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ヴァンパイア編。

2.可愛い顔でなかなか辛辣な口だ。

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 ということで、荷物をまとめてやって来たのは実家から程よく離れた港街。
 活気があって実にいい。

 とりあえず、当面の資金調達だな。
 一応、手持ちの荷物だけでも一財産にはなる。しかし、放浪するのもそれなりに金がかかる。

 ビンゴブックをぱらぱらとめくる。ビンゴブックというのは、要は賞金首の載った手配書のことだ。

 オレの育った家。エレイスは、父上御用達の便利屋。要人警護からパシリまで、様々な仕事をこなす。例えば・・・敵対勢力の暗殺から、隠し子の養育なんかもね?
 父上は高位の貴族だけあって、敵もそれなり…いや、かなり多い。暗殺やそれに類するきな臭い話は常にごろごろしている。実際、オレの養育というのも、護衛兼教育だし。
 そういう家で育ったから、護身術はそれなりに仕込まれている。まあ、オレが仕込まれているのは、あくまでも護身術と逃げ足で、さすがに本職の暗殺者や戦士なんかには敵わないが…一応、負けもしない。逃げるだけなら、ある程度は余裕だ。

 活気があって人の多い港街には、それなりに犯罪も起こる。

 詐欺師…は微妙だな。どうせ狙うなら、強盗や殺人犯、暴漢辺りを減らす方がいいだろう。治安への貢献にもなるし、判り易くて見付け易い。

 そんなことを考えながら歩いていると、可愛い子がチンピラ的な男共に絡まれているのを見付けた。短いふわふわの明るい茶髪とターコイズブルーの瞳。

「よう、嬢ちゃん。俺らに付き合えよ」

 昼日中から下卑た視線と目的を隠そうともせず、可愛い子の腕を掴む。全く、大通りでよくやるものだ。

「ちょっと、離せってばっ!? 汚い手で触るなっ!? っていうか、さっきから言ってるだろ! 僕は女の子じゃないってさっ!? アンタら、顔どころか頭も、オマケに耳まで悪いワケっ! いい加減にしてよねっ!」

 なかなかいい啖呵たんかを切る。確かに、格好は男の子で胸もペタンコ。けど、それが馬鹿共に通じるか…

「ンだとっ、このアマっ!! 人が下手に出てりゃつけあがりやがってっ!?」

 やっぱり怒った。いつ下手に出たのかは不明だが、まあ、馬鹿の言うことだ。当然ながら、意味は無いのだろう。

「さて、行きますか…」

 このまま見ているワケにも行かないだろう。例えあの子が男の子だとしても、可愛い子には違いない。キャスケットを深く被り直して、と。

「とうっ!」

 とりあえず、あの子を囲むチンピラその一に軽く飛び蹴りをかます。

「ブヘっ!?」

 側頭部へ膝蹴り。無論、手加減はしたが。

「おお、ナイススライディング!」

 ズベシャっ! と、地面で顔面を軽~くり下ろすチンピラその一。

「な、なんだっ!?」
「通行人でーす。いやー、足が滑っちゃって。すいませんねー」
「いや、そんなワケないでしょ! とうって言ったの聞こえたからっ!」

 あ、近くで見るとホントに可愛い。ふわふわなライトブラウンの髪、ターコイズブルーの瞳はミルキーな色が強め。
 少年というよりは、可愛い系の美少女と言う方が通用する顔立ちだ。あまり背の高くないオレより小さくて華奢な体格だし。

「あははっ、ナイスツッコミ」
「アンタがボケかますから! って、そんなこと言ってる場合じゃないしっ!」

 どうやらツッコミ体質のようだ。可愛くて面白い子だな。

「だよねー、あははっ、うりゃ!」

 可愛い子の腕を掴むチンピラその二の肘をガツンと拳で殴る。狙うはファニーボーン。殴られると腕全体が痺れて痛くなる場所だ。そしてここは、きたえようが無い場所でもある。ヒビが入ったり、骨折すると後遺症が残ったりもする。良い子は真似しちゃいけません。

「ぐがっ!?」

 よし、男の手が離れた。

「さ、行くよ!」
「へ?」

 可愛い子の手首を掴み、チンピラの壁が薄い方向へパッと駆け出す。うん、腕も細い。ホント、華奢きゃしゃだな。

「待てっ!? このガキっ!?」

 待てと言われて待つ奴はいないのが、万国共通の道理。

「ちょっ、どこ行くのさ?」
「ん? 逃げるよ?」
「は? アンタ、関係無いじゃん」
「気にしない気にしない」
「は? ちょっ、わわっ!」
「頑張ってついて来てね?」

 ごちゃごちゃ言う彼? を無視して走る速度を上げる。

「待てっ!!」

 無論、待たない。まああの程度の人間、捻るのはワケないが、とりあえずそれは後にしておく。
 適当に狭そうな裏路地へと入る。

「へっ! そっちゃあ、行き止まりだぜ!」

 勝ち誇ったような声が背後から聞こえるが特に気にしない。

「ちょっ、行きっ…止ま、り…って…」

 息の切れたボーイソプラノ?が言う。

「大丈夫大丈夫。ごめんだけど、ちょ~っと大人しくしてね?」
「…は? な、なにするワケっ!?」

 彼? を、ぐっと抱き寄せる。そして、

「ちょっとぉっ!?」

 トン、と壁に向かってジャンプする。道が行き止まりなら、上に行けばいい。

「はあっ!?」
「ちょっと口閉じようか? 舌噛むよ」

 壁の出っ張りに足を掛け、反対側に向かってまた跳ぶ。三角飛びの要領で、屋上までジャンプを続ける。と、

「ど、どこへ消えたっ!?」

 下からオレらを探す声。

「ほい、もう離れていいよ?」
「っ!」

 パッと離れる彼?

「な、なにが目的なワケっ?」

 噛み付くような言葉。

「ん? 特に無いよ」
「はあっ? アンタ、バカなの?」

 可愛い顔でなかなか辛辣しんらつな口だ。

「バカはヒドいな? ま、お節介なのは認めるけどさ。じゃあオレもう行くから、今度は絡まれないよう気を付けなよ」
「あ、ちょっと!」

 隣の建物へとジャンプして移る。適当なところで降りよう。
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