやがった。
 ホント、無駄に素早い奴だ。

「ちょっ、アルゥラ? さっきっから武器が殺傷力抜群な気がするんだが?」

 無論、る気満々に決まってる。

「死ね」
「いやいやいやっ? アルゥラの熱烈な想いは伝わっているぜ?あれだろう? 俺を殺してでも一人占めにしたいという深い愛情・・・実に情熱的だが、すまないアルゥラ。俺は、一人の女のモノにはなれないんだ!! 何故なら、俺は全世界の女を愛しているからだっ!!! 心苦しいが、どうしても、どうしても一人だけには絞れない・・・すまないアルゥラ」

 馬鹿が馬鹿なことをほざいてやがる。
 ムカつくっ!?!?
 なんでこのっ、馬鹿なことを馬鹿のように、恥ずかしげもなく主張する馬鹿に攻撃が当たらない?
 ああ゛…あったまくるっ!!!

「ハァ、ハァ…」

 ムキになって剣を振るっていたら、疲れた。

「お、息上がって来たな? 大丈夫かアルゥラ」

 クっソ・・・馬鹿にしやがってっ!
 フランベルジュを仕舞う。

「惜しかったな? アルゥラ。もうちょいだぜ」

 にかっとイイ笑顔で変態が言った。

「・・・」

 おかしいだろっ!?!?
 なんでオレが慰められてる風なんだっ!?

「介抱が必要なら言ってくれよ? 近くのホテルでも行くか? ああ勿論、アルゥラがOKしない限りはなにもしないぜ? 俺は、嫌がる女に無理強いはしたくないからなっ!」
「っ…どの口が、それを言うっ!?」

 驚いたように見開く蘇芳の瞳。男はスッと片膝を着き、胸に手を当ててオレを見上げる。

「・・・それについては、本当に申し訳ないと思っている。アルゥラを、あの連中と勘違いしたことも含め、謝る。悪かった。アンタを・・・アルゥラを、あんな風に傷付けるつもりはなかったんだ。許してくれとは言わないが、謝らせてほしい。心からの謝罪を。貴女へ」

 垂れるこうべ。男のその首へと、ピタリとショーテルを突き付ける。

 根本からほぼ直角に刀身が折れたように曲がり、そこから更に円を描くように湾曲した刀身が三日月を描く独特の形状。そして、切れ味に特化させる為に薄くした刀身は、あまり頑丈とは言いがたく、折らないように扱うのが難しいとされている。だが、その割に中東では、有名だ。斬首刑に使用される短剣として。
 ちなみに、実戦で使用する場合は刀身を厚くして耐久度を上げる。その分切れ味は多少鈍るが、元々が切れ味に特化した剣なので、普通の切れ味になるだけだ。問題は無い。むしろ、頑丈さを増したことで、斬ったり、相手の剣を引っ掛けて攻撃を逸らしたりすることもできるようになる。更に、達人になると相手の剣を奪ったりもできるらしい。

 そしてこれは、シーフ作のカスタムタイプ。雛形のゼロ番。切れ味を落とさずに、薄さを保ったまま、頑丈さと耐久度とを上げた一品だ。無論、無銘にしてある。

 真剣な表情の男。

 ・・・今なら、答えるだろうか?

「・・・お前は、なんだ?」

 答えなければ、この首を斬る。

※※※※※※※※※※※※※※※

 女にしては低めなアルトが詰問する。

「・・・」

 冷えた翡翠が俺を見詰める。
 銀色の瞳孔が鋭く煌めいて、とても綺麗だ。
 ああ…ゾクゾクする程の怜悧な美貌。
 この美しい瞳が、俺だけを見詰めている。
 ひざまずいたまま、思わずアルゥラに見蕩みとれていると、首筋にピリッとした痛みが走る。

「っ…」

 皮膚が浅く切られたようだ。つうと首を血が伝う感触。ああ、そうだった。
 今は、アルゥラにショーテルを突き付けられていたんだった。忘れてたぜ。

 アルゥラの質問は確か・・・?
 あれだ。うん。
 俺のことを知りたいってことでいいんだよな?

「俺の名前はトゥエルナキス・デザイン・ヴァイオレット。愛をめて気軽に、トール♥️って呼んでくれ。勿論、ハートマークを忘れずにな?」
「・・・巫山戯ふざけてンのか手前ぇ」

 硬質なアルトが、なぜか不機嫌に言う。ヤバい、首にショーテルが・・・

「巫山戯ているつもりは無い! 俺は真剣だっ!! 真剣に、アルゥラのハートマークを所望するっ!!!」
「死ね」

 益々不機嫌になっただとっ!?!? 何故だっ?

 仕方ない、な…

「・・・俺は…あの連中に、滅ぼされたモノの生き残りだ。アルゥラ」

 翡翠を見詰め、アルゥラが、俺に聞きたいであろうことを答える。と、

「っ!」

 思わず漏れ出てしまった低い声と殺気に、バッとアルゥラが後ろへ跳び退さる。ピッと首筋が裂けたが、それはいい。翡翠の瞳が警戒するように俺をうかがう。どうやら怖がらせてしまったようだ。
 どうもあの連中のことになると、怒りが抑えられない。悪い癖だな。全く・・・

「悪い、アルゥラ。怖がらせるつもりは無いんだ。無論、あの連中の一族でないアンタをどうこうするつもりも無い。俺が憎いのは、あの連中だ」

 両手を挙げ敵意が無いことを示し、

「誓って、俺は貴女を傷付けない」

 胸に手を当て、頭を垂れる。それから、勇気を出して…警戒する翡翠を見上げる。

「だから・・・愛を籠めてハートマークで俺を呼んでくださいっ! アルゥラっ!」
「死ねっ、変態野郎がっ!!」
「ぶへっ!?」

 首に、イイ…蹴り、が・・・そのまま屋上の石材へと叩き衝けられ、顔面が軽く擦り下ろされる。
 何故、だ・・・

 ハッ! わかった!! アルゥラは、もしかして嗜虐しぎゃく趣味を持っているのかもしれないっ!?

 だから、やたら殺傷力の高い武器で襲って来たのか。「死ね」というのも愛情表現の一部に違いない。もしくは、照れ隠し、か? 可愛いもんだ。
 成る程な・・・って、マズいな? 俺は、痛いのをよろこぶ趣味は無いんだ。残念ながら、アルゥラの愛には応えられそうにないな。

 どう、すればいいんだっ!?!?

 女からの愛情表現を、趣味じゃないからと拒んでいいものか・・・悩むぜ。
 全く、モテる男はツラいものだ。

 とりあえず、考える時間が必要だな。

「またな? アルゥラっ!」

 バッと飛び起き、走り出す。
 擦過傷は痛いので、顔面の治癒を促進。ついでに首も治す。よし、イイ男に戻った。

 俺の顔が傷付くと、女達が心配するからな。

「手っ前ぇっ!? 逃げる気かっ!!」

 アルゥラの情熱(激怒した)的な声が追い掛ける。
 だが、すまない。

「少し、考える時間をくれっ!」

 そう言い残し、断腸の思いで俺は・・・アルゥラのいるこの場所を、後にした。
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