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ヴァンパイア編。

12.なんて子を拾って来ンのよアンタ達は…

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「はぁ・・・」

 ヤなこと思い出した。腕と、ついでに頭も冷やす。と、コンコンと控え目なノックの音が響いた。どうやら、足音を聞き逃したようだ。痛みと眠気で、集中力が落ちている。

「起きてるかな? 俺、ジンだけど」

 取り敢えず、血晶を仕舞う。この動きと音で、オレが起きていることはバレただろう。ジンは狼。耳は良い筈。

「・・・」
「・・・ん~…寝てるなら、いいや」

 黙っていると、ジンがそう言う。出ないなら、それでもいいということだ。気を使われている。

「これは俺の独り言なんだけど…怪我して、更には見ず知らずの場所で知らない男達に囲まれた状況で落ち着ける筈がないとは思う。でも、俺は医者だからね。怪我が治るまで、君がちゃんと動けるようになるまで、君を守る。だから、安心して怪我を治すのに専念していいよ」

 低い声が柔らかく言う。

「まぁ…医者だからっていう理由だけじゃ納得できないなら、狼の一族として君を守るよ。一応、レオンハルトとは知らない仲じゃないからね」

 レオと、知り合い?

「…俺の母がクレアさんとはイトコに当たる。だから、レオンハルトとはハトコってことになるかな? まあ、親戚としての付き合いはほぼ無いんだけどね」

 苦笑気味の声の後、血の匂いがした。あまり鼻が良くはないオレには、探るつもりで嗅がないと判らないが、確かにうっすらと養母かあさんやレオと似た匂い。

「クレアさんの娘なら、守らないとね。あのヒト、狼の中では色々な意味で有名…というか伝説だからね。なるべくなら敵に回したくないし」

 納得。確かに養母さんは、色々とアレなヒトだ。見た目は、とてもクールな容姿をしているスレンダーな長身美女。無口なのもそのイメージに拍車を掛けている。
 だが、その実態は…非常にワイルドなヒトだ。野性的というか…野性?

 獣人には人型で暮らすタイプと、獣型で暮らすタイプがいる。人間に紛れて暮らすなら前者。人里離れた森や草原、雪原などで暮らしたり、ずっと移動し続けて狩猟をする部族が後者になる。

 養母さんは…人型よりも獣型でいる方が好みらしい。服を着るのを面倒がり、食事は狩って来た獲物を生で食べ、気が向けば丸焼き。人語は解するが、あまり喋らない。野性的だ。

 そして養母さんは、非常に愛情深いヒトでもある。種族が異なり、血も全く繋がらないオレを自分の娘だと言ってはばからずに可愛がってくれ、オレに害意を向ける連中を無言で叩き潰す。ちなみに、養母さんの異名は雪原の女帝。狼の間では知らぬ者がいない程有名だとか。

 養父さんと養母さん、二人共に実力者として有名なヒト。その養い子となれば、狼としては、二人を敵に回さない為に最低限のオレの身の安全を保証せざるを得ないのだろう。レオも決して弱くはないが、養父さん養母さんに比べると今一歩という評価だ。

 …それでもオレなんかよりは格段に強いが。
 というか、オレが弱い・・・

 ジンにしてみれば貧乏クジだろう。あまり親しくない目上の親戚の、自分とは全く血の繋りの無い子供を預かるようなもの。養父さんと養母さんへの義理だろうが、その保証があるのと無いのとでは大違いだ。オレとしては助かる。

 養父さんと養母さんの威光に感謝だ。実家の七光は使えないが、養家の七光は使わせてもらおう。まあ、基本的には狼限定となるだろうが。

「…ありがとう、ございます…」

 小さく呟く。

「お休みなさい。お大事に」

 少しだけ、寝ることにした。

※※※※※※※※※※※※※※※

 こうして俺らの船は、アル・ソーディという奴の足として使われることとなった。というか、あんなことを言われたら断りようが無いだろう。

 家に帰れば幽閉か政略結婚。
 まだガキに見えるのに、それはあんまりだろう。・・・俺は決して、ASブランドのシングルナンバーにつられたワケじゃない。シングルナンバーが、これでもかというくらい、非常に魅力的なのは確かだが…

 潰すという方は・・・そう簡単に潰される俺達じゃあない。

 船長室に戻ったヒューは、船底へと繋がるパイプへ向かって経緯を話す。

『・・・』
「黙ってねぇで、なんか言ってくれ」
『・・・別に、なにも言うことなんて無いわよ』

 不機嫌なアルトのハスキーが言う。

「いいのか?」
『…いいも悪いも無いのよ』

 ムスっとした返事。

「勝手に決めたことを怒ってンのか?」
『だから、いいも悪いもの無いの!ったくもう…なんて子を拾って来ンのよアンタ達は…』

 嫌々というのが丸わかりな声だが、一応は了承しているようだ。

「まあ、かなり特殊な事情持ち…っつうか、普段は滅多に接触しねぇような階級の奴だが、悪い奴じゃねぇ」
『ンなこたどうでもいいのよ! 兎に角、アタシは絶対あの子に逢わないからね! アタシの部屋に近付けンじゃないわ、いいわねっ? ヒュー』
「わかったよ。つか、この船はお前のもんなんだから、いつもみたく、嫌なら通さなきゃいいだけなんじゃねぇのかよ? アマラ」
『そうも行かないわよ。あの子には、アタシの魔術は効かない筈だから…』

 パイプ越しの苦々しい声。
 声の主は、この船の持ち主だ。

 俺は一応船長をしているが、この船は俺の持ち物ではなく間借りをしているだけ。本当の持ち主は、この船の操舵から操船、航路までの総てを一人で手掛けている…船底に引きこもっている、この人魚だ。

 人魚は一時期、人間に乱獲されまくって数を減らした。その為、種族自体が排他的になってしまっている。昔は人懐っこい種族だったらしいが…今は海底に引きこもって、地上にいる他種族との交流も、一部の定められた交渉係以外とは接触さえ持たないという。変り者以外は…

 そんな人魚族にあって、自ら海底を飛び出して船で旅をしている変り者の人魚がアマラだ。まあ、それ以外にも、かなり変な奴なんだが・・・

 昔、無人島で難儀なんぎをしていたときに、見るからに誰も乗っていなさそうな船が動いていると乗ってみたら、アマラがいた。それ以来、数十年の付き合いになる。

 この船は数百年程前の沈没船で、海底で眠っていたのをアマラが気に入って、一人で修繕して復活させたらしい。だから、この船はアマラの持ち物で、文字通り、アマラの意志通りに動くアマラの領域でもある。

 この船に滞在するにはアマラの許可が要るし、アマラが許可しない場所には物理的に立ち入ることができない…筈だ。
 例えば、昔ジンが料理をすると言ってキッチンを爆破させた後から、ジンがキッチンに立ち入れなくなってしまったように。

「魔術が効かない?」
『ええ。多分効かないわ。理由の説明はパス。効かないことが判る、としか言えないわ。ま、そういうワケだから、絶対にあの子をアタシに近付けさせないでちょうだい』
「ンなこと言われてもな? 一応、船底には近付くなたぁ言っといた。…お前が人見知りなのは知ってるが、アイツは悪ぃ奴じゃねぇぞ?」
『兎に角っ、アタシは会わないのっ!』
「わーったよ」
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