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ヴァンパイア編。

16.・・・食事がてら、少し外を散歩するか。

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 ヒュー達の船に乗って、数日が経った。

 一応手首の痛みは少しマシになって来た。まだ治ったワケではないが、食っちゃ寝の生活をしていては身体がなまる。少し、動きたい。

 ・・・食事がてら、少し外を散歩するか。

 ということで、夜。

 船をこっそりと抜け出して、街を歩く。
 あおい空に、冷たい夜風が気持ちいい。が、どうやら船を抜け出すのが見付かっていたようだ。つけられている。あれはジンだろうなぁ。気配的に。

 どうするか・・・
 まあ、戻るのは無しだ。一応、目的は食事だし。かといって、食事風景を覗かれるのは嫌だ。それは、血液提供者おんなのこ達に失礼だからな。

 というワケで、こう。
 適当な路地へ入り、建物の壁を三角跳びの要領で蹴って屋上へ。そこから更に、隣の建物へと跳び移りながら移動する。が、まあ…相手は人間ではない。確りと付いて来ている。

 なので、飛ぶことにした。

「よ、っと」

 トン! と強めに壁を蹴って高く跳び上がり、パッと羽根を広げる。蝙蝠こうもり翼膜よくまくのような羽根を背中に出しての飛行。
 一応、オレもヴァンパイアだから飛べるのだ。まあ、短距離なら走った方が速かったりもするけど…長距離なら断然、飛ぶ方が速い。

 上空へと羽撃はばた
 羽根の無いヒトには、跳ぶことはできても飛ぶことができない。同じ距離の水平移動なら追跡できても、垂直移動なら追っては来られない。

 さあ、雲に突っ込めるくらいまで高度を上げよう。
 濃い霧状の雲の中へダイブ。ひんやりした空気がいい感じだ。パタパタと緩やかに羽根を動かして雲の中でホバリング。しばらくは雲の中で待機しておこう。

 で、下の街を観察…する為に、ピッと親指の爪で人差し指を軽く切る。雲から水蒸気を集めて作った水球に数滴血を垂らし、少しの魔力を込めて偵察用の使つかい魔を作成。五匹程の蝙蝠、うち一匹には血と魔力を増量して街へと放つ。傷は、操血そうけつでさっと塞ぐ。ヒビもこれくらい早く治ればいいと心底思うが、それは無理だ。骨や体内の損傷は、皮膚とは違って治すのにそれなりの時間が掛かる。

 血液提供者は、娼婦…になる前の女性が狙い目だ。辻に立ち、馴れた様子で男の手を引く女性ではなく、暗がりで悲壮な顔をして動けないでいる女性を探す。
 他人ひとの不幸を狙うようで少し悪いことをしている気分になるが、お金が必要な人間に定期的に血液を提供してもらい、それをうちが経営する病院や診療所でストックし、人間の血液を好む他種族などへも販売している。血液を提供する場があれば食事に困らなくなるので、わざわざ人間を襲わないで済むと案外好評だ。

 身体を売ろうとまで困窮している人間は、多少怪しかろうが、割と高値で血液を提供する。物理的に身売りをするよりは、血液を売る方がまだマシだろう。うちは衛生管理を徹底している為、変な病気を貰うリスクもかなり低い。
 一応、血液の採取は診療所でするし・・・なんなら、内蔵や死体も買い取る。それなりに需要もあるし。無論、生前に了承を得てからだが。経営側が人間じゃないだけで、割と良心的だと思う。

 痩せてはいても、健康そうでやさぐれた雰囲気の無い女性が理想だ。まあ、ぶっちゃけ味の問題でもあるが…病気だったり、ヤク中やアル中の人間の血は美味しくないし。怪我ばかりする人間には、血液を提供してほしくない。怪我をすると血液の味が薄くなるし。養生しろと言いたくなる。

 まあ、やはり中には変わった嗜好のヒトもいるワケで…病気持ちや、アル中、ヤク中の血液が好きだという悪趣味なモノもいたりする。そういうヒトは、そういう人間を狙う。消えても、あまり誰にも気にされない人間を・・・

 無論、オレは健康な血液派。

 さて、ジンの気配は蝙蝠を追って行ったようだし、オレもそろそろ街へ降りるとしよう。血液提供者おんなのこ達の目星は付けたし。今夜は三名、ね。

※※※※※※※※※※※※※※※

 暗い路地に、悲壮な顔をして立つ薄着の女性が一人。

「おねーさん、こんなとこに立ってどうしたの?危ないよ」

 オレの声にビクッと震える彼女。

「っ!…あ、あなたこそ、どうしたの?幾ら男の子でも、こんな時間に子供が出歩いてちゃ危ないわよ?お家に帰りなさい」

 少し痩せ気味で、悲壮な表情はしているが、病気の匂いはしない。健康そう。オレの心配をしてくれる辺りにも、やさぐれている雰囲気はない。
 にこりと安心させるように微笑み、視線を合わせて、少しだけ判断力を鈍くさせる。そして、彼女の事情を聞き出した。案の定、お金が必要で身売りを考えていたらしい。詳しい事情は割愛するが、これまた案の定。いざ身売りをするとなると、怖くて尻込みしていたという。

「そっか。なら、よかった」

 パチンと指を鳴らし、暗示を解除。

「・・・?」

 パチパチと瞬く彼女。

「ねえ、一回だけ大金が手に入るのと、定期的な収入。どっちがいい? おねーさんが望むなら、割のいい仕事紹介してあげる。ちなみに、返事は今すぐね? 五分は待ってあげる」

 あまり時間は掛けられない。この子以外にも、身売りをしそうな女の子がいるし。

「さあ、よく考えて。勿論、断ってくれても構わないよ」
「・・・大金って、どのくらい?」
「これくらい、かな?」

 平均的な労働階級の年収の約三年分程から、と提示する。

「そんなにっ?」

 驚く彼女。しかし、即決はせずに冷静に質問を重ねる。賢いね。そういう慎重さは美徳だと思う。

「・・・定期的な収入の方は?」
「月一回で、最低これくらいかな?」

 労働者階級の月収の約半分、からだ。血液提供者の報酬は、血の質と量による。血液の量の基本額に、品質あじに拠る付加価値が付いて値段が変わる。

「月一回でその値段? ・・・怪しい仕事?」
「まあ、怪しいっちゃあ怪しいかもね。短時間でかなり、割がいいからね。他言無用が厳守。場所は病院。内容は献血」
「けんけつ? なにそれ?」

 そうか。知らないのか・・・

「まあ、要はおねーさんの血を買うよ? ってこと」
「え?」
「健康な身体を維持することと、この仕事を絶対に他言しないことが主な条件になる」

 こうして、条件に頷いた彼女をひっそりとたたずむ診療所へ案内。後を受付の吸血鬼へと任せた。彼女への説明と契約、簡単な問診、及び健康診断、銀行口座の開設などの手続き。そして、オレのことを忘れさせてくれるだろう。

 これで彼女は、おそらく四十代手前までは安泰だろう。
 妊娠したら、献血は停止。堕胎しても、半年は献血禁止。子供を産み育て、授乳期間を終了して、暫く時間を空け、更に健康に問題が無いと診断されれば献血を再開してもいい。但し、大概の女性は子供を産むと血の味が変わる為、以前の血液の値段が付くかは不明。そして、健康に問題が生じたり、四十代になった女性からの献血は受け付けない。

 そして血液提供者かのじょ達は、守られることになっている。健康な血液を提供してもらう為、これから血液提供者達の生活は影ながらサポートされることとなる。彼女達の健康を害する要因は、彼女達の提供した血液を食事とするサポーター職員達に拠って、なるべく穏便に取り除かれる手筈だ。偶に、穏便に行かないこともあるが・・・

 血液提供者かのじょ達の婚期が遅れたら申し訳ないが・・・逆に、結婚相手が見付かる場合もある。偶にいるのだ。血液提供者の血の味を気に入って、本人に結婚を申し込むヒトが。そうなれば、一生安泰とも言える。基本的に彼らは、人間よりも長生きで裕福だ。人間ではないが故に・・・まあその辺りは、当人同士の問題となる。当然ながら、無理強いは、規定違反だし。

 ちなみに、血液バンクの関連の吸血鬼達はアンデッドの吸血鬼達だ。過去にやらかしたモノ達…とでも言えばいいだろうか? 元賞金首のヒト達が多い。消滅よりもペナルティを受け入れ、人間社会に影響を及ぼさないよう調教…もとい、確りと教育を施されたヒト達。

 確りと教育、をされただけあって、有能なヒト達が多い。過ちを犯すことは…そうそう無いだろう。上に純血のヴァンパイアがいるのだ。例え血統が違っていたとしても、アンデッドの吸血鬼は真祖に近い血を持つモノには、本能的に服従してしまう。兄さんの部下にやたら調教…じゃなくて、教育が上手いヒトがいたし。間違っても、実家アダマスに逆らうことはないだろう。逆らっても、地獄しか無いし・・・

「さて、次は…」

 残念ながら、次に会った女の子には頷いてはもらえなかったので、彼女にはオレとの会話を忘れてもらうことにする。縁が無かったのだろう。
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