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料理人ヒースの場合。

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 翌日。

「ハウディー♪ヒースっ☆」

 という声で起こされ、

「とりあえず君は、うちで預かることにしたよー? ようこそグラジオラス辺境伯城塞へ♪君はこれからどうしたいとか、なにか希望はあったりするかにゃー? 遠慮なく言うといいさっ☆ボクの権限以内でなら、なるべく叶えてしんぜようっ☆」
「へ? え?」
「うん? まだ睡眠が足りなかったかにゃー? とりあえず、顔色は良さそうで良かった良かった♪それじゃあまだ寝てるといいさっ☆おやすみ~」

 寝起きのヒースに捲し立てると、道化はろくな説明もしないまま、部屋を出て行った。

「は? へ? え~……」

 こうしてヒースは、グラジオラス辺境伯城塞預かりとなって城で暮らすことになったのだが・・・

「・・・読み書き計算は、ある程度できるようですね。少し怪しい部分もありますが。まぁ、言葉遣いの方も、あまりなっているとは言えませんけど」

 槍で道化を攻撃していたオリーという少女が、ヒースの教育係として付けられた。

「とりあえず、無断で城内を探険するようなしつけのなっていないアホ…失礼、元気な子なら、ぶん殴ってやろうかと思いましたが」
「・・・そんなことしません」

 ヒースは、衛兵だった父とその同僚達の訓練風景を見たことがあるが・・・もしかしたら、ヒース一家がいた屋敷の衛兵達よりも、オリーの方が強いかもしれない。十代半ば程の、少々キリッとした乗馬服の少女にしか見えないというのに。

「それは重畳ちょうじょう。城内はわたしが案内しますから、それ以外の場所へは立ち入らないように」
「はい、オリー様」
「・・・ヒース。あなたは、使用人として教育されていたのではありませんか?」
「ぁ~・・・多分、はい。お屋敷に子供が生まれたら、お仕えするようにっていう風には言われてました。その前に、屋敷を出ましたが」

 屋敷を出てからは丁寧な言葉を話していなかったが、少々厳しそうな雰囲気のオリーには忘れかけていた丁寧な言葉を使う。
 オリーという少女はおそらく、仕えられる立場にあると、本能的に理解したから。

「そうですか。わかりました。では、時間を掛けてもいいので、この城で使用人として働くか、学びたい分野を学ぶかを選びなさい」
「え?」
城代どうけ様が連れて来られた子供を追い出すような者はいないでしょう。けれど、自分から出て行くことも止めません。なので、あなたがこの城にいたくないというのであれば、城下の孤児院へ行くか、領内での養子縁組を募ります。どうしたいのかは、自分で決めなさい。ここは、そういう場所です」
「・・・その、父さんと・・・母さんは?」

 この城で目を覚ましてからずっと聞きたかったことを、聞く。と、驚いたように瞬く少女の瞳。

「・・・道化様に保護されたと聞いたので失念していましたが、そうでしたね。親元へ帰りたいと希望する子がいるのも、当然なのかもしれませんね。あなたの事情はよく知りませんが、親元へ帰りたいという旨は、道化様へお伝えしましょう」

 そう言って、オリーはふっと表情を緩めてヒースを見下ろした。

「では、親御さんが見付かるまでの間、きっちり勉強をして頑張りなさい。知識を蓄えることは、決して無駄にはなりませんからね」
「はい」
「…姫様か賢者様でしたら、教育方針の相談も安心してできるのですけど…」
「?」
「なんでもありません。道化様が・・・・居られる・・・・期間・・の城に住むに当たっての最優先事項は、道化様の不審な動向を、常に城の住人へ報告することです」

 それからヒースは、オリーに読み書き計算、一般教養などの勉強を教わりながらグラジオラス辺境伯城塞で過ごすことになった。

 そして数日で直ぐに、道化の不審な動きを誰かへ報告するという意味を理解した。

「フハハハハっ!! とう!」

 高笑いと共にいきなり木の上から降って来て、

「っ!?」

 驚くヒースへ楽しげに笑う道化。

「やあヒース、ボクは今オリーちゃん達と追いかけっこの最中なのさっ☆暇なら君も参加するかい? 無論、陣営はどっちでも構わないよっ☆ボクは逃げも隠れも大得意だからね、アデュー♪」

 道化は兎角とかく神出鬼没で、「パトロールさっ☆」と称して城内のあちこちを悠々と歩き回る。使用人用の通路を通るくらいなら可愛いもの。一階よりも上階の窓からも構わずに飛び出したり、階段やらバルコニーの手すりの上、塀や屋根の上を鼻唄まじりに闊歩かっぽしたり、駆けたり、狭い通気孔をい回ったり、猫のように気侭きままに、我が物顔で楽しげに城の住人達を驚かせ、お目付け役を振り回し、ときにはなんの断りも無く突然城を留守にする。

 そして、道化が城下へ降りると、なにかしらの出来事が起こっているらしい。例えば、素行や態度の宜しくない余所者達が高笑いするたのしげなフード・・・姿の子供・・・・を鬼の形相で追い掛け回した後、なぜか心を折られたり。誘拐未遂・・や暴行未遂・・の者達、詐欺師や強盗などが「捕まえてください」と言って自首したり、街から出て行ったりすることがあるようで・・・一部界隈では、『悪辣あくらつフード』と呼ばれる謎の人物・・・・が恐れられているらしい。

 どこぞのフードいわく、「追いかけっこってのは、追い掛けて来る鬼の心をバッキバキにへし折ると早く終わるんだゼ★」だそうだ。

 そんな道化アルルちゃんに付いて遊び回る・・・・のは楽しいが、オリー達が苦労するワケだと、ヒースは思う。
 ちなみに、一緒になって遊び・・回り、オリー達に捕まるとヒースはめっちゃ叱られるが・・・誘った当人の道化アルルちゃんは、ニヤニヤと笑うだけで助けてくれない。
 そして、道化アルルちゃんがオリー達に捕まっている姿は、見たことが無い。道化アルルちゃん遊び・・に飽きて捕まってあげているところなら、何度か見たが。
 しかも、道化アルルちゃんはなぜだか叱られなかったりする。渋い顔で苦言を呈されはするが。

 そうやってグラジオラス城塞で過ごすこと数週間。ようやく城での暮らしにも慣れて来たヒースは、出された食事をじ~っと見詰める。

 父との旅路の野営で狩って食べていたワイルドつ、狩りや採集の成果に拠っては偶に寂しくなっていた食事とは違い、栄養価も味も、彩りや見た目なども申し分無い食事。それが一日三食、毎日。

 城で食事をしたと料理人である祖父に言えば、祖父はヒースのことをとてもうらやんで問いただすことだろう。どんな料理を食べたのか、料理の名前、味、食感、匂い、材料、見た目などなどを、悔しがりつつも、嬉々として質問する様が目に浮かぶ。

 祖父は存外いい舌を持つヒースを可愛がっており、偶の休日には食べ歩きに連れて行ってくれた。

 そしてヒースは、思った。父や母、祖父達にも美味しいご飯を食べさせてあげたい、と。

 だからヒースは、道化に頼んだ。

「アルルちゃん、おれ。厨房で働きたい」

 そう言ったとき、いつも口許に浮かんでいるニヤニヤとした笑みが困ったように引っ込んだ。
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