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ヴァンパイア編。
10.ハーフですから。ヴァンパイアの。
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相変わらず養父さんは足が疾い。
ぼんやりと養父さんの走って行った方向を眺めていると、
「あ~…その、とりあえず、手当てしないか? その腕」
困ったような低い声が言った。
「放っときゃ治ります」
「そうも行かないでしょ。女の子を怪我させたまま、何日も放置してはおけないよ。医者としては無論だけど、男としてもね?」
首筋に掛かるくらいの銀髪を後ろでちょこんと結び、琥珀の瞳に眼鏡を掛けた長身の男…昨夜会った、自称女の子に優しいおにーさんが言う。昨日と違って白衣姿だ。
「一応、昨夜に一度逢ってるけど、初めまして…でいいかな? 俺はジン。獣人の人狼で、この船の船医だよ。腕、診せてね?」
にこりと微笑みながら、有無を言わさずにジンに腕を取られ、医務室へ連行された。
ちなみに、ヒューと気絶したままの彼? も一緒だ。雪君は、夕食の支度をすると食堂へ行くと言っていた。
「この氷、外せる?」
「…昇華」
右腕に纏った氷のギプスを、固体から液体を経由させずに気体へと昇華させる。つまり、消した。
「ありがとう。それじゃ、触るね?痛かったらちゃんと言ってね」
そっと袖が捲られ、
「・・・ヒュー。君、女の子相手に、どんな無茶をした?」
腕を見た途端、低い低温の声。
予想通り、腫れた手首には青黒い手形の内出血。
「いや、その…上段から斬りかかったというか…」
「は? なに? 峰や腹で叩いたとか? 手首を潰そうとした?」
手形の大きさが明らかに違うが。
「ンなこたしてねぇっ!? つか、上段から斬りかかったら、コイツに止められたんだよ」
「へぇ…」
非難するような琥珀の視線と低い声。
「ヒューにしては、らしくないね」
「一応、手加減はした。ナイフを飛ばそうとした…んだが、コイツに受け止められるとは思わなかったんだ」
苦い声が言う。
「・・・少々補完するなら、ヒューと斬り合う前に吸血鬼の彼女とやり合って、そのときに手首を潰す勢いで握られたんですよ。手首が軽く軋みましたからね。その後、ヒューの斬りかかりを受け止めて、その下から抜けるときに無理な体勢を取ったら、ピキッとイっちゃいましたね」
折れてはいないから、まだマシだ。
「ヒュー?」
「すまんっ!」
「全く・・・少し触るよ?」
「っ…」
熱い手が腕に触れる。
「ごめん、痛かった?」
「いえ、ずっと氷で冷やしてたので、手の温かさに驚いただけです。腕自体はもう感覚が麻痺しているので、痛くはありません」
おそらく、ジンの手は然程熱くない筈だ。オレの腕が冷え過ぎているだけ。
「う~ん…感覚が無くなるまで冷やすのは、ちょっとどうかと思うな? そんなに痛いなら、痛み止めを処方した方がいいよ。飲み薬だと効き目出るまで時間掛かるし…注射打っとこうか?」
「いえ、薬は効かない体質なので結構です」
「え? そうなの? それはまた厄介な体質だね。う~ん…あんまりお勧めはしないけど、一応かなり強い薬も持ってるよ? 我慢できないなら、使う?」
薬が効き難い体質だと思われたらしい。
「いえ、本当に薬が効かないんです。毒に対する耐性と免疫が強くて、分解も早い体質なので。多分、通常の致死量以上を打っても効きませんよ」
致死量以上の薬を打っても死なない。
「…うわ、それ、本気で大変だね」
「ええ」
だから、冷やして感覚を麻痺させている。毒に対する耐性と免疫が強いということは、薬も効かないというのと同様のことだ。毒などで死なない代わりに、薬も全く効かない体質。
一応利点ではあるが、厄介と言えば厄介だ。体調不良、怪我や病気に薬が全く効かず、全て自己治癒力で治さなくてはならない。そして、なにより大変なのは、痛み止めが効かないことだ。外科的な治療をするときは、切ったり縫ったりを麻酔無しで…ということになる。あれは地獄だな。
「うん…よかった。君の言う通り、感触的には折れてないね。だとすると、やっぱり筋の方も傷めているのかな? 手首…肘…それとも、肩? 背中とか?」
「まあ、手首は確実にヤってるでしょうね。肘も怪しい。肩や背中は、今のところは平気そうですが…手首や肘の方が痛くてわからないだけかもしれませんけど」
「・・・君、本当に怪我し慣れてるんだね。女の子なのに・・・」
ジンは溜息を吐く。
「そうですね」
「さっき言ってたけど、治るのに十日も掛かるの? 寝れば三日っていうのは?」
「…自己治癒力がそう高くないもので。大体、人間を基準でその二、三倍程度と言ったところですかね。それで十日くらい。集中して治療すると、三日程。その間は昏睡状態になりますが」
「・・・三日で治す気は?」
見知らぬヒトしかいないこの状況で、自ら三日も昏睡状態になるなど、正気の沙汰ではない。当然ながら、
「無いですね」
「だよね…うん・・・」
「ところで、養父さんからどこまで話を聞きましたか?」
処置されながら訊く。
「・・・ダイヤ商会の株主で、家に帰りゃ、幽閉か政略結婚なんだろ?」
・・・大分話しているな。養父さんめ…
「そして、婚約者候補が複数いるってことまで、かな?君の名前、教えてくれる?」
婚約者とか、テンション下がる。
「・・・アル・ソーディ。ダイヤ商会重役の娘」
嘘プロフィールでも、割と本当に近い名前を名乗る。ま、調べられても、わからないようになってはいるが。
「・・・マジかよ・・・」
「う~ん…思わぬ大物って感じだねぇ…まさかのダイヤ商会重役の娘。アルちゃんは、本物のお嬢様なんだねぇ」
「・・・つか、ンなお嬢がなんでエレイスなんかで育てられンだよ? 雪路との出逢い方も、明らかにおかしいだろが」
怪訝な顔をするヒュー。
まあ、疑問は尤もだ。雪君との出逢いは、百五十年くらい前に、人間が運営していた幻獣の子供同士を闘わせる地下闘技場。彼らの想像するお嬢様がいるには、相応しくない場所だろう。
「ハーフですから。ヴァンパイアの」
「っ!?」
「・・・それはまた…」
人間ではないが、割とハードモードな人生だ。
「ヴァンパイアは、純血至上主義が幅を利かせてますからね。ハーフは肩身が狭いんですよ。しかもオレは、ハーフの中でも能力が低い方なので余計に」
まあ、あのときは実家関係の誘拐ではなく、養父さんに惚れていた始末屋の色ボケ女が犯人だったけど。原因は、養母さんとオレへの嫉妬だ。
あのときも、助けられた。弱いと、生きるのが難しい。
「その……なんか、すまん」
「お気になさらず」
「・・・いや、能力低いのか? お前、割と強かったと思うんだが?」
飴色の瞳が不思議そうに見下ろす。
「ヒュー・・・」
「随分と直球な質問ですね」
「…気を悪くしたか?」
「いえ、特には。ですが、オレが弱いのは事実ですよ。ヴァンパイアの特性は、その高い不死性にある。傷付ければ傷付き、殺せば死ぬヴァンパイアなんて、不死でもなんでもない。偽物と言ってもいいでしょうね」
ヴァンパイアとしてのオレの能力は、真祖の血統としては相当低い。治癒力が底辺レベル、腕力もあまり強くはない。
ま、母親がヴァンパイアではない上、その母方の血の方が濃いのだから当然だが…だからオレは、弱いからこそ、技術を磨かざるを得ない。
「・・・その、悪ぃ」
「いえ」
「えっと、あのさ、聞いてもいいかな? アルちゃんは、なんでそういう喋り方してるのかな?」
ジンが割り込み、話題転換させる。
「喋り方、ですか? 一人称?」
「うん、そう。なんで俺なの?」
「レオ…兄代わりのヒトや養父さんの影響ですかね?」
養母さんは基本無口な…無言実行なヒトなので、よく一緒にいたレオの影響を受けている。
レオも養父さんも父上も、特に気にしなかったのでそのまま育ってしまったというか・・・
一応、やろうと思えば女の子みたいに喋れないこともない。振る舞いも、上流階級のお嬢様みたいに出来なくはない。が、女の子みたいな喋り方や振る舞いは、女装するとき以外にはあまりしない。なんかこう、女の子の喋り方はしっくり来ないのだ。お嬢様の振る舞いも、非常にめんどくさいし・・・
今は、割と丁寧に喋っている方だ。
「幼少期からこうですからね。女の子らしくするのは慣れてないんです。今更変えるのも面倒ですし」
「雪路に対するような態度でいい」
「それは追々、でしょうか?」
まあ、それ程長く付き合うつもりは無いけどね。
「部屋は、船底以外だったら空いてるとこを好きに使っていい」
「船底以外?」
「船底は、ちょっとね・・・入らない方がいいっていうか・・・」
「? わかりました」
ぼんやりと養父さんの走って行った方向を眺めていると、
「あ~…その、とりあえず、手当てしないか? その腕」
困ったような低い声が言った。
「放っときゃ治ります」
「そうも行かないでしょ。女の子を怪我させたまま、何日も放置してはおけないよ。医者としては無論だけど、男としてもね?」
首筋に掛かるくらいの銀髪を後ろでちょこんと結び、琥珀の瞳に眼鏡を掛けた長身の男…昨夜会った、自称女の子に優しいおにーさんが言う。昨日と違って白衣姿だ。
「一応、昨夜に一度逢ってるけど、初めまして…でいいかな? 俺はジン。獣人の人狼で、この船の船医だよ。腕、診せてね?」
にこりと微笑みながら、有無を言わさずにジンに腕を取られ、医務室へ連行された。
ちなみに、ヒューと気絶したままの彼? も一緒だ。雪君は、夕食の支度をすると食堂へ行くと言っていた。
「この氷、外せる?」
「…昇華」
右腕に纏った氷のギプスを、固体から液体を経由させずに気体へと昇華させる。つまり、消した。
「ありがとう。それじゃ、触るね?痛かったらちゃんと言ってね」
そっと袖が捲られ、
「・・・ヒュー。君、女の子相手に、どんな無茶をした?」
腕を見た途端、低い低温の声。
予想通り、腫れた手首には青黒い手形の内出血。
「いや、その…上段から斬りかかったというか…」
「は? なに? 峰や腹で叩いたとか? 手首を潰そうとした?」
手形の大きさが明らかに違うが。
「ンなこたしてねぇっ!? つか、上段から斬りかかったら、コイツに止められたんだよ」
「へぇ…」
非難するような琥珀の視線と低い声。
「ヒューにしては、らしくないね」
「一応、手加減はした。ナイフを飛ばそうとした…んだが、コイツに受け止められるとは思わなかったんだ」
苦い声が言う。
「・・・少々補完するなら、ヒューと斬り合う前に吸血鬼の彼女とやり合って、そのときに手首を潰す勢いで握られたんですよ。手首が軽く軋みましたからね。その後、ヒューの斬りかかりを受け止めて、その下から抜けるときに無理な体勢を取ったら、ピキッとイっちゃいましたね」
折れてはいないから、まだマシだ。
「ヒュー?」
「すまんっ!」
「全く・・・少し触るよ?」
「っ…」
熱い手が腕に触れる。
「ごめん、痛かった?」
「いえ、ずっと氷で冷やしてたので、手の温かさに驚いただけです。腕自体はもう感覚が麻痺しているので、痛くはありません」
おそらく、ジンの手は然程熱くない筈だ。オレの腕が冷え過ぎているだけ。
「う~ん…感覚が無くなるまで冷やすのは、ちょっとどうかと思うな? そんなに痛いなら、痛み止めを処方した方がいいよ。飲み薬だと効き目出るまで時間掛かるし…注射打っとこうか?」
「いえ、薬は効かない体質なので結構です」
「え? そうなの? それはまた厄介な体質だね。う~ん…あんまりお勧めはしないけど、一応かなり強い薬も持ってるよ? 我慢できないなら、使う?」
薬が効き難い体質だと思われたらしい。
「いえ、本当に薬が効かないんです。毒に対する耐性と免疫が強くて、分解も早い体質なので。多分、通常の致死量以上を打っても効きませんよ」
致死量以上の薬を打っても死なない。
「…うわ、それ、本気で大変だね」
「ええ」
だから、冷やして感覚を麻痺させている。毒に対する耐性と免疫が強いということは、薬も効かないというのと同様のことだ。毒などで死なない代わりに、薬も全く効かない体質。
一応利点ではあるが、厄介と言えば厄介だ。体調不良、怪我や病気に薬が全く効かず、全て自己治癒力で治さなくてはならない。そして、なにより大変なのは、痛み止めが効かないことだ。外科的な治療をするときは、切ったり縫ったりを麻酔無しで…ということになる。あれは地獄だな。
「うん…よかった。君の言う通り、感触的には折れてないね。だとすると、やっぱり筋の方も傷めているのかな? 手首…肘…それとも、肩? 背中とか?」
「まあ、手首は確実にヤってるでしょうね。肘も怪しい。肩や背中は、今のところは平気そうですが…手首や肘の方が痛くてわからないだけかもしれませんけど」
「・・・君、本当に怪我し慣れてるんだね。女の子なのに・・・」
ジンは溜息を吐く。
「そうですね」
「さっき言ってたけど、治るのに十日も掛かるの? 寝れば三日っていうのは?」
「…自己治癒力がそう高くないもので。大体、人間を基準でその二、三倍程度と言ったところですかね。それで十日くらい。集中して治療すると、三日程。その間は昏睡状態になりますが」
「・・・三日で治す気は?」
見知らぬヒトしかいないこの状況で、自ら三日も昏睡状態になるなど、正気の沙汰ではない。当然ながら、
「無いですね」
「だよね…うん・・・」
「ところで、養父さんからどこまで話を聞きましたか?」
処置されながら訊く。
「・・・ダイヤ商会の株主で、家に帰りゃ、幽閉か政略結婚なんだろ?」
・・・大分話しているな。養父さんめ…
「そして、婚約者候補が複数いるってことまで、かな?君の名前、教えてくれる?」
婚約者とか、テンション下がる。
「・・・アル・ソーディ。ダイヤ商会重役の娘」
嘘プロフィールでも、割と本当に近い名前を名乗る。ま、調べられても、わからないようになってはいるが。
「・・・マジかよ・・・」
「う~ん…思わぬ大物って感じだねぇ…まさかのダイヤ商会重役の娘。アルちゃんは、本物のお嬢様なんだねぇ」
「・・・つか、ンなお嬢がなんでエレイスなんかで育てられンだよ? 雪路との出逢い方も、明らかにおかしいだろが」
怪訝な顔をするヒュー。
まあ、疑問は尤もだ。雪君との出逢いは、百五十年くらい前に、人間が運営していた幻獣の子供同士を闘わせる地下闘技場。彼らの想像するお嬢様がいるには、相応しくない場所だろう。
「ハーフですから。ヴァンパイアの」
「っ!?」
「・・・それはまた…」
人間ではないが、割とハードモードな人生だ。
「ヴァンパイアは、純血至上主義が幅を利かせてますからね。ハーフは肩身が狭いんですよ。しかもオレは、ハーフの中でも能力が低い方なので余計に」
まあ、あのときは実家関係の誘拐ではなく、養父さんに惚れていた始末屋の色ボケ女が犯人だったけど。原因は、養母さんとオレへの嫉妬だ。
あのときも、助けられた。弱いと、生きるのが難しい。
「その……なんか、すまん」
「お気になさらず」
「・・・いや、能力低いのか? お前、割と強かったと思うんだが?」
飴色の瞳が不思議そうに見下ろす。
「ヒュー・・・」
「随分と直球な質問ですね」
「…気を悪くしたか?」
「いえ、特には。ですが、オレが弱いのは事実ですよ。ヴァンパイアの特性は、その高い不死性にある。傷付ければ傷付き、殺せば死ぬヴァンパイアなんて、不死でもなんでもない。偽物と言ってもいいでしょうね」
ヴァンパイアとしてのオレの能力は、真祖の血統としては相当低い。治癒力が底辺レベル、腕力もあまり強くはない。
ま、母親がヴァンパイアではない上、その母方の血の方が濃いのだから当然だが…だからオレは、弱いからこそ、技術を磨かざるを得ない。
「・・・その、悪ぃ」
「いえ」
「えっと、あのさ、聞いてもいいかな? アルちゃんは、なんでそういう喋り方してるのかな?」
ジンが割り込み、話題転換させる。
「喋り方、ですか? 一人称?」
「うん、そう。なんで俺なの?」
「レオ…兄代わりのヒトや養父さんの影響ですかね?」
養母さんは基本無口な…無言実行なヒトなので、よく一緒にいたレオの影響を受けている。
レオも養父さんも父上も、特に気にしなかったのでそのまま育ってしまったというか・・・
一応、やろうと思えば女の子みたいに喋れないこともない。振る舞いも、上流階級のお嬢様みたいに出来なくはない。が、女の子みたいな喋り方や振る舞いは、女装するとき以外にはあまりしない。なんかこう、女の子の喋り方はしっくり来ないのだ。お嬢様の振る舞いも、非常にめんどくさいし・・・
今は、割と丁寧に喋っている方だ。
「幼少期からこうですからね。女の子らしくするのは慣れてないんです。今更変えるのも面倒ですし」
「雪路に対するような態度でいい」
「それは追々、でしょうか?」
まあ、それ程長く付き合うつもりは無いけどね。
「部屋は、船底以外だったら空いてるとこを好きに使っていい」
「船底以外?」
「船底は、ちょっとね・・・入らない方がいいっていうか・・・」
「? わかりました」
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