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ヴァンパイア編。

43.あ? 誰が、誘惑者だ。クソ野郎。

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 何故か謝りながらオレの頬へと触れた男。そして、去って行ったのは、紫がかった漆黒の毛並の馬。

 どう、しよう・・・どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう・・・

 見られたのに、逃げられた・・・
 父上の所有印しるし、を…見られた。
 どうしよう・・・
 駄目だ。
 見た奴、は…殺さ、なきゃ・・・
 そう、だ。
 殺さなきゃ。
 殺そう。奴を。
 追い掛けない、と。

「・・・は、ぁ…?」

 動こうとした。ら、ガクンと力が抜けた。
 怠・・・
 まずは、動けるようにならなきゃ。
 血、を・・・
 兄さんの…は、駄目だ。他の、アダマスの血を知るヴァンパイアがいないとも限らない。
 リリやシーフの血じゃ、足りない。
 ドーピングが必要。
 養父とうさんの血晶を飲み込み、液体へ。爪でピッと指先を切り、養母かあさんの血晶にオレの血をまぜ、狼の使い魔を創る。
 灰色の毛並の狼。

 養母さんを模した狼を、ぎゅっと抱き締める。

「…養母さん…」

 これは養母さんではないが、養母さんの匂いに、少し…落ち着いた。
 そして、奴の流した血を狼へと嗅がせる。
 さあ、追跡開始だ。
 今度こそ、殺す。

※※※※※※※※※※※※※※※

 蒼い夜空の下を、走る。
 罪悪感で胸を一杯にして。

 俺らを滅ぼした連中は憎い。が、彼女はあの連中の血を引いた…全く別の種族。
 本人も、そう言っていた。
 だから、彼女は俺が憎い連中の一員ではない。
 彼女は、俺の復讐の相手足り得ない。

 むしろ彼女は、俺の復讐の・・・ある意味では、理想を体現しているとも言える。
 俺の目的は、俺らを滅ぼした純血至上主義を掲げるあの連中に、俺の血を交ぜることなのだから。

 彼女を酷く傷付けた俺が言うのもなんだが、俺は彼女を祝福する。彼女の存在は尊い。
 連中がみ嫌い、呪った存在だとしても、俺は彼女の存在をよろこび、言祝ことほごう。

 彼女の存在を、全面的に肯定する。

 彼女は、間違い無く愛されるべき存在だ。

 美人だったしっ!!! ここ、重要っ!
 美人だったからなっ!!! 絶対に外せないぜっ!

 美しい女は愛されるべきだぜっ!!!

 淡い白金色のプラチナブロンド。冷ややかな翡翠に浮かぶ銀色の瞳孔。顔自体はあの聖女と生き写しだが、印象が全く違う。

 おそらく、初見であの二人が瓜二つだと気付く奴は相当少ない筈だ。それ程に、雰囲気が違う。

 ふんわりと柔らかな、深窓の令嬢然とした雰囲気をまとうのが聖女で、怜悧で凛とした、女騎士のような雰囲気を纏うのが彼女。
 聖女が綻び始めた咲きめの花なら、彼女は固く閉じた蕾と言ったところだろうか?それも、とげや毒を纏うタイプの花。

 おそらく、棘や毒を得たのは後天的にだろう。そうでなければ、生きて来られなかったであろう花。

 無論、蕾の状態でも美しい花だ。

 そう。彼女は美しい。
 女は、女であること自体が美しい。
 その中でも、とびきりの美少女だ。
 美女、ではない。
 まだ、成長の余地を残しつつ、既にその美しさを世界へと知らしめているが、本人にはその自覚が薄く、危うさを伴う凛とした美少女、だ。

 ・・・クソっ! 俺の馬鹿野郎っ!
 あんな綺麗な女の子を、泣かせるなんて・・・

 泣かせるなら、ベッドの上だろうがっ!?
 女をベッドの上以外で泣かせるなんて、最低のクズ野郎じゃねぇかっ!?

 それにしても、彼女は……綺麗だったなぁ・・・

 男物の服の下に隠された、白くて滑らかな柔肌。曲線を描く腰から、ほんのり冷たくて触り心地が良く、引き締まった腹筋の上にごく薄い脂肪が乗った細いウエスト。そして、シンプルな下着を押し上げるふっくらとした形の良い胸。それ程大きくはないが、仰向けでも張りがあって、左胸の真ん中辺りの赤い痣が白い肌に映えていて・・・実に、実にエロかったぜ。

 ・・・そう言や、吸血鬼の所有印が有ったが…
 あれって、なんだ?

 ・・・おそらく、聖女をさらった悪魔ってのが吸血鬼。で、彼女はヴァンパイアだと言っていた。

 彼女の身内の吸血鬼が付けた・・・とか?

 吸血鬼の所有印ってな、獲物や所有物である証。
 吸血鬼が、独占したい相手に刻む愛の証だとかなんとか・・・だった筈だ。
 彼女が愛されているようでなによりだ。が・・・

 ・・・もしかして俺、マズったか?

 まあ、逃げるのは得意だから大丈夫として。多分。

 足を止め、人型へ。

 白金の髪と翡翠の瞳の彼女を想う。

 謝ったら許して・・・くれるワケねぇよなぁ。

 俺は、酷いことをした。
 彼女を酷く、そして深く傷付けた。

 彼女の存在を否定したワケではないが、それに近しい言葉を彼女へと浴びせた。
 あの連中の、言いそうな言葉を。
 彼女が激昂したのはおそらく、その言葉を、あの連中に言われたことがあるからだろう。

 憎悪に染まったかおと、頬を伝った雫。
 その雫を掬った指を強く握り締める。
 胸が、痛い。
 あんな貌をさせたかったワケじゃない。
 女を、ああいう風に泣かせていい筈が無い。

 彼女が、どういう生を送って来たかは知らない。

 しかし、存在を否定される痛みを、辛さを、悔しさを、俺はよく知っている。「オレの存在を、誰かが勝手に否定するな」という、血を吐くような彼女の叫びが、酷く痛々しい。それを、言わせてしまったことが慙愧ざんきの念にえない。

 俺もまた、存在を否定されたモノだから。
 そんな俺が、彼女を傷付けていい筈が無いのに。

 俺は、復讐を・・・このたぎ憎悪おもいをぶつける相手を、間違えた。本当に。彼女には、心の底から申し訳無いと思う。

 ふと、なにか嫌な予感がして、振り向いた。ら、狼が俺の喉笛へ向かって跳躍していた。

「ぬをっ!」

 理解が追い付かないが、身体が勝手に反応。狼を避けた。瞬間、視界に入ったモノを見て、ゾクリと背筋が粟立った。

 美しい、少女が・・・蒼い夜空に、浮かんでいた。蝙蝠こうもりのような翼を、背に生やして。
 見下ろすのは、赤い光を帯びる翡翠。
 その瞳に宿るのは、冷たい憎悪。
 なびく白金のプラチナブロンド。
 ゾクゾクする程に、怜悧さを研ぎ澄ませた蒼白な美貌。その、薄く色付く唇が開いた。

「死ね」

 女の子にしては低めな、硬質なアルト。
 そして、彼女が俺目掛けて急降下。
 その手には・・・

「っ!」

 ショーテルが握られている。
 根元から伸びた刀身が、ほぼ直角に鉤状に曲がり、そこからまた刀身が大きく湾曲して円を描くような形状。三日月のような刃が鋭く煌めく中東地方によく見られる短剣だ。
 ショーテルは、その独特な形状から、切れ味に特化した剣で、扱うのが難しい剣だと言われている。
 そして、扱いが難しい割に、有名な剣だ。
 その、用途は・・・

「くっ!」

 彼女の、俺の首を薙ぐ一撃を躱す。さっきよりも、明確な、殺すという強い意志を感じさせる攻撃。ヤっベ、見惚みとれている場合じゃねぇ!

「・・・逃げるなよ」

 冷たい殺意を湛え、赤い光を帯びる翡翠。
 それは、さっき俺が彼女へと言ったセリフ。

 足元から狼が喉笛を狙う。彼女の使い魔か? そして狼と連携を組み、執拗に俺の首へとショーテルを振るう彼女。避けてるけどっ!

「待って待って、待ってくれっ! それガチなやつ! ショーテルって、斬首刑で使うので有名な剣だからっ!」
「ああ、死ねよ」
「いやいやいやいやっ? さすがの俺も、首落とされると死ぬからなっ!? アルゥラ!」
「だから、死ねよ」
「待ってくれっ! 死なない程度になら甚振いたぶってくれてもいいからっ! アルゥラ!」

 それくらいのことは、した。

「あ? 誰が、誘惑者アルゥラだ。クソ野郎」
「あ、そっちで取った? 俺的には、魅惑的アルゥラなんだけど? でも、誘惑してくれても構わないぜ? 大歓迎だ、アルゥラ! むしろ、俺と一発ヤらないか?」
「死ね」

 即行断られたっ!! しかも、武力行使付きでっ!

「そうか・・・それは残念だ。だがっ、気が変わったらいつでも言ってくれっ! 大歓迎するぜっ、アルゥラ! そのときは、愛し合おう!!」

 ヒクリと、彼女アルゥラの顔が引きつる。

「あ゛? だ…からっ、死ねっつってンだろクソ野郎がっ!!!」

 冷たかった殺意が、温度を上げる。怒りと苛立ちの感情が混じり、ショーテルを振るう速度が上昇した。

※※※※※※※※※※※※※※※

 なん、なんだ…コイツはっ!?
 攻撃が、全く当たらない。
 いや、厳密には、細かい攻撃は当たっている。
 ショーテルや狼の爪がかすることはある。
 しかし、致命的な攻撃を、絶対に躱すのだ。
 そして、なにより苛立つのは・・・

「っ、…は、ハァハァ…」
「なあ、アルゥラ。大丈夫か? 息上がって来てるぞ? 少し休憩した方がいい。・・・ハッ、なんなら俺が介抱するぜ? 勿論、変なことはしない。…多分。あ、アルゥラの気が向いたら、別な? 手取り足取り・・・愛し合おうぜ?」

 攻撃は、して来ない。物理的な、攻撃は、だ。
 オレと狼の攻撃を躱し続け、相当な運動量な筈なのに、馬鹿みたいに馬鹿なことを喋り続け、揚げ句にオレの心配? 馬鹿にされているとしか思えない。

 クソムカつくっ!!!

 そして結局、養父さんの血のドーピングが切れて退散した。

「なんだ、アルゥラ。もう帰るのか? 送って行ってやるよ…と、言いたいが、それは嫌だろ? じゃあ、またな? 気を付けて帰れよ、アルゥラ」

 そう言って、見逃されたことが、悔しい。
 絶対に殺してやる。
 エレイスの抹殺リストの上位にじ込んでやる。
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