30 / 179
ヴァンパイア編。
29.…ん・・・あと、五…百時間・・・
しおりを挟む
船を飛び出して、また戻って来た日から数日。
雪君とアマラ以外、みんな気ぃ使い過ぎだろう。特にヒュー。まあ、あれで気軽に接されてもなんだが…
かといって、腫れ物扱いはどうなんだ?
「雪君、暇ー」
相変わらず食堂に入り浸っている。
「いや、遊ばねぇから。つか、手前ぇ自分の顔色見て言ってンのか? アル」
「顔色? 別に普通だろ」
「お前は、相変わらず自覚無しか…」
返って来る雪君の声は若干苦い。
「はぁ…そろそろ次の港着くから、適当に女引っ掛けて血貰って来い」
「え~、そんな気分じゃない。つか、オレ。あんまり頻繁に血必要なタイプじゃないし」
「だから、手前ぇは自分の顔見てンのか?」
「? 普通じゃん」
「ンじゃ、寝てろや」
「なんで?」
「文句はジンの奴にでも言ってろ」
※※※※※※※※※※※※※※※
港街の喧騒も、直射日光も、外気や硬い地面、雨でさえも全く頓着せずに、彼はとろとろと微睡む。
彼の大切なヒトを待って。
彼の大切なヒトが、家を追い出されたと聞いたのはいつだったか? 細かくは忘れたが、割と最近だったような気がする。
彼には一族でも割と重要…だという役割がある。だが、彼には彼女の方がとても大事だ。
元々、彼女が今の仕事に適性があるんじゃないかと彼に言ったことがきっかけだった。そして、彼が創った物を彼女が喜んでくれた。いつも彼には厳しめの彼女が珍しく誉めてくれて、認めてくれた。更には、一緒になって色々考えて、工夫してくれる。彼はただ、それが嬉しくて楽しくて、仕事を続けているに過ぎない。
彼が働くのは彼女の為。
彼女が喜んでくれないなら、彼には意味が無い。
だから、仕事を放り出して来た。後で五月蝿く言われるだろうが、どうでもいい。まあ、優先順位の高い…どうしても彼でなくてはいけない仕事は全て終わらせたから、一応大丈夫だろう。彼女を追い出したことへの、些細な反抗も含む。
彼女がどこにいるかはわからないが、放浪中とのこと。なら、彼の方も適当に放浪していれば彼女に逢えるだろう。愛の力? とかで、彼女が見付けてくれたらいいと思う。まあ、逢うまでふらふらしていればいい。
場所を弁えず、そこかしこのどこででも眠る彼を探して起こすのはいつも彼女だった。ぶつぶつ文句を言って、起こし方は乱暴だが、なんだかんだで彼女はいつも、彼を探してくれる。
彼女は彼より弱く、身体も華奢で脆い。なのに、その意志は非常に勁い。
彼は彼女が好きだ。美しい見た目も、見た目を裏切るその中身も、総て愛している。いまいち彼の愛は彼女に上手く伝わらないが、それでも気にしない。好きだと伝え続けるだけ。
だから彼は、彼女が見付けてくれるまでゆるゆると微睡む。月色のプラチナブロンドと、銀色の煌めく翡翠を思い浮かべて。
※※※※※※※※※※※※※※※
雪君とジンに食事して来いと勧められたので、街を歩いていた。時間は、夕方になる少し前。まだ女の子を見繕うのには早い時間だ。それに元々、食事の気分じゃなかったから。
けどさ、だからって・・・これは無いだろ!!
「・・・・・・・・・」
最初『それ』を見付けたとき、頭痛とは違う意味で、頭が痛くなった気がした。
あ~…あれだ。うん。見なかったことにしよう。そうして歩き出そうとしたら、
「…そこの上品そうな兄ちゃん、もしかしてアンタが『アル』、なのかい?」
『それ』が寝ている軒先の、店の店主であろう男がオレに声をかけた。
「!」
「いやなに、そこのず~~~っと寝転けて全く起きもしねぇ兄ちゃんが、寝てる自分を見て、少し固まった後に難しい顔して少し悩んで、その後多分無視して通り過ぎようとする、えっらい綺麗な顔した奴が『アル』だってンでな?」
店主が軒先で死体の如くピクリとも動かない、行倒れかと見紛う男を指差して言った。
「・・・ええ、はい」
仕方なく頷くと、辺りに歓声が満ちた。通りに響くのは、「よかったな、兄ちゃん!」「やっと迎えが来た!」「おめでとう、兄ちゃん!」「兄ちゃんの勇気は忘れないぜ!」「早く病気治せよ!」「またな、眠たい兄ちゃん」「元気でな!」「よーし、祝杯だ!」「兄ちゃんの門出を祝してっ!」「「「「「乾杯っ!!」」」」」という周囲の住人達の祝福の声。
なにこれ? オレには意味不明なカオスな状況。
店の軒先に、下っ手くそな字で『アル、拾って』という手作り看板を立て掛け、その足下ですやすやと眠る男を見やる。非常に無視したい。
が、そうも行かないだろう。
全くよくわからないが、とりあえずこのどアホが迷惑を掛けたであろうことは確実なので、迷惑料として既に酒盛りを開始している周囲住人の、酒屋の店主へ全員で好きなだけ飲んでくれとそれなりの額を進呈。どんちゃん騒ぎが始まる前にこの男を回収して、移動する。
喧騒が遠くなった頃合いで、担いでいたアホを地面へドン! と背中から叩き衝ける。
「・・・ん、ぅ?」
小さく唸るだけで、起きもしない。相変わらず鈍いな? このアホは。
「おい、起きろやこのどアホが!」
仰向けに転がったアホの腹に、
「うっ・・・」
ダン! と踵を叩き込む。※良い子は絶対に真似しちゃいけません! 内蔵破裂の危険があります!
「・・・あ、るぅ? …痛い…?」
漸くぼんやりと瞳を開けたアホ。眠たげなエメラルドに浮かぶ灰色が、ゆっくりと彷徨う。
「ああ。オレだ。起きろアホ」
そして、
「…ん・・・あと、五…百時間・・・」
寝惚けた声で、また閉じる瞳。しかも、五分どころじゃねーし・・・コイツは全くっ! あと約三週間も寝る気かよっ?
「…よし、わかった。じゃあ寝てろ。捨てて行く」
「…むぅ・・・ふゎ…」
のそりと身を起こすアホ。眠たげな半眼のエメラルドをこしこし擦り、大きな欠伸。
「…アルが、冷たい・・・」
「じゃあな。暫く顔見せンなアホが」
「…それは、やだ・・・」
背を向けたオレを追い掛ける眠たげなテノール。次いで、のしっと肩に掛かる重み。
「おい、シーフ?」
「やだ…」
背後から腕がするりと身体に回され、抱き締められる。熱くもなく、冷たくもない温度の体温。
「アル…好き…」
肩越しにチュッと頬へ当たる唇の感触とリップ音。
「おい」
「ん…だから、おんぶ…」
小さく囁く声が、寝息に変わ…
「起きろやっ、このボケがっ!?」
らせて堪るかっ! さっきみたいに前に投げるのは難しい。だから、後ろに勢い良く倒れ込む。肘で奴の腹を抉るように、体重を乗せて。※良い子は絶対真似しちゃいけません!
「ぐへっ!?」
苦しげに詰まる呼吸。腕が緩んだ隙を見逃さず、パッと起き上がる。
「ったく、手前ぇはそこで寝てろ」
シーフを置いて歩き出す。
「・・・痛い。アルが…ヒドい…」
雪君とアマラ以外、みんな気ぃ使い過ぎだろう。特にヒュー。まあ、あれで気軽に接されてもなんだが…
かといって、腫れ物扱いはどうなんだ?
「雪君、暇ー」
相変わらず食堂に入り浸っている。
「いや、遊ばねぇから。つか、手前ぇ自分の顔色見て言ってンのか? アル」
「顔色? 別に普通だろ」
「お前は、相変わらず自覚無しか…」
返って来る雪君の声は若干苦い。
「はぁ…そろそろ次の港着くから、適当に女引っ掛けて血貰って来い」
「え~、そんな気分じゃない。つか、オレ。あんまり頻繁に血必要なタイプじゃないし」
「だから、手前ぇは自分の顔見てンのか?」
「? 普通じゃん」
「ンじゃ、寝てろや」
「なんで?」
「文句はジンの奴にでも言ってろ」
※※※※※※※※※※※※※※※
港街の喧騒も、直射日光も、外気や硬い地面、雨でさえも全く頓着せずに、彼はとろとろと微睡む。
彼の大切なヒトを待って。
彼の大切なヒトが、家を追い出されたと聞いたのはいつだったか? 細かくは忘れたが、割と最近だったような気がする。
彼には一族でも割と重要…だという役割がある。だが、彼には彼女の方がとても大事だ。
元々、彼女が今の仕事に適性があるんじゃないかと彼に言ったことがきっかけだった。そして、彼が創った物を彼女が喜んでくれた。いつも彼には厳しめの彼女が珍しく誉めてくれて、認めてくれた。更には、一緒になって色々考えて、工夫してくれる。彼はただ、それが嬉しくて楽しくて、仕事を続けているに過ぎない。
彼が働くのは彼女の為。
彼女が喜んでくれないなら、彼には意味が無い。
だから、仕事を放り出して来た。後で五月蝿く言われるだろうが、どうでもいい。まあ、優先順位の高い…どうしても彼でなくてはいけない仕事は全て終わらせたから、一応大丈夫だろう。彼女を追い出したことへの、些細な反抗も含む。
彼女がどこにいるかはわからないが、放浪中とのこと。なら、彼の方も適当に放浪していれば彼女に逢えるだろう。愛の力? とかで、彼女が見付けてくれたらいいと思う。まあ、逢うまでふらふらしていればいい。
場所を弁えず、そこかしこのどこででも眠る彼を探して起こすのはいつも彼女だった。ぶつぶつ文句を言って、起こし方は乱暴だが、なんだかんだで彼女はいつも、彼を探してくれる。
彼女は彼より弱く、身体も華奢で脆い。なのに、その意志は非常に勁い。
彼は彼女が好きだ。美しい見た目も、見た目を裏切るその中身も、総て愛している。いまいち彼の愛は彼女に上手く伝わらないが、それでも気にしない。好きだと伝え続けるだけ。
だから彼は、彼女が見付けてくれるまでゆるゆると微睡む。月色のプラチナブロンドと、銀色の煌めく翡翠を思い浮かべて。
※※※※※※※※※※※※※※※
雪君とジンに食事して来いと勧められたので、街を歩いていた。時間は、夕方になる少し前。まだ女の子を見繕うのには早い時間だ。それに元々、食事の気分じゃなかったから。
けどさ、だからって・・・これは無いだろ!!
「・・・・・・・・・」
最初『それ』を見付けたとき、頭痛とは違う意味で、頭が痛くなった気がした。
あ~…あれだ。うん。見なかったことにしよう。そうして歩き出そうとしたら、
「…そこの上品そうな兄ちゃん、もしかしてアンタが『アル』、なのかい?」
『それ』が寝ている軒先の、店の店主であろう男がオレに声をかけた。
「!」
「いやなに、そこのず~~~っと寝転けて全く起きもしねぇ兄ちゃんが、寝てる自分を見て、少し固まった後に難しい顔して少し悩んで、その後多分無視して通り過ぎようとする、えっらい綺麗な顔した奴が『アル』だってンでな?」
店主が軒先で死体の如くピクリとも動かない、行倒れかと見紛う男を指差して言った。
「・・・ええ、はい」
仕方なく頷くと、辺りに歓声が満ちた。通りに響くのは、「よかったな、兄ちゃん!」「やっと迎えが来た!」「おめでとう、兄ちゃん!」「兄ちゃんの勇気は忘れないぜ!」「早く病気治せよ!」「またな、眠たい兄ちゃん」「元気でな!」「よーし、祝杯だ!」「兄ちゃんの門出を祝してっ!」「「「「「乾杯っ!!」」」」」という周囲の住人達の祝福の声。
なにこれ? オレには意味不明なカオスな状況。
店の軒先に、下っ手くそな字で『アル、拾って』という手作り看板を立て掛け、その足下ですやすやと眠る男を見やる。非常に無視したい。
が、そうも行かないだろう。
全くよくわからないが、とりあえずこのどアホが迷惑を掛けたであろうことは確実なので、迷惑料として既に酒盛りを開始している周囲住人の、酒屋の店主へ全員で好きなだけ飲んでくれとそれなりの額を進呈。どんちゃん騒ぎが始まる前にこの男を回収して、移動する。
喧騒が遠くなった頃合いで、担いでいたアホを地面へドン! と背中から叩き衝ける。
「・・・ん、ぅ?」
小さく唸るだけで、起きもしない。相変わらず鈍いな? このアホは。
「おい、起きろやこのどアホが!」
仰向けに転がったアホの腹に、
「うっ・・・」
ダン! と踵を叩き込む。※良い子は絶対に真似しちゃいけません! 内蔵破裂の危険があります!
「・・・あ、るぅ? …痛い…?」
漸くぼんやりと瞳を開けたアホ。眠たげなエメラルドに浮かぶ灰色が、ゆっくりと彷徨う。
「ああ。オレだ。起きろアホ」
そして、
「…ん・・・あと、五…百時間・・・」
寝惚けた声で、また閉じる瞳。しかも、五分どころじゃねーし・・・コイツは全くっ! あと約三週間も寝る気かよっ?
「…よし、わかった。じゃあ寝てろ。捨てて行く」
「…むぅ・・・ふゎ…」
のそりと身を起こすアホ。眠たげな半眼のエメラルドをこしこし擦り、大きな欠伸。
「…アルが、冷たい・・・」
「じゃあな。暫く顔見せンなアホが」
「…それは、やだ・・・」
背を向けたオレを追い掛ける眠たげなテノール。次いで、のしっと肩に掛かる重み。
「おい、シーフ?」
「やだ…」
背後から腕がするりと身体に回され、抱き締められる。熱くもなく、冷たくもない温度の体温。
「アル…好き…」
肩越しにチュッと頬へ当たる唇の感触とリップ音。
「おい」
「ん…だから、おんぶ…」
小さく囁く声が、寝息に変わ…
「起きろやっ、このボケがっ!?」
らせて堪るかっ! さっきみたいに前に投げるのは難しい。だから、後ろに勢い良く倒れ込む。肘で奴の腹を抉るように、体重を乗せて。※良い子は絶対真似しちゃいけません!
「ぐへっ!?」
苦しげに詰まる呼吸。腕が緩んだ隙を見逃さず、パッと起き上がる。
「ったく、手前ぇはそこで寝てろ」
シーフを置いて歩き出す。
「・・・痛い。アルが…ヒドい…」
0
お気に入りに追加
212
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる