150 / 161
料理人ヒースの場合。
11
しおりを挟む
翌日。
「ハウディー♪ヒースっ☆」
という声で起こされ、
「とりあえず君は、城で預かることにしたよー? ようこそグラジオラス辺境伯城塞へ♪君はこれからどうしたいとか、なにか希望はあったりするかにゃー? 遠慮なく言うといいさっ☆ボクの権限以内でなら、なるべく叶えてしんぜようっ☆」
「へ? え?」
「うん? まだ睡眠が足りなかったかにゃー? とりあえず、顔色は良さそうで良かった良かった♪それじゃあまだ寝てるといいさっ☆おやすみ~」
寝起きのヒースに捲し立てると、道化は碌な説明もしないまま、部屋を出て行った。
「は? へ? え~……」
こうしてヒースは、グラジオラス辺境伯城塞預かりとなって城で暮らすことになったのだが・・・
「・・・読み書き計算は、ある程度できるようですね。少し怪しい部分もありますが。まぁ、言葉遣いの方も、あまりなっているとは言えませんけど」
槍で道化を攻撃していたオリーという少女が、ヒースの教育係として付けられた。
「とりあえず、無断で城内を探険するような躾のなっていないアホ…失礼、元気な子なら、ぶん殴ってやろうかと思いましたが」
「・・・そんなことしません」
ヒースは、衛兵だった父とその同僚達の訓練風景を見たことがあるが・・・もしかしたら、ヒース一家がいた屋敷の衛兵達よりも、オリーの方が強いかもしれない。十代半ば程の、少々キリッとした乗馬服の少女にしか見えないというのに。
「それは重畳。城内はわたしが案内しますから、それ以外の場所へは立ち入らないように」
「はい、オリー様」
「・・・ヒース。あなたは、使用人として教育されていたのではありませんか?」
「ぁ~・・・多分、はい。お屋敷に子供が生まれたら、お仕えするようにっていう風には言われてました。その前に、屋敷を出ましたが」
屋敷を出てからは丁寧な言葉を話していなかったが、少々厳しそうな雰囲気のオリーには忘れかけていた丁寧な言葉を使う。
オリーという少女はおそらく、仕えられる立場にあると、本能的に理解したから。
「そうですか。わかりました。では、時間を掛けてもいいので、この城で使用人として働くか、学びたい分野を学ぶかを選びなさい」
「え?」
「城代様が連れて来られた子供を追い出すような者はいないでしょう。けれど、自分から出て行くことも止めません。なので、あなたがこの城にいたくないというのであれば、城下の孤児院へ行くか、領内での養子縁組を募ります。どうしたいのかは、自分で決めなさい。ここは、そういう場所です」
「・・・その、父さんと・・・母さんは?」
この城で目を覚ましてからずっと聞きたかったことを、聞く。と、驚いたように瞬く少女の瞳。
「・・・道化様に保護されたと聞いたので失念していましたが、そうでしたね。親元へ帰りたいと希望する子がいるのも、当然なのかもしれませんね。あなたの事情はよく知りませんが、親元へ帰りたいという旨は、道化様へお伝えしましょう」
そう言って、オリーはふっと表情を緩めてヒースを見下ろした。
「では、親御さんが見付かるまでの間、きっちり勉強をして頑張りなさい。知識を蓄えることは、決して無駄にはなりませんからね」
「はい」
「…姫様か賢者様でしたら、教育方針の相談も安心してできるのですけど…」
「?」
「なんでもありません。道化様が居られる期間の城に住むに当たっての最優先事項は、道化様の不審な動向を、常に城の住人へ報告することです」
それからヒースは、オリーに読み書き計算、一般教養などの勉強を教わりながらグラジオラス辺境伯城塞で過ごすことになった。
そして数日で直ぐに、道化の不審な動きを誰かへ報告するという意味を理解した。
「フハハハハっ!! とう!」
高笑いと共にいきなり木の上から降って来て、
「っ!?」
驚くヒースへ楽しげに笑う道化。
「やあヒース、ボクは今オリーちゃん達と追いかけっこの最中なのさっ☆暇なら君も参加するかい? 無論、陣営はどっちでも構わないよっ☆ボクは逃げも隠れも大得意だからね、アデュー♪」
道化は兎角神出鬼没で、「パトロールさっ☆」と称して城内のあちこちを悠々と歩き回る。使用人用の通路を通るくらいなら可愛いもの。一階よりも上階の窓からも構わずに飛び出したり、階段やらバルコニーの手すりの上、塀や屋根の上を鼻唄まじりに闊歩したり、駆けたり、狭い通気孔を這い回ったり、猫のように気侭に、我が物顔で楽しげに城の住人達を驚かせ、お目付け役達を振り回し、ときにはなんの断りも無く突然城を留守にする。
そして、道化が城下へ降りると、なにかしらの出来事が起こっているらしい。例えば、素行や態度の宜しくない余所者達が高笑いする愉しげなフード姿の子供を鬼の形相で追い掛け回した後、なぜか心を折られたり。誘拐未遂や暴行未遂の者達、詐欺師や強盗などが「捕まえてください」と言って自首したり、街から出て行ったりすることがあるようで・・・一部界隈では、『悪辣フード』と呼ばれる謎の人物が恐れられているらしい。
どこぞのフード曰く、「追いかけっこってのは、追い掛けて来る鬼の心をバッキバキにへし折ると早く終わるんだゼ★」だそうだ。
そんな道化に付いて遊び回るのは楽しいが、オリー達が苦労するワケだと、ヒースは思う。
ちなみに、一緒になって遊び回り、オリー達に捕まるとヒースはめっちゃ叱られるが・・・誘った当人の道化は、ニヤニヤと笑うだけで助けてくれない。
そして、道化がオリー達に捕まっている姿は、見たことが無い。道化が遊びに飽きて捕まってあげているところなら、何度か見たが。
しかも、道化はなぜだか叱られなかったりする。渋い顔で苦言を呈されはするが。
そうやってグラジオラス城塞で過ごすこと数週間。漸く城での暮らしにも慣れて来たヒースは、出された食事をじ~っと見詰める。
父との旅路の野営で狩って食べていたワイルド且つ、狩りや採集の成果に拠っては偶に寂しくなっていた食事とは違い、栄養価も味も、彩りや見た目なども申し分無い食事。それが一日三食、毎日。
城で食事をしたと料理人である祖父に言えば、祖父はヒースのことをとても羨んで問い質すことだろう。どんな料理を食べたのか、料理の名前、味、食感、匂い、材料、見た目などなどを、悔しがりつつも、嬉々として質問する様が目に浮かぶ。
祖父は存外いい舌を持つヒースを可愛がっており、偶の休日には食べ歩きに連れて行ってくれた。
そしてヒースは、思った。父や母、祖父達にも美味しいご飯を食べさせてあげたい、と。
だからヒースは、道化に頼んだ。
「アルルちゃん、おれ。厨房で働きたい」
そう言ったとき、いつも口許に浮かんでいるニヤニヤとした笑みが困ったように引っ込んだ。
「ハウディー♪ヒースっ☆」
という声で起こされ、
「とりあえず君は、城で預かることにしたよー? ようこそグラジオラス辺境伯城塞へ♪君はこれからどうしたいとか、なにか希望はあったりするかにゃー? 遠慮なく言うといいさっ☆ボクの権限以内でなら、なるべく叶えてしんぜようっ☆」
「へ? え?」
「うん? まだ睡眠が足りなかったかにゃー? とりあえず、顔色は良さそうで良かった良かった♪それじゃあまだ寝てるといいさっ☆おやすみ~」
寝起きのヒースに捲し立てると、道化は碌な説明もしないまま、部屋を出て行った。
「は? へ? え~……」
こうしてヒースは、グラジオラス辺境伯城塞預かりとなって城で暮らすことになったのだが・・・
「・・・読み書き計算は、ある程度できるようですね。少し怪しい部分もありますが。まぁ、言葉遣いの方も、あまりなっているとは言えませんけど」
槍で道化を攻撃していたオリーという少女が、ヒースの教育係として付けられた。
「とりあえず、無断で城内を探険するような躾のなっていないアホ…失礼、元気な子なら、ぶん殴ってやろうかと思いましたが」
「・・・そんなことしません」
ヒースは、衛兵だった父とその同僚達の訓練風景を見たことがあるが・・・もしかしたら、ヒース一家がいた屋敷の衛兵達よりも、オリーの方が強いかもしれない。十代半ば程の、少々キリッとした乗馬服の少女にしか見えないというのに。
「それは重畳。城内はわたしが案内しますから、それ以外の場所へは立ち入らないように」
「はい、オリー様」
「・・・ヒース。あなたは、使用人として教育されていたのではありませんか?」
「ぁ~・・・多分、はい。お屋敷に子供が生まれたら、お仕えするようにっていう風には言われてました。その前に、屋敷を出ましたが」
屋敷を出てからは丁寧な言葉を話していなかったが、少々厳しそうな雰囲気のオリーには忘れかけていた丁寧な言葉を使う。
オリーという少女はおそらく、仕えられる立場にあると、本能的に理解したから。
「そうですか。わかりました。では、時間を掛けてもいいので、この城で使用人として働くか、学びたい分野を学ぶかを選びなさい」
「え?」
「城代様が連れて来られた子供を追い出すような者はいないでしょう。けれど、自分から出て行くことも止めません。なので、あなたがこの城にいたくないというのであれば、城下の孤児院へ行くか、領内での養子縁組を募ります。どうしたいのかは、自分で決めなさい。ここは、そういう場所です」
「・・・その、父さんと・・・母さんは?」
この城で目を覚ましてからずっと聞きたかったことを、聞く。と、驚いたように瞬く少女の瞳。
「・・・道化様に保護されたと聞いたので失念していましたが、そうでしたね。親元へ帰りたいと希望する子がいるのも、当然なのかもしれませんね。あなたの事情はよく知りませんが、親元へ帰りたいという旨は、道化様へお伝えしましょう」
そう言って、オリーはふっと表情を緩めてヒースを見下ろした。
「では、親御さんが見付かるまでの間、きっちり勉強をして頑張りなさい。知識を蓄えることは、決して無駄にはなりませんからね」
「はい」
「…姫様か賢者様でしたら、教育方針の相談も安心してできるのですけど…」
「?」
「なんでもありません。道化様が居られる期間の城に住むに当たっての最優先事項は、道化様の不審な動向を、常に城の住人へ報告することです」
それからヒースは、オリーに読み書き計算、一般教養などの勉強を教わりながらグラジオラス辺境伯城塞で過ごすことになった。
そして数日で直ぐに、道化の不審な動きを誰かへ報告するという意味を理解した。
「フハハハハっ!! とう!」
高笑いと共にいきなり木の上から降って来て、
「っ!?」
驚くヒースへ楽しげに笑う道化。
「やあヒース、ボクは今オリーちゃん達と追いかけっこの最中なのさっ☆暇なら君も参加するかい? 無論、陣営はどっちでも構わないよっ☆ボクは逃げも隠れも大得意だからね、アデュー♪」
道化は兎角神出鬼没で、「パトロールさっ☆」と称して城内のあちこちを悠々と歩き回る。使用人用の通路を通るくらいなら可愛いもの。一階よりも上階の窓からも構わずに飛び出したり、階段やらバルコニーの手すりの上、塀や屋根の上を鼻唄まじりに闊歩したり、駆けたり、狭い通気孔を這い回ったり、猫のように気侭に、我が物顔で楽しげに城の住人達を驚かせ、お目付け役達を振り回し、ときにはなんの断りも無く突然城を留守にする。
そして、道化が城下へ降りると、なにかしらの出来事が起こっているらしい。例えば、素行や態度の宜しくない余所者達が高笑いする愉しげなフード姿の子供を鬼の形相で追い掛け回した後、なぜか心を折られたり。誘拐未遂や暴行未遂の者達、詐欺師や強盗などが「捕まえてください」と言って自首したり、街から出て行ったりすることがあるようで・・・一部界隈では、『悪辣フード』と呼ばれる謎の人物が恐れられているらしい。
どこぞのフード曰く、「追いかけっこってのは、追い掛けて来る鬼の心をバッキバキにへし折ると早く終わるんだゼ★」だそうだ。
そんな道化に付いて遊び回るのは楽しいが、オリー達が苦労するワケだと、ヒースは思う。
ちなみに、一緒になって遊び回り、オリー達に捕まるとヒースはめっちゃ叱られるが・・・誘った当人の道化は、ニヤニヤと笑うだけで助けてくれない。
そして、道化がオリー達に捕まっている姿は、見たことが無い。道化が遊びに飽きて捕まってあげているところなら、何度か見たが。
しかも、道化はなぜだか叱られなかったりする。渋い顔で苦言を呈されはするが。
そうやってグラジオラス城塞で過ごすこと数週間。漸く城での暮らしにも慣れて来たヒースは、出された食事をじ~っと見詰める。
父との旅路の野営で狩って食べていたワイルド且つ、狩りや採集の成果に拠っては偶に寂しくなっていた食事とは違い、栄養価も味も、彩りや見た目なども申し分無い食事。それが一日三食、毎日。
城で食事をしたと料理人である祖父に言えば、祖父はヒースのことをとても羨んで問い質すことだろう。どんな料理を食べたのか、料理の名前、味、食感、匂い、材料、見た目などなどを、悔しがりつつも、嬉々として質問する様が目に浮かぶ。
祖父は存外いい舌を持つヒースを可愛がっており、偶の休日には食べ歩きに連れて行ってくれた。
そしてヒースは、思った。父や母、祖父達にも美味しいご飯を食べさせてあげたい、と。
だからヒースは、道化に頼んだ。
「アルルちゃん、おれ。厨房で働きたい」
そう言ったとき、いつも口許に浮かんでいるニヤニヤとした笑みが困ったように引っ込んだ。
0
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
心を失った彼女は、もう婚約者を見ない
基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。
寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。
「こりゃあすごい」
解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。
「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」
王太子には思い当たる節はない。
相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。
「こりゃあ対価は大きいよ?」
金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。
「なら、その娘の心を対価にどうだい」
魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。
「霊感がある」
やなぎ怜
ホラー
「わたし霊感があるんだ」――中学時代についたささいな嘘がきっかけとなり、元同級生からオカルトな相談を受けたフリーターの主人公。霊感なんてないし、オカルトなんて信じてない。それでもどこかで見たお祓いの真似ごとをしたところ、元同級生の悩みを解決してしまう。以来、ぽつぽつとその手の相談ごとを持ち込まれるようになり、いつの間にやら霊能力者として知られるように。謝礼金に目がくらみ、霊能力者の真似ごとをし続けていた主人公だったが、ある依頼でひと目見て「ヤバイ」と感じる事態に直面し――。
※性的表現あり。習作。荒唐無稽なエロ小説です。潮吹き、小スカ/失禁、淫語あり(その他の要素はタグをご覧ください)。なぜか丸く収まってハピエン(主人公視点)に着地します。
※他投稿サイトにも掲載。
浮気疑惑でオナホ扱い♡
掌
恋愛
穏和系執着高身長男子な「ソレル」が、恋人である無愛想系爆乳低身長女子の「アネモネ」から浮気未遂の報告を聞いてしまい、天然サドのブチギレセックスでとことん体格差わからせスケベに持ち込む話。最後はラブラブです。
コミッションにて執筆させていただいた作品で、キャラクターのお名前は変更しておりますが世界観やキャラ設定の著作はご依頼主様に帰属いたします。ありがとうございました!
・web拍手
http://bit.ly/38kXFb0
・X垢
https://twitter.com/show1write
主人公受けな催眠もの【短編集】
霧乃ふー
BL
抹茶くず湯名義で書いたBL小説の短編をまとめたものです。
タイトルの通り、主人公受けで催眠ものを集めた短編集になっています。
催眠×近親ものが多めです。
【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
〖完結〗ご存知ないようですが、父ではなく私が侯爵です。
藍川みいな
恋愛
タイトル変更しました。
「モニカ、すまない。俺は、本物の愛を知ってしまったんだ! だから、君とは結婚出来ない!」
十七歳の誕生日、七年間婚約をしていたルーファス様に婚約を破棄されてしまった。本物の愛の相手とは、義姉のサンドラ。サンドラは、私の全てを奪っていった。
父は私を見ようともせず、義母には理不尽に殴られる。
食事は日が経って固くなったパン一つ。そんな生活が、三年間続いていた。
父はただの侯爵代理だということを、義母もサンドラも気付いていない。あと一年で、私は正式な侯爵となる。
その時、あなた達は後悔することになる。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる