上 下
19 / 179
ヴァンパイア編。

19.ローレルの独白。

しおりを挟む
 娘を思い浮かべると、最初に思うのは・・・光の加減で、金色にも銀色にも見える美しいプラチナプロンド。

 それを月色だとたとえたのは、シーフェイドだったか・・・フェンネルには白薔薇に喩えられ、椿には天使のようだと称される娘の容姿。

 翡翠の瞳に銀色の瞳孔。色素の薄い、染み一つ無い白磁の白い肌。母親と似ているが、彼女は甘やかな雰囲気を持つ女性的な容貌だった。アレクの方が凜とした雰囲気をまとっており、中性的な印象を持つ。

 性格は少々ドライ気味で、割と…かなり男寄りな性格に育ってしまったが、それは仕方がない。スティングに預けたからな・・・ヴァンパイアにしてはまともな感性を持つ、家族想いの優しい娘。

 アレクシア・ロゼット・アダマス。
 それが、秘匿ひとくされた娘の名前。名乗ることを許していない本名。普段はアルと称している。

 アレク、アレクシア、またはロゼット。これは普段、家族しか呼ぶことのない娘の名前だ。
 ロゼット。という名はアレクの母親が付けたが・・・その意味に反し、アレクの半生は楽観的なものではない。

 アレクはリュース…母方の血を色濃く受け継いだようで、真祖直系のヴァンパイアとしては異常に能力が低く、血をあまり受けつけられない程に弱かった。

 うちの血族は、始祖である真祖がとち狂っていて、数百年程の周期で発作的に子孫を殺して歩く為、うちでは引き取りたくはなかった。

 しかしアレクは・・・判っていたことだが、向こうの一族には、死を望まれる程にうとまれていた。母親は、毎日のようにアレクを殺せと言われ続けて精神に変調をきたすようになり・・・俺が育てるしかなくなった。

 だから、仕方無く相談したのだ。アレクを、どう育てればいいのかと。子殺しの真祖の片割れ、うちのもう一人の始祖の、『あのヒト』へと。…彼と接触すれば、奴に目を付けられるリスクは当然あったのだが・・・

 その結果、アレクは子殺しの始祖に拐《さら》われ、重篤じゅうとくな損傷を負った。

 拐われたアレクを取り戻す前に、アレクのその記憶と人格とが損なわれていたことを知った。
 子殺しの始祖に、手酷い扱われ方をされたせいで変質したアレク。

 ようやく取り戻せるというとき、手が届く直前に、またしてもアレクは奴に・・・壊された。奴の血を飲まされた上、致命傷を受けたアレクの呼吸と心臓は、俺の目の前で…止まった。
 それを必死で繋いで、どうにか生かすことに成功した。

 子殺しの始祖は、アレクを殺したと思っている。そのことを利用して、アレクを徹底的に隠すことにした。スティング一家に預け、生き残らせる為の教育を任せた。

 アレクの記憶と、奴から受けた血を、『あのヒト』と、彼のふるい知り合いに封印してもらって。
 守る為に、アレクを手放した。

 アレクには父親だと認識され、定期的に会ってはいたが、家族としては暮らせていない。

 その存在を、秘匿した。

 それから、約二百年・・・
 とうとう奴が、動き出した。

 ヴァンパイアは、真祖に近いモノ程、他生物からの栄養補給を必要としない。魔力や精気を取り込むだけで存在維持ができる個体にとって、食事は嗜好品しこうひんに過ぎない。

 その、栄養補給を必要としない真祖の奴が、アレクの血を飲んでいた。
 そして、アレクは、奴の血を与えられた。
 それ・・が意味することは・・・考えたくもない。

 アレクを奴に、絶対にわせるワケには行かない。

 だからアレクに、結婚か幽閉かを迫った。
 アレクへの選択だが、同時に俺への選択でもある。
 手元に置いて守るか、他の誰かにアレクを守らせるかの選択。

 アレクの婚約者候補の条件は二つ。それは、俺が信用できる相手で、死んでもアレクを守るという気概きがいのある奴。

 子殺しの片割れの『あのヒト』に責任を取らせようとも一瞬思いはしたが、それはそれでアレクが一生奴に付け狙われそうなのでやめた。それに、自分よりも若作りな先祖のあのヒトに娘はやりたくないとも思ったし、なにより・・・奴は異常に粘着質でクレイジーなブラコンのサイコ野郎だ。あんなのが義弟として付いて来るなど、アレクがあまりにも可哀想過ぎる。

 なので、フェンネル、シーフェイド、レオンハルト、そしてスティングと、とある旧い夢魔むま。あと、もう一人の六名を提示したが・・・

 冗談ではないと一蹴された。今のところのアレクの選んだ選択肢は、自分で身を守るという自衛。

 奴はアレクが生きていることを知らない。ならば、アレクがあちこちを放浪している方が、奴と遭遇する確率は低い筈だ。
 どうせ奴は俺を殺しに来るだろうから…アレクをうちには近寄らせないことにした。数十年間、奴が活動を停止するまでの期間。

 それで、アレクの放浪を選択肢に入れた。
 守る為に、また手放すという選択肢。

 だが、奴と遭遇しそうになれば…直ちに連れ戻す。
 そして、無理矢理にでも結婚か幽閉を実行する。

 アレクに恨まれても構わない。それで守れるというのなら、娘を妻にすることも、いとわない。恨まれ、憎まれようとも、俺には家族が生きていることの方が大事だ。

 二度と奴に、家族を奪われて堪るか。

 その前に、奴を・・・子殺しの始祖を、殺す。

 そう、決めた。

__________

 ロゼットという名前には、『大切な』、『宝石』、『薔薇』、『薔薇色の人生』という意味があったりします。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

ゲームの中に転生したのに、森に捨てられてしまいました

竹桜
ファンタジー
 いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。  だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。  そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。  これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

処理中です...